「お待たせしました~」
ジネットが料理を盆に載せて運んでくる。
「あれ? なんかいっぱいあるね」
エステラがその内容に目を丸くする。
盆に載っていたのは、クズ野菜の炒め物、イモの煮付け、そして雑穀米のおにぎりに椀物だ。
「こんなにたくさん、いいのかい?」
「はい。ヤシロさんが考案された、『日替わり定食』です!」
「へぇ……日替わり」
「これだけついて、お値段もリーズナブルなんですよ」
「ちなみに、いくらなのかな?」
「25Rbです!」
クズ野菜の炒め物が20Rbなのだ。これがどれだけお得か分かってもらえるだろう。
味は言わずもがな、量も値段も申し分なしだ。
値段を聞いたエステラが、こちらへと視線を向けてくる。
「で? 安さの理由は?」
「企業秘密だ」
「ケチ」
「俺にとっては褒め言葉だな、それは」
「まったく…………」
エステラは盆に載った料理を見つめ、考え込む。
「日替わり定食……『日替わり』か……つまり、何が出てくるかを明言しないことで、その時々で過剰に余っている食材を使えるようにしたわけだ」
「すごい! 正解です!」
ジネットがあっさり認めてしまった。
企業秘密だっつってんだろうが。
とはいえ、エステラの読みはほとんど当たっていた。
まぁ、単純な話で、教会への寄付用の飯の余りと、大量購入した物を抱き合わせて安く提供しようというだけのことだ。
ただでさえ客が来ないのだ。
食材を余らせてしまうくらいなら、料理として使用した方がいい。お得感につられ、いつもより少しだけ高いメニューへ流れてくれれば万々歳。どうせ処分しなければいけない食材を使用して客単価が上がるのであれば、それは大いなる利益と言える。
今後、モーマットを始め、近隣農家から野菜をまとめ買いする予定だから、定食くらいの量は提供し続けることが出来るだろう。
ジネットの言っていた『量を増やしましょう!』という案と違うところは、『客に出す量を増やす』ではなく、『店の在庫を処分する』という考え方の違いだ。
「それで、こっちの黒いのはなんだい?」
「黒いの」と、エステラが指さしたのは雑穀米のおにぎりだ。「黒いの」とは心外だな。あずき色と言ってくれ。
「これは、『お米』です」
「ジネット、『ご飯』だ」
米の状態で提供しているわけじゃない。
食糧庫を物色していると、そこに大量の米があった。
この街ではパンが主流で、米はほとんど食されていないらしい。……もったいない。
中には米が主食だという区もあるらしいが、四十二区ではほとんど知られていないようだ。
陽だまり亭にあった米も、ニワトリのエサ用に確保してあるものらしかった。……あぁ、もったいない。
その中から、俺は食用に回せそうな状態のいいものを選別し、摺りこぎで脱穀をした。
……が、香りがよくなかった。白米として食うには少しつらそうだった。
そこで、雑穀米だ。
豆や小麦など、食糧庫にあった穀物のうち香りのいいものや甘みのあるものを選んで米と一緒に炊いてみた。
日本の十穀米に比べれば味は数段落ちるが、それでも十分食用に耐え得る味にはなった。
小豆を入れたためにほのかに色づいて見た目にも鮮やかだ。
何より、あの鈍器のような黒パンに比べれば断然こっちの方が美味い!
なんだあの硬いパンは。二時間サスペンスの凶器として登場しても、俺は驚かないね。あんなもんが25Rbもするとか……詐欺だろ。
「不思議な香りだね」
「そのうち、米農家と契約して白米を提供してやる」
「白米? 美味しいのかい?」
「炊きたてのご飯は、この世の真理だ」
白米が存在し、尚且つ食用として流通していることを知った瞬間から、俺の心は白米の虜なのだ。
絶対手に入れる。
そして、炊きたてのご飯を掻っ食らってやるのだ!
ジネットの料理は美味いのだが、やはり故郷の味は譲りがたい。
「ん!? 美味しい!」
オリジナル雑穀米を口にしたエステラが目を丸くする。
もちもちと頬を動かし、懸命に咀嚼している。
「噛めば噛むほど甘みが……うん、香りも悪くない」
「食いながらしゃべるな。これだから貧乏人は……」
「うぅ……貧乏ですみません」
エステラに発したイヤミが、なぜかジネットに突き刺さったようで、ジネットは肩をすぼめ首を垂れた。
「いじめるなよ」
「俺のせいじゃねぇよ」
今のは、ジネットの被害妄想というヤツだ。
だというのに、こいつは……なんでもかんでも俺を悪者にしやがって。
「食ったらさっさと帰れよ」
「そう邪険にしないでくれないかな? 毎日お客さんが来て、食堂としても嬉しい限りだろう?」
「金を払わんヤツは客じゃない」
「じゃあ、食堂じゃなくて、君ならどうだい? 毎日ボクの顔が見られて嬉しいだろう?」
髪を掻き上げるような仕草をして、エステラが『しな』を作ってみせる。
……なんのギャグだ、それは。
「俺を喜ばせたいなら最低Eカップ以上になってみせやがれ」
「どうして君はそうやってすぐ胸の話をするのかな!?」
髪を掻き上げていた腕を机に叩きつけるエステラ。
食器がガチャンと音を鳴らす。
「エ、エステラさん、落ち着いてください」
「『お乳突いて』だと!?」
「『落ち着いて』です! もう、ヤシロさんは少し黙っていてください!」
怒られてしまった。
俺、何も悪くないのに。
「あの、エステラさん。身体的なことは、あまり気にしても仕方がありませんよ。どちらがどうということではなく、みんなそれぞれが良くも悪くも個性的なんですから」
「しかし……ボクだって、出来ることならもう少し大きく……」
「そんなこと考える必要ないですよ。それに、胸が大きくても、いいことなんてありませんよ?」
「「いいこと尽くめだろうがぁ!」」
「なぜ、ヤシロさんまで!?」
俺とエステラの声が揃った。
まさか、こいつと意見が一致する日が来ようとは……
認めたくないが、俺たちは似た者同士なのかもしれない。
俺は、スッと右手を差し出す。
同志の、握手だ。
「断固拒否する!」
だというのに、エステラはへそを曲げてしまったようだ。
クズ野菜炒めを乱暴に口へ放り込み、パンパンに膨らんだ頬をもぐもぐと動かす。
今、メッチャ面白いギャグを言ったらすごいことになりそうだ。
……と、思ったのだが、何かを察知したエステラに物凄い形相で睨まれてしまった。
ちぇ~……ノリの悪いヤツぅ~……
ひとしきりもぐもぐと咀嚼した後、盛大に喉を鳴らしてクズ野菜を飲み込んだエステラは、空気を換えるように違う話題を振ってきた。
「それで、他の農家や漁師との交渉は進んでるのかな?」
「昨日の今日で進んでるわけないだろうが」
「遅いねぇ。商談はスピードが命だよ」
まぁ、一理ある。
もっとも、俺の場合は『儲け話』はスピードが命、だけどな。
「ジネットが動ける時間が少なくてな」
「君一人で行ったらどうだい?」
「見ず知らずの男がいきなりやって来て、『ギルドを介さずに商品を売れ』なんて言ったところで、聞くヤツがいるわけないだろう」
「まぁ、確かにね」
そういう面で、ジネットは非常に役立ってくれる。
人畜無害な上、相手の保護欲を無条件で掻き立てる能力を持つジネットは、近隣住民からの好感度が極めて高い。
それを活用しない手はない。
なので、なるべく早い段階で食堂を休みにし、生産者のもとを回ろうかと考えている。
ただ、一日や二日で回りきれるものでもないからなぁ……難しいところだ。
「もしどこかに行くなら、ボクも協力してあげてもいいよ」
「またタダ飯をたかる気か?」
「いいだろ。それで心強い助っ人が手に入るなら」
心強い、ねぇ……
まぁ、ジネットには聞きづらいことでも、エステラになら聞けるか。
こいつは、人の汚さも知っているし、誰かが苦しむことも是としている。ある意味で俺と近しい『冷血さ』を持ち合わせているからな。
「じゃあ、みんなでお願いに行きましょうね」
と、ジネットは手をポンと鳴らして嬉しそうに笑う。
どうやら、なんだか楽しいイベントだと勘違いしているようだ……
やっぱり、エステラはいるかもな。
「やっぱり、ジネットは置いていこうかな……」
「どうしてですか!? わたし、頑張ってお願いしますよ!?」
それが不安だっつってんだよ。
「お前はすぐに騙されて、不利益を抱き込むからな」
「そんなことないですよ。わたし、これでも用心深い方なんですから」
……マジで言ってんのか?
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