「あ、あのっ! わたしもよろしいでしょうか!?」
給仕長ズの向こうから、非常に聞き慣れた声が飛んでくる。
……お前まで何言ってんの、ジネット?
「どうぞ」
なに勝手に許可出してんのイネス!?
え、お前の? お前のものなの、俺の頭?
「……では、マグダも便乗する」
「乗るです、この波に!」
と、さも当たり前のような顔をしてマグダとロレッタがジネットの背後から現れて俺を取り囲む。
「あは……、柔らかいです」
「……さらさら」
「お兄ちゃん、何か手入れしてるですか? このツヤ髪の秘訣を教えてほしいです」
リベカあたりからなのだが、撫でやすいようにとなぜか俺がしゃがまされている。
そんな俺を取り囲んで好き勝手人の頭を撫でまわす陽だまり亭一同。
……くそ、だとしてもなぜ目の前がロレッタなのか。ジネットが前に来いよ! そしたらせめて目線の高さに爆乳が来るのに! ばばーんと来るのに!
「Cカップなのにあんま揺れねぇんだよなぁ……ブラがキツ過ぎるんじゃないのか?」
「むはぁあ!? どこ見てるですか、お兄ちゃん!?」
「お前が俺の目の前に差し出してきたんだろうが。『今だけ見放題』みたいなノリで」
「そんなノリないですよ!? マグダっちょ、ちょっとそっち詰めてです!」
そうして、俺の目の前には誰もいない、しょーもない三角形を形成して頭を撫でまわされる羽目に。……なにこれ。拷問?
「では、我々も」
「もう一撫で」
「わしももう一回撫でるのじゃ!」
「では、リベカの付き添いで私も」
給仕長ズに続いてウサギ姉妹が再び俺の頭に手を伸ばしてくる。
そうして、ぐるりと俺を取り囲んでわっしゃわっしゃわっしゃわっしゃと髪を撫でまわす。
俺はふれあい動物コーナーのモルモットか!?
気安く触り過ぎだろう、お前ら!
っていうか、群がったせいでちょっと勢い強くなってきてんだよ!
撫で回数で競い合うな!
いいポジショニングとか気にしなくていいから!
頭皮の領土争い勃発させてんじゃねぇよ!
えぇい、もう!
「雑に撫でまわすな! ハゲたらどうする!」
髪は長い友達なんだぞ!?
毛根は大切に!
面白がって俺の周りに群がっていた女子どもを払いのける。
……と、そこにデミリーが立っていた。
「ヤシロ君、ウェルカム! 歓迎するよ☆」
「そちらの世界にお邪魔する気は毛頭ないんで! 毛根はあるけどな!」
「こっちに来れば、いいお薬を紹介してあげるよ☆」
「お前のお勧めって時点で効果ゼロじゃねぇか!」
産毛の一つでも生やしてから言いやがれ。
選手の応援席まで出張ってきて、何を嬉しそうな顔をしてんだ。
さっさと貴賓席に戻りやがれ。仲間だと思われたらどうしてくれる。
「まったく……」
毛根へのダメージを心配しつつ、しゃがんでいた時に溜まった乳酸を散らすように腰を伸ばす。
と、なんとものんきな声が向こうの方から飛んできた。
「あ~! 私も撫でさせて~☆」
ちょっと遠い場所からマーシャが大きく腕を振って猛アピールしてくる。
しかしマーシャはタライの中なので近付いては来られない。
よし、スルーしよう!
「マグダちゃ~ん!」
「……ちょっと持ってくる」
「マグダっちょ、優しさは伝わるですけど物扱いは酷いですよ!? 『連れてくる』が正解です!」
しなくてもいい親切をして、マグダがマーシャを俺の目の前に連れてくる。
尾びれを器用に使って体を起こすマーシャ。
「さ~ぁ、ヤシロ君。いいこいいこしましょうね~」
俺に少ししゃがむよう要求し、マーシャが真正面から両手を伸ばしてくる。
小さな水かきが付いた手のひらが俺の髪を撫でつける。
「は~い、オールバック☆」
水で濡れた手で触れられた俺の髪は、まるでワックスでも付けたかのようにセットされていた――らしいな。周りにいた連中が物珍しそうに俺の顔を覗き込んでいる。
「……マグダ的には、前髪を三束ほど垂らした方が理知的でよい」
「いやいや、左側だけもう少し前髪を垂らした方が若々しくてお兄ちゃんには似合うです」
「伝統ある二十九区領主家の給仕長の立場から言わせていただきますと、サイドにはもう少し遊びがあった方がコメツキ様の容姿には似合うかと」
「いや、待ってくださいイネスさん。毛先をもう少し無造作に……海漁ギルドのギルド長様、水の追加をお願いします」
人の髪で遊ぶな、マグダ、ロレッタ、イネス、デボラ!
「髪型を変えると、雰囲気も変わるのですね」
「そうじゃのお姉ちゃん。我が騎士は、こういうキリッとした髪型の方がカッコいいのじゃ」
「カッコいいかどうかは、…………まぁ、保留としておきましょう」
なんか言われたい放題だ。
こういうポジションはウーマロあたりがやるべきなのに……
「はいはい。もういいだろう。解散解散!」
これ以上は有料にするぞ、ったく。
好き勝手弄られた髪の毛をリセットするように、両手で髪全体をかき上げ梳かす。
結構濡れてんじゃねぇか……水付け過ぎなんだよ。
「あ、あのヤシロさん。タオルです」
そそっと、ジネットがスポーツタオルを差し出してくる。
あぁ、なんか一時期憧れたなぁ、こういうの。
部活終わりとかに、顔を洗っていると後輩の女子が「先輩、タオルです」って差し出してくれるヤツ。
ここが水飲み場でないことだけが悔やまれる。
「悪いな」
「いいえ」
タオルを借りて髪を拭く。
まだ使ってないのか、いつもの洗剤の匂いがした。
「汗、あんまりかいてないみたいだな」
「そっ、それは綺麗なタオルです! 自分が使ったタオルなんて、ヤシロさんにお貸しできませんよ……」
え~、別に気にしなくていいのに。
むしろちょっとくらい汗の匂いがした方が……
「もう、ヤシロさん。乱暴にし過ぎですよ」
借りたタオルでガシガシ髪を拭いていると、タオルをそっと取り上げられた。
ぽんぽんと優しく撫でられ、そして最後にちょいちょいと前髪を直される。
……また子供扱いか。
マグダにやってやるヤツだろう、これ? 以前、一回俺もやられたことあるけども。大雨の中教会と陽だまり亭を往復した後で。あぁ……あん時は俺、素っ裸だったなぁ。
なんて思っていると、ジネットがジッと俺の顔を見つめて、さささっと俺の髪の毛を整え直した。
前髪が幾分持ち上げられ、長いものは左右に分けられて、毛先を軽く遊ばせる感じで。
「…………はっ!? す、すみません。つい」
一言謝って、速やかにもとの髪型へと戻される。
お前も髪型弄ってみたかったのかよ……
そういや言ってたっけなぁ、もう少し前髪を短くして顔をよく見えるようにした方がいいとかなんとか。
残念ながら、俺は仕事柄顔を覚えられないようにあえてこの髪型にしてるんだよ。印象に残らず、ちょっとした変装で別人に成り済ましやすいようにな。
あぁ、もう……首の後ろらへんがむずむずする!
「ちょっと、次の競技の準備手伝ってくるわ」
自軍の陣地は危険だと判断し、俺はそそくさとトラックへと移動する。
……今の、立場が逆だったら絶対おっぱいパトロールに取り囲まれる案件だよなぁ……くそ、不公平だ。
やり場のないモヤモヤした感情……うん、やっぱりため込むのはよくないな。
俺は途中で立ち止まり、自軍の方へと振り返って満面の笑顔を浮かべてチームメイトに言ってやった。
「次の競技で活躍したヤツは、俺が徹底的に撫でまわしてやるよ。期待しておけな?」
「「「「間に合ってます!」」」」
何人かがきっぱりと拒否の言葉を述べ、他の連中共々さささーっと俺の視界から消えていった。
マーシャのタライは引き続きマグダが抱えて避難させていた。
……な? 自分がやられると嫌だろ?
これで、この後面白がって俺弄りをしてくるヤツはいなくなるだろう。
『やったらやられる』と認識すれば、下手なことは出来ないもんだ。
ただ、俺の場合は『やられたら倍返し』だけどな。
……イネスをロリっ娘魔法少女みたいな髪型にしてやろうか…………ったく。
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