ナタリアの予想では、猛暑期は明日が最後になるだろうということだった。
猛暑期初日には、もう一日長いと予想されていたが、思った以上に気温の上昇が早かったようだ。
去年の失敗を繰り返さないように、川遊びは各々の仕事が一段落して、且つ豪雪期まで一日分余裕のある日ということで、明日を予定していたのだが……明日がラストじゃ、去年と同じじゃねぇか。
こりゃ、今年は泳ぐのは控えめにして、寝落ちしないように気を付けなきゃな。
「というわけで、計画をしっかり立てようと思う」
「それはいいことですね」
現在、時刻は夜。
陽だまり亭の営業はまだ終わっていないが、客足も途絶え、あとは駆け込みで夕飯を食いに来るヤツが数人いる程度、そんな時間だ。
とりあえず、現時点で豪雪期に泊まりに来ると表明している者に招集をかけてみた。
今この場にいるのは、俺、ジネット、マグダにロレッタのチーム陽だまり亭。
そして、エステラとナタリア、デリアにイメルダ、ウーマロとベッコとハム摩呂という、去年のお泊まり組。
さらにノーマとパウラとネフェリーという、今年初参加組だ。
マーシャは明日まで仕事があるとかで、今日は不参加だ。
……本当に、こんだけの人数が泊まるのか?
「パウラとネフェリーは初日だけなんだよな?」
「うん、そうだよ。今年は、カンタルチカでも『かまくらBAR』をやるんだもんね!」
「私は、ヒヨコちゃんのお世話があるから。残念だけど。でも、かまくら~ザの手伝いには来られると思うよ」
「ちょっと、ネフェリー! かまくらBARの手伝いに来てよ~! こっちはみんな経験者なんだからさぁ~」
「えぇ……でもぉ」
「じゃあ、一点物のあのファーコート譲るから!」
「ノッた!」
ネフェリーのやる気が目に見えて急上昇した。
「何の話だ?」
「あのね、豪雪期用にってウクリネスさんがもっこもこのすっごく可愛いコートを作ってたの。試作品だから一着しかなくてね?」
「そうそう。正式に販売されるのは来年の猛暑期になるんだよ」
熱く語るネフェリーに、パウラが相槌代わりに補足を入れる。
つか、ファーコートをなんで猛暑期に? ……あぁ、そうか。豪雪期前に売るにはそのタイミングになるのか。
豪雪期以外じゃ着そうにないもんな、ファーコートみたいなもこもこしたのは。
「だから、今年の豪雪期にそのファーコート着てるのって、この街でたった一人なんだよ!」
「私も欲しかったんだけど、タッチの差でパウラに買われちゃったんだよねぇ」
「足はあたしの方が速いからね!」
「貸し借りして、仲良く着ろよ」
「もちろんそのつもりだよ。ね、ネフェリー?」
「うん。でもね、『貸してあげる』のと、『貸してもらって着る』のとでは、これ全然意味が違ってくるの、オシャレの世界では。分かるでしょ?」
いや、分かんね。
つか、どーでもいい。
「もこもこがいいなら、ハム摩呂でも背負っとけよ」
「天然の、暖房器具やー!」
俺はもこもこを着たいなんて一言も言っていないのに、ハム摩呂が勝手に俺の背中によじ登ってきて子泣き爺になった。
……重いわ。いや、軽いけど。
「おにーちゃん、おにーちゃん!」
「んだよ?」
「……はむまろ?」
お前だよ!
いい加減覚えないと、こっちも「おにいちゃん?」って首を傾げるぞ!
「うふふ。温かそうですね、ヤシロさん」
「いいだろう。雪が降ったら貸してやるよ」
ジネットが冗談を言ったので冗談で返しておく。
ちなみに、全然温かくないからな。
じっとしててくれりゃ、接地面が温かくなるかもしれないが、こいつは全然じっとしていない。もそもそ動きやがるのだ。えぇい、負ぶさるならせめて落ち着け!
「で、話を戻すが」
去年、いろいろ物がなくてバタバタしてしまった点を反省し、もうすでに準備は進んでいる。
「布団と薪はすでに運び込んである。提供元は去年に引き続きイメルダだ」
「感謝なさいましっ!」
これがあるから、イメルダの宿泊は断れないんだよなぁ。
スポンサー様は怒らせると怖いからな。
館には給仕が全員揃っているというのに。
……まぁ、たまには給仕たちにも穏やかな時間が必要だろう。
精々羽を伸ばしておくといいさ。
そういえば、ジネットにいろいろ料理のレシピを聞きに来てたな。
お汁粉とか、大学芋とか。
甘味パーティーでも開催するつもりなんだろう。鬼の居ぬ間に。
「あと食料はモーマットから提供してもらった」
「へぇ。君の故郷では『強奪』のことを『提供』って言うのかい?」
失敬な。
去年よりも高性能なソリとかんじきを、農業ギルドの連中の分まで作ってやった見返りだろうが。
出し渋ったワニをちょっと脅して倍の量出させたりはしたけれど、あれは俺とモーマットが長い年月を共に過ごすうちに培ってきた絆によるものだ。
決して強奪ではない。
「年末に教会で行われるお餅つき大会にご招待しますと言ったら、モーマットさんすごく喜んでらっしゃいましたね」
大量に野菜を分捕ったらジネットがはらはらしていたので、「じゃあ、教会で餅つき大会をやるから食いに来いよ」と誘ったのだ。
ベルティーナに惚れている身の程知らずのモーマットなら、ベルティーナを見ながら餅を食べられるだけで幸せの境地だろう。
「モーマットさん、お餅がお好きだったんですね。初めて知りました」
「いや、ジネットちゃん……アレはね、ヤシロの言い方が…………」
ちらりと、非難がましい目をこちらに向けてため息を吐くエステラ。
なんだよ?
俺はただ、「ベルティーナがもちもちぺったん。もちもちぺったん」と、ヤツの耳元で囁いただけじゃねぇか。
その擬音で何を想像したのかは、俺の与り知るところではない。すべてヤツの責任だ。
ベルティーナはエステラと違ってぺったんではないからな。きっと卑猥な想像はしていないだろう。
だが、「もちもちぺったん」の場合は……、ちょっと保証は出来かねるけどな。
「教会への寄付も、すでに準備は整っている」
去年は食材を運んで、調理は寮母のオバサンたちに丸投げだった。
だが、今年はタレに漬け込んだ肉や、日持ちするように加工した魚なんかを用意してある。
かき氷がバカ売れしてスペースが空いた氷保管庫に入れてあるので、傷むことはない。
多少ではあるが、調理の手間が省けるだろう。
それに、雪に閉ざされてもジネットの味が楽しめる。
ガキどもとベルティーナは喜ぶだろう。
「保存食の運搬は明日の朝に行う。川遊びの後だと、そんな気力はなくなってるだろうからな」
「じゃあ、あたいが手伝いに来てやるよ!」
「なんなら、アタシも手伝うさね」
それは心強い。
「じゃあ、二人とも。そのまま川遊びに行けるように水着で来てくれ」
「おう! 分かった!」
「分かるんじゃないさよ!? 朝っぱらから二人だけ水着で街を歩けるもんかい!」
「それもそうか。よし! じゃあジネットも水着になろう!」
「普段着で来てもらうんですよ!? もう」
水着は、川遊びまでおあずけらしい。
「あ、それから、川遊びは昼からな」
午前中は、陽だまり亭は普通に営業する。
豪雪期直前ということもあり、弁当なんかを買いに来る客がいるだろうという予想をしているのだ。
それから、明日の午前中にムム婆さんがコーヒーを飲みに来ることになっている。
去年も来てたっけなぁ、こんくらいの時期に。
ジネットが張り切ってコーヒーゼリーを仕込むんだろうな、明日の早朝に。
「用事がないヤツは先に始めててもいいが、陽だまり亭の屋台が着くのは昼過ぎだからそのつもりで」
朝から遊び倒して昼前に腹が減ったとか言っても、俺たちは仕事を切り上げないからな。
そこんとこ、ベルティーナにもよ~く言い聞かせておかなければ。
「それから、これは最も重要なことなので、全員心して聞いてほしいんだが……」
明日、川遊びの際、最も気を付けなければいけないこと。それは――
「豪雪期のお泊まりに関して、ルシアの前で一切口外するなよ? 匂わせもするな? 今日が一番楽しいイベント、明日からは豪雪期だね~って感じを貫き通せ! ……ヤツが、住み着いてしまうからな?」
俺の忠告に、エステラがこの上もないほど真剣な顔で一同へ視線を向ける。
これは、領主命令でもあるのだ。
「もし、ルシアにバラしたヤツがいたら、そいつは豪雪期の間陽だまり亭への出入り禁止はもちろんのこと、責任を持ってルシアを引き取ってもらうのでそのつもりでいるように!」
あんなもん、雪に閉ざされた空間で面倒を見続けるのは不可能だ。
心が摩耗してすり切れてしまう。
「あの、ヤシロさん。それは少し可哀想なのでは?」
何を言うんだジネット!
自分の寿命をすり減らしてまで誰かに尽くす必要などないのだ!
「お前は、ルシアを食堂で雑魚寝させる気か?」
「そんなことは……」
「あいつには立派な館があるんだし、仕えてくれる給仕たちも大勢いる。自分の館にいる方が快適に過ごせるはずだ。何より、領主が豪雪の影響で館に戻れないなんて状況は好ましくない。豪雪期は町中が雪に埋もれるんだ、どんな事故が起こるか分からない。そんな時、領主が館にいないなんて街の人間が困るだろう? 領主なら、そういう時にこそ館に留まり、万が一に備えておくべきなんだよ。なぁ、エステラ?」
「ん、ノーコメントで!」
反論は出来ないが、自分は意地でも陽だまり亭に泊まりたいという思いを滲ませてエステラがそっぽを向く。
お前も、万が一に備えて館に留まれよ。
給仕に尽くされて至れり尽くせりしてもらえよ。
「残念ですが、ヤシロ様。我が館の給仕たちは皆、豪雪期には家族や恋人と過ごす予定が入っております。今さらエステラ様が館にこもると宣言されれば暴動が起こりますよ」
「今年も一斉に休暇を出したのかよ……」
まさか、毎年恒例になるんじゃねぇだろうな。
「いい加減料理人を雇えよ、お前んとこの館」
「誰を雇おうと、ジネットちゃんの味は越えられないんだから一緒さ。ボクは陽だまり亭に入り浸るっ!」
「こんなヤツに領主をやらせてて本当にいいのか、四十二区?」
なんて利己的な領主だ。
領民が泣いてるぞ。え~んえん、っと。
「ある意味じゃ、エステラ以外に四十二区の領主は務まらないさね」
「だよなぁ。あたい、エステラじゃなきゃヤダもんな」
「み、みんな……っ!」
「面倒くさい手続きやってくれて、楽だからさ」
「う……ま、まぁ、それは好意的な意見だと受け取っておくよ」
エステラの場合、相手の人となりを見て書類の不備を不問にしてしまうのだろう。
「ここ間違ってるけど、あの人の場合悪意はないからこっちで修正しといてあげよ」ってな。
公文書の改ざんとも言えるんだけどなぁ、それ。
かくいう俺も、出会った当初から書類関係はエステラに丸投げだ。
ゴミ回収ギルドの設立に始まり、区民への登録云々かんぬん。
だから育たないとも言えるけどなぁ。デリアにもやらせて、それをギルド内で受け継がせる必要もあるんだが……まぁ、もうしばらくしてからでもいいだろう。
エステラもまだまだ新米領主だ。そこら辺のことも、これからいろいろ学んでいけばいいさ。領民と一緒にな。
「というわけで、大まかな懸案事項は以上なんだが……お前ら、別のことに気を取られ過ぎだぞ」
川遊びと豪雪期のお泊まり会の話をしている最中も、連中はずっとそわそわしっぱなしだった。
あぁ、はいはい。分かってる分かってる。
気になって仕方ないんだろう。
ったく、新しい物好きな区民どもめ。
「それじゃ、お披露目と行くか。陽だまり亭、大浴場のな」
「「「いぇ~い!」」」
歓声が上がり、見学ツアーご一行様はぞろぞろと厨房へと向かって歩き出した。
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