異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

17話 際どい言葉 -1-

公開日時: 2020年10月16日(金) 20:01
文字数:3,073

「ボ……ボナコン、だとっ!?」

 

 狩猟ギルドの応接室にどさりとその肉を置くと、狩猟ギルドの代表者はあからさまに表情を引き攣らせた。

 

 狩りを終え街へと戻ってきた俺たちは、その足で狩猟ギルドへとやって来たのだ。

 昨日の今日でもう獲物を手に入れてくるとは思っていなかったのだろう。

 狩猟ギルドの代表者は面白いくらいに狼狽えていた。

 

「ちゃんと証拠もあるぞ」

 

 これがちゃんとボナコンの肉であると証明するために、ボナコンの角を持ち帰ってきていた。

 ごとりと、重量感たっぷりのその角をテーブルに載せる。

 

「……こいつは…………確かに、ボナコンの角だ…………だが、しかし、そんな……」

 

 マグダが獲物を持って帰ってきたのがよほど信じられないようで、狩猟ギルドの代表者は何度もマグダをチラチラと見ている。

 ……っていうか、いい加減面倒くさいな。

 

「なぁ。お前の名前をまだ聞いてないんだが?」

 

 いつまでも狩猟ギルドの代表者なんて回りくどい呼び方も出来ないだろう。

 なにせ、これからは頻繁に肉を買い取ってもらわなければいけないのだからな。

 

「名前を教えてくれないか?」

「ウッセ、ダマレ……」

「おい! こっちは商談に来てんだぞ!? 黙れとはなんだ!? 名前くらい名乗るのが礼儀だろう!」

「だから、ウッセ・ダマレだ!」

「はぁ!?」

「俺の名だよ!」

「ウッセ・ダマレが?」

「あぁ」

 

 ウッセ・ダマレってことは、ダマレさん家のウッセ君か…………

 

「ぷぷぷ~! 変な名前っ!」

「うっせぇ! 黙れ!」

「自己紹介、乙っ!」

「今のはマジで黙れつったんだよ!」

 

 ややこしい男である。

 ただ、その名前が照れくさいのか、ほんのりと頬を朱に染める様は、どことなく可愛……くはないな、まったく、うん。オッサンだしな。

 

 テーブルの上には6キロほどの肉の塊が置かれている。 

 持っていった弁当をすべてマグダに奪われた俺たちは、焚火をしてボナコンの肉を焼いて食ったのだ。

 ……マジで美味かった。

 しっかりした歯ごたえと、噛めば噛むほど溢れてくるジューシーな肉汁。

 一人1キロ程度をぺろりと平らげてしまった。

 高い肉なのに、もったいない……

 

 だが、それも致し方なかったのだ。

 空腹に、あの極上の肉……我慢など不可能だ。

 きっと、忠犬ハチ公でさえ『待て』を無視するレベルだぜ。

 むしろ、よくこれだけ残したと褒めてもらいたいくらいだ。

 

「さて、ミスターダマレ」

 

 俺は椅子に深く腰を掛け、脚を組む。

 尊大な態度を取ってみせ、狩猟ギルドの代表者・ウッセに向かって商談を開始する。

 

「いくらで買い取ってくれる?」

 

 ウッセは行商ギルドの買取価格と同じ額で買い取ると約束した。

 中央区の高級料理店御用達の肉だ。さぞかしいい値で買い取ってくれることだろう。

 まぁ、量は少々物足りない感じが否めないが……

 

「…………まさか、ボナコンを……」

 

 俺の質問には答えず、ウッセはぶつぶつと何かを呟いている。

 なんとも往生際の悪い男だ。

 どんなに渋ったとしても、これを買い取ってもらわない限り俺はここから退かない。

 どう転んでも、たどり着く未来は一つしかないのだ。男ならさっさと金を払って無駄な時間は省くべきだ。

 

 それが出来ないのが小市民の性……貧乏性というヤツだ。

「損をしたくない」という思いが胸の中に渦巻いて払拭できないのだ。

 そして、その感情が、己を奈落へ突き落とす危険な感情であることを知らない者は多い。

 

「本当にマグダが捕ったのか?」

 

 ほらきた。

 

「お前らの誰かが捕ったんじゃないのか? だとすりゃ、こりゃ密猟だ。そんなヤバイ代物は買い取れねぇな!」

 

 なるほど。許可証の無い者が勝手に狩りをしてはいけない……海魚漁の際、エステラはわざわざ許可証をもらっていたからな。狩りも同じなのだろう。

 だが……

 

「俺たちの誰がボナコンを仕留められるってんだよ?」

 

 見てみろよ。

 全員ひょろっひょろじゃねぇか。

 ジネットとエステラは女で、二人とも華奢な体型だ。エステラなんか悲しくなるくらいに真っ平らじゃないか。華奢……そんな言葉では誤魔化しきれないほどにな!

 

「こんな華奢な体でボナコンに勝てるってのか?」

「……ヤシロ。ボクの胸を指さしながら華奢とか言うの、やめてくれるかな?」

 

 エステラが静かに怒りのオーラを放つ。

 小さいことを気にするヤツだ……二つの意味で。

 

「女じゃなくて、お前が手を……」

 

 と、ウッセは俺の手を見て言葉を止めた。

 俺の右手には包帯が巻きつけられている。

 

「あいにく、俺の手は狩猟ギルドで負った怪我でこの有り様だ」

「俺らが悪いみたいに言うなよ! お前が勝手に怪我したんだろうが!」

「自業自得だろうが名誉の負傷だろうがなんでもいい。利き手がこの様では、俺に狩りは無理だ」

「く……っ」

 

「俺たちは手を出していない」といくら主張しようが、それを証明できなければ「やった」「やってない」の水掛け論になってしまう。

 だが、このメンバーでは狩りが不可能なことは一目瞭然だろう。

 負傷している都会っ子、胸ばかりがご立派な食堂店主、そしてミス貧乳だ。マグダを除けばボナコンを仕留められる者など皆無。これ以上の説得力もあるまい。

 

「こ、こんな切れっ端じゃあ買い取れねぇな!」

「それはおかしいな」

 

 ミス貧乳ことエステラが落ち着いた声で反論する。

 

「魚でも野菜でも、『カットされていてはいけない』という条文はないはずだけれど? もちろん、獣の肉もね」

 

 自身も海魚を捕るようなヤツだ。行商ギルドとも取引したことがあるのだろう。

 エステラの自信たっぷりな態度に、ウッセは口を噤んだ。

 

「そうですね。ウチも、カットされたお野菜を購入していましたし。人参のヘタとか、虫の食った菜っ葉とか」

「ジネット。お前は黙ってろ。……なんか悲しくなるから」

 

 なんでそんなもんを買ってんだ……俺がギルドを作る以前に、ジネットがすでにゴミを金出して回収してんじゃねぇか。

 

「ミスターダマレ」

 

 もう一度、名を呼ぶ。

 今度は、トーンを落として、突き刺すような声で。

 

「いくらで買い取ってくれる?」

「く…………」

 

 ウッセがマグダを睨む。

「なんでウチにいる時には獲物を手に入れられないくせに他所で成果を出してんだ」というような恨みがましい視線だ。マグダ本人がその視線をさほど気に留めていない様子なのがせめてもの救いか。

 

「マ、マグダ」

 

 ウッセの顔つきが変わる。

 引き攣りながらも、必死に笑みを作ろうとしているようで、歪な笑みを浮かべる。

 

「やったじゃねぇか! 俺は信じていたぜ、お前はいつか成果を上げられるってな」

 

 なるほど、そう来たか……

 

「お前を奮起させるためにあんなきついことを言ったわけだが……いやぁ、よかった! 実によかった! これでお前も、立派なギルドの一員になれたってわけだ」

「元からギルドの一員だろうが」

 

 興が乗ってきたウッセに、水を差すように一言くれてやる。

 一瞬口ごもるが、すぐさまウッセは言い返してくる。

 

「獲物が捕れなきゃ、仲間とは認められねぇ。在籍していただけだ」

「それで?」

「こうして獲物を捕れるようになったわけだから、こいつは名実ともに狩猟ギルドの一員になったってことだ。いや、俺も心を鬼にした甲斐があったってわけだ」

「つまり何か?」

 

 飄々と語るウッセの目を見つめ、真顔で、淡々と尋ねる。

 

「マグダに獲物を捕らえさせるために、あえて突き放すような発言をして発破をかけたと、そう言いたいわけか?」

「そ、そうだ! よく分かってるじゃねぇか! そういうわけだからよ、こいつはウチの構成員なんだわ。協力してくれて感謝するぜ。何かあったら、その時は融通するからよ、今回はこれで……」

 

 俺は腕を伸ばし、ウッセを指さす。

 

「カエルになるか?」

「――っ!?」

 

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