異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加100話 ぐらんぷり! -3-

公開日時: 2021年4月6日(火) 20:01
文字数:3,782

「……なんでヤツがここにいる?」

 

 割と混雑していたメイクルームに並び、なんとかメイクを終えて戻ってみると『ミススタイリッシュ』は終わっていた。

 グランプリに輝いた女性が舞台の真ん中で惜しげもなくその美貌を見せつけている。

 

「グランプリに輝きましたルシアさん。一言お願いします」

「審査員諸氏の慧眼を称賛する」

 

 審査員に見る目があれば自分が優勝するのは当然だとでも言いたげだな。

 ……そう言ってるのか、あれは。

 

「なんで三十五区の人間がいるんだ?」

「ハビエルさんから聞いたそうですよ」

 

 酒飲み仲間の情報か!?

 やっぱり立ち入り禁止にすべきだったな、ハビエルめ!

 

「でも、エステラさんが準グランプリでしたよ! すごいですね、エステラさん!」

 

 ルシアがグランプリで、エステラが準グランプリ……

 権力の影響なんじゃねぇの?

 

「接待コンテストかよ」

「そんなことはないと思いますよ。エステラさん、とっても素敵ですし」

 

 しかし、あの誤魔化し乳でナタリアやイメルダより上にいくのか、甚だ疑問ではあるけどな。

 

「審査委員長のリカルドさんがすごく褒めてらっしゃいましたよ」

「あぁ、それで準グランプリを取ったのにエステラがあんな酸っぱそうな顔をしてるのか」

 

 やっぱ領主の力が大きく働いたようだな、この『ミススタイリッシュ』は。

 

「ところで、ロレッタさんのメイクは……まぁ! 素敵ですよ、ロレッタさん!」

 

 変貌したロレッタに、ジネットが相好を崩す。

 ただ直すだけでは芸がないので、少々手を加えさせてもらった。

 髪型と、アイシャドウ、あとチークを少々。

 絶妙なバランスで、ロレッタのくりっくりの目が印象的に見えるメイクにしてある。

 

「いつもより目が大きく見えますね」

「そうなんです! あたしも鏡見てびっくりしたです!」

「……むぅ。マグダにもそのメイクをしてくれていれば……」

「マグダはそのままでもグランプリ取っただろう?」

「……ヤシロのメイクがあれば殿堂入りしていた」

「第一回大会から殿堂に入ろうとするんじゃねぇよ……」

 

 お前はもう次回から出ないつもりか?

 そしたら寂しがるくせに。

 

「それじゃあ、あたしはそろそろ行くです! 陽だまり亭に二個目のトロフィーをもたらすために!」

 

ミスと準ミスにはそれぞれ記念の楯が贈られる。それをトロフィーと言っているわけだが……

 

 日本でトロフィーと言って真っ先に思い浮かぶ、あの塔のような形状のトロフィーはさすがに用意できなかった。

 いきなり言って作るには少々複雑な造形であることと、あの形の意味をうまく説明できなかったからだ。

「なんでこんな細長いんさね? 置き場所に困らないかぃ?」と、不思議そうな顔をされた。

 言われてみれば、なんであのトロフィーってあんなに細長いんだろう?

 何から派生してあの形になったのか、分からなかった。知らないことって結構あるもんだよなぁ。トロフィーなんてしょっちゅう目にしてたのに。

 

 まぁ、楯も優勝杯も栄光の像も、勝者に贈られるあれらの物を全部ひっくるめてトロフィーって言うらしいんだけどな。

 なので、楯でもまぁトロフィーだ。うん。

 

 

 で、木こりから上質のヒノキを提供してもらい、そこへ受賞者を讃える文言を刻んだ銅板を埋め込んだ記念楯が作成されたのだ。

 

 飾るにはちょうどいい大きさかもな。

 

「それじゃ行ってくるです!」

 

 駆けていくロレッタを見送る。

 ナタリアやイメルダが賞に掠りもしないコンテストだからなぁ。俺の思う基準はあてにならない。

 なにせ、デリアやメドラが『ミスマッスル』を落とすような大会だ。

 ここでの『勝利』には様々な要因が絡んでくるのだろう。

 

 それを不当と糾弾することは可能だが、それは野暮ってもんだ。

 ここはそういう大会なのだ。

 不満があるなら、純然たる美を競い合う大会を自分たちで作るしかない。

 もっとも、俺が審査委員長になったとしても、誰にグランプリをやればいいのかなんか決められないけどな。

 

 まぁ精一杯楽しんでこい。

 きっとロレッタは楽しんでいる時が一番いい表情をしているはずだから。

 

「はぁ……負けたぁ」

 

 首筋に重ぉ~いため息を吹きかけられ、背筋がぞくぞくっとした。

 

「首筋やめろ、バルバラ!」

「えぃゆぅ…………っ」

 

 両目に涙を溜めて、唇を引き結んでいる。

 泣くなよな……

 

「アーシ……がんばったのにぃ……」

「頑張ったから結果が出る――なんてことはないんだよ。ダメな時はどんなに努力してもダメなもんだ」

「そんなぁ……」

 

 きっと、バルバラは人生で初めて目一杯の努力をしたのだろう。

 テレサに誇れる姉であるために。

 苦手なことにも積極的に取り組んで、それでぱっと見ではボロが出ないくらいの外面を獲得した。

 それはすごい努力の上に成り立っているのだろう。

 

 だが、だから結果が出るかと言えば話は別だ。

 

「あのな、バルバラ。どんなに挫折しても、どんなに挫けそうになっても、どんなにヘコんでも、どんなに苦しくても、まったく結果が残せなくても、それでも諦めずに努力し続けられる、そんなヤツだけが言えるんだよ、『努力が報われた』なんてのはな」

 

 ちょっと頑張ったけどダメでした、なので諦めました。なんてのは努力したとは言えない。

 基本、努力は報われない。

 けれど、そこで諦めればそれは無駄な努力になってしまう。

 無駄ではなかったとしても『報われなかった努力』『結果の残せなかった努力』になってしまう。

 

 何十、何百の失敗にも挫けずに努力をし続ければ――極論、報われるまで努力をやめなければ『努力は必ず報われる』なんて言葉が言えるようになるんだ。

 

「努力は報われる」って言ったヤツは、報われるまで努力し続けられたヤツなんだよ。

 

「よかったな。まだまだ努力をし続けられるぞ。もっとカッコいい姉になれるチャンスだ。テレサにカッコいいところ見せまくれるな」

 

 少々強引だが、そんな励ましの言葉をかけてやった。

 最初きょとんとしていたバルバラだが、自分なりに俺の言った言葉の意味を考え、考え、考えて……少しだけ表情が和らいだ。

 

「そっか……うん! アーシ、頑張る! もっともっと頑張る! そして、テレサが誇れるような姉ちゃんになって…………いつか」

 

 バルバラが、泣いて赤くなった瞳で俺を見る。

 

「好きな人に振り向いてもらえる、いい女になるな!」

 

 ……なんで俺を見て言う?

 お前の思い人は、向こうでネフェリーのおしゃれ着に卒倒しているストーカータヌキだろうが。

 

「……ふふ。また、だな」

「ん?」

 

 つま先で地面を蹴り、頬を朱に染めてにへらっと口を横に広げるバルバラ。

 

「挫けそうな時、英雄はいっつも元気をくれる。英雄と話すと、もっと頑張ろうって思える。ううん。英雄がそう思わせてくれてる」

 

 そして、初対面の時の殺意まみれの眼からは想像も付かないような無防備な笑顔が目の前で咲いて――

 

 

「アーシ、英雄のそういうところ大好きだ!」

 

 

 ――他意のない、まっすぐな感謝を寄越される。

 

 

 まったく。

 四十二区は恐ろしいところだよ。

 

 荒くれ者の盗賊を、こんな無防備な女の子に変えちまうんだからな。

 どんだけお人好しオーラが充満してんだよ。

 魔王とか魔神を連れてくれば、みるみる縮んでやがて消滅しちまうんじゃないだろうか。

 

 あぁ、怖い怖い。

 浄化されないように気をしっかり持っとかなきゃな。

 

「おねーしゃ!」

「テレサ!」

 

 駆け寄ってきたテレサを抱き上げ、バルバラがくすんと鼻を鳴らす。

 泣き顔は妹には見せられないもんな。

 

「アーシ、グランプリ取れなかったよ。悪かったな」

「うぅん! わるい、ないょ! おねーしゃ、いちばん、ちれぃ!」

 

 ぎゅーっとバルバラの首にしがみつくテレサ。

 

「そっか……へへ。テレサの一番なら、アーシはそれでいいや!」

「おねーしゃ、いちばん!」

「テレサも、アーシの一番だぞ!」

「うん!」

 

 そうそう。

 そうやって『誰かの一番』になれるってのが意外とすげぇことなんだって、よく噛み締めておけよ。

 

「けど、来年こそはグランプリ取るぞー!」

「あーしも、とりゅー!」

 

 姉妹で仲良く美を磨くといい。

 ……バルバラ、振り落とされるなよ。テレサの成長速度は恐ろしいほど速いからな。

 

「ふむ。成長の可能性があるというのは幸せなことだ。それに気が付けたのであれば、まだまだ伸びるな、あの姉妹は」

「わぁ、もはや成長の余地もない完璧な領主のルシアさんだー」

「ふふん! 見たか、カタクチイワシ! これが、完璧な美の証だ!」

「……謙遜しろや」

 

 記念楯を俺のデコにぐりぐり押し当ててくるルシア。

 デコの油分で曇れ! で、ちょっと錆びろ、銅!

 

「ヤシロ、楯が欲しいならボクのをあげるよ」

 

 疲れた様子の……というか、やつれた顔のエステラが準ミスの記念楯を差し出してくる。

 いやいや。

 

「折角の記念なんだ、館に飾っとけよ」

「ふっ……七人の審査員のうち、リカルドの一票だけでもらった楯だと思うと…………なんだか物凄く胃が重たくなってね」

 

 うわぁ……六人がルシアに投票して、リカルドだけがエステラに入れたのか。

 モテモテだな、エステラ。

 

「来年度は、もっと運営に食い込んで審査基準を健全化する必要がありそうだね」

「そうだな。第一回から賄賂と癒着がそこかしこで見て取れるからな」

「まぁ、今回は初めてだし、『素敵やんアベニュー』の宣伝目的である部分も多分に含んでいるから大目に見るけどさ……」

 

 かなり気合いを入れていた反動か、物凄く不服そうだ。

 そのうち「四十二区でもミスコンを開催する!」とか言い出しかねないな、こりゃ。

 

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