「さぁ、みんな! 危ないから下がっててね!」
そう言って、あらかじめ用意してあった屋台へとパウラが入っていく。
パウラの親父がデッカいトレーに大量のソーセージを入れて運んでくる。
屋台には熱々の鉄板が設置されており、そこで次々にソーセージが焼かれていく。
「一体、何を始める気さね?」
観衆の興味が集まる中、ノーマもパウラの屋台を覗き込んでいた。
「あ、ノーマ! ちょうどよかった! 手伝って!」
「はぁ!? なに言ってんさね! 手伝えたって、何を作るかすら分かってないのに……」
「ノーマなら大丈夫! 思ってたより大変なんだよ、これ。ね、助けると思って!」
「……しょうがないさねぇ」
不承不承――という風を装いたいのだろうが、尻尾が嬉しそうにぴこぴこ揺れているし、口元はふにゃっふにゃに緩んでいる。
ノーマ、頼られるの好きだよなぁ。
「ノーマさん、チョロ過ぎますわね。ワタクシ、他人事ながらちょっと不安になってきましたわ」
「それとなく見張ってやっててくれ」
ノーマに悪い虫がつかないように。
「ノーマさんに近寄る虫は根こそぎ撃退してみせますわ」
「うん、それはそれで可哀想だから、適度に、な?」
全滅はさすがに気の毒過ぎる。
ちょっとくらいチヤホヤされたいだろうし。
「ノーマ、キャベツを細切りにして炒めておいて。塩コショウで味付けして」
「どれくらいさね?」
「大量に!」
どどんと、キャベツが四玉積み上げられる。
一瞬頬をひくつかせたノーマだが、割り切ったのか、素晴らしい手際でキャベツを切り刻み始めた。
素晴らしい手際のよさ。
素晴らしい包丁さばき。
素晴らしい腕の速さに、素晴らしい乳の揺れ。
「……素晴らしい」
「谷間を凝視して言うセリフではありませんわよ」
イメルダの言うことはたまに理解できない。
きっと価値観の差なのだろう。
「あっ! 先生発見!」
「こんなところにいたのだな、先生」
エステラとルシアが『先生』を見つけて駆け寄ってくる。
おかしいなぁ、エステラはまだ師事していないはずなんだけど。
「なにやら、敬われたくないご両人がいらっしゃいましたわね」
「お前が蒔いた種だろう、育乳先生」
「誤解ですわ。ルシアさんが勝手に懐いてきましたのよ」
「ふん! 育乳のためなら、尻尾くらい振ってやる!」
大丈夫か、この領主?
そういえばギルベルタはどこ行った? なんでルシアを野放しにしてんの?
困るなぁ、ペットはちゃんとしつけるか、そうでなきゃきちんと繋いでおいてくれないと。
「てんとうむしさん、ぁれは、何をつくってるの?」
「あれはホットドッグだ」
「ほっとどっぐ?」
「あぁ、美味いぞ」
屋台では、スイッチの入ったらしいノーマが軽快にキャベツを刻みそれを炒めている。
その隣では短めのソーセージが焼かれている。
「ノーマ、そうしたら丸パンに切れ目を入れて、こんな風に半分のところで開けるようにして」
「こうかいね?」
「そうそう。切り離されないように注意してね」
「それで、何個くらいやればいいんさね?」
「大量に!」
「また大量かぃね……」
ノーマが切れ目を入れたパンをパウラが受け取り、切れ目の中にバターを塗り込む。
そして、味の付いたキャベツを敷き詰め、ソーセージを乗せて、挟む。
最後に、持ってきた松明で表面を軽く、焦がさない程度に、パリッと焼き上げる。
「はい! ホットドッグの完成! お好みでトマトソースとマスタードをつけて食べてね!」
ホットドッグ第一号が完成した。
何が出来るのかと固唾を飲んで見守っていた観衆がごくりと生唾を飲み込んだ。
これの味は、容易に想像がつく。絶対美味いと、見ただけで理解できる。
「誰か一番に食べたい人いる~?」
パウラが問いかけるが、誰もが二の足を踏んでいる。
注目されるもんなぁ。
「じゃ、ミリィもらってこいよ」
「ぅえ!? み、みりぃ、……で、ぃいの?」
「うん! ミリィ、おいで。絶対美味しいから!」
「ぅ、ぅん!」
パウラに手招きされ、ちょっと緊張しながらもミリィが屋台へ駆け寄っていく。
ホットドッグを受け取り、じっと見て、トマトソースと、ちょっぴりのマスタードをつけて、かぶりつく。
――パキッ!
小気味よりソーセージの弾ける音と共に、ミリィの大きな瞳が煌めいた。
「ぉ…………ぉいしぃ!」
「よし、くれ!」
「こっちにも!」
「早く!」
「パウラちゃん! こっちにも!」
嘘偽りないミリィの感動に、観衆が屋台に殺到した。
ミリィが潰されないように、そっとこちらへ引き寄せる。
まだミリィは少しぼーっとしている。
「そんなに美味かったか?」
「すごぃ……ぁのね、これ、すごぃよ、てんとうむしさん!」
物凄く興奮してるな。
「甘い物ばっか食った後だと、こういうのが堪んなく美味いだろ?」
「ぅん! たまんない、ね」
俺の口調を真似して、ちょっと照れたような、「イケナイことしちゃった」みたいな満足げな表情で微笑む。
だから、俺をちょい悪の象徴みたいにして真似すんなってのに。
どうかミリィがグレませんように。
「こ、これは!? ベッコさぁぁあーーーん!」
イメルダが吠える。
美味かったらしい。
「これは、また。すごいのが出てきたね、ヤシロ」
「エステラ、口にケチャップついてるぞ」
「平気!」
「いや、平気じゃねぇから」
ハンカチを取り出してエステラの口もとを拭く。……あ~ぁ。またムム婆さんに染み抜き頼まなきゃ。請求してやろうかな、こいつに。
「貴様、カタクチイワシ! なぜこんな美味しいものを隠していた!」
「パンがなかったんだからしょうがないだろうが。お前も鼻にマスタードついてるぞ」
「気にせぬ!」
「気にしろっつぅの!」
なんで領主ってこう残念なんだ?
エステラと同じようにルシアのマスタードも拭き取ってやる。
「ふゎっ!? き、きさま……っ!」
「んだよ。ギルベルタがいないから代わりに拭いてやっただけだろうが。他意はない」
「他意はないなどと……りょ、領主に対し……いや、貴族の女に対し、不届きな……!」
それを言い出すと、なんんんんの反応も示さなかったエステラの立場がなくなるから。言ってやるな。
「そ、それに……なんだか、い、いい匂いが……っ!」
あぁ、それたぶんエステラの匂いだわ。
直前に顔拭いたし。
「よ、よもや、貴様っ、そのハンケチーフ……!」
「普通にハンカチでいいだろうが、めんどくせぇ」
「夜中にちゅーちゅーするつもりではなかろうな!?」
「誰がするか!」
「私ならする!」
「してんじゃねぇよ!」
もう誰かー!
この領主連れて帰ってー!
そんな魂の叫びを聞きつけた――わけではないようだが、ギルベルタが会場に現れた。
ジネットと共に。
大きな荷車を引いて。
「ジネット」
「あっ、ヤシロさん。ようやく全部揚げ終わりました」
「ご苦労だったな」
「いいえ。すごく楽しかったです」
ジネットには大量の『秘密兵器』を頼んである。
そろそろお披露目でもいいのだが……
「マグダとロレッタは?」
「張り切って屋台へ向かいましたよ。ほら、あそこです」
ジネットの指さす先、パウラの屋台からは少し離れたところに、ロレッタ、マグダ、それぞれが屋台に入ってスタンバイしている姿があった。
マグダはパウラと同じように松明を持っている。
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