エステラとの話を終え、陽だまり亭へ入ると――
「……『お前が責任取ってくれるんだろ?』」
「『貧相な胸を張りたい!』」
――マグダとナタリアが俺たちのマネをしていた。
「この聞き耳シスターズめ」
「ちょっと待って! 言ってない! ボク、絶対そんなこと言ってない!」
まぁ、似たようなことを言ってたんだからいいじゃねぇか。
「ヤシロさん。包装紙の出来栄えをチェックしていただけますか?」
エステラがナタリアの両頬を「むにゅ~ん」っと引っ張っている横で、ジネットが俺に印刷済みの包装紙を寄越してくる。
ゼルマル製印刷機を使えば誰でも簡単に判を押すことが出来るので問題はないと思うが、まぁ、自分でやったものだからちょっと自信がないのかもしれないな。
ちょっとチェックして「問題ない」と言ってやれば不安も拭えるだろう。
紙を傾けて光を反射させると、あぶり出しも仕込んであるようだった。
むしろ、こっちの方が難しいんだよな。固定する枠がないから、ズレてしまいがちになる。
なら、あぶり出しのチェックをしてやった方がいいか。
「じゃあ、ちょっと七輪を貸してくれ」
「あ、あのっ! チェックは、その……あとでお願いします!」
あぶり出しをしようとしたら全力で止められた。
チェックしてくれと言ったのはジネットなのに…………何を仕込んだ?
「まさかジネット、あぶり出しで浮き出るおっぱいを仕込んで!?」
「そんなものは書いてません!」
「あ、いいこと思いついた! 先に着衣のイラストを印刷しておいて、あぶり出すと本来見えちゃいけないものが浮かび上がってきて『ぃぃいっやっほ~い!』な大人の包装紙を――」
「却下だよ」
「トリックアートで立体的に!」
「うるさいよ」
あっれぇ~?
以前は食いついたおっぱいトリックアートをばっさり切り捨てたぞ、この領主。
自分の胸に施す時以外は興味ないのか。
なんて横暴な領主だ。
「というわけで、ジネットがそんな卑猥なあぶり出しを仕込んでいないか確認する必要があると思う」
「君じゃあるまいし、ジネットちゃんがそんなことをするわけないだろう?」
「よく考えてみろ、エステラ。ジネットだぞ? 可愛いクマさんでも描こうとして、画力が残念過ぎてどう見てもおっぱいにしか見えないような仕上がりになっている可能性も否定できまい?」
「そんなことにはなりませんもん!」
「…………」
「エステラさんが黙っちゃったです」
「……なくもないと考えている模様」
「信じてください、エステラさんっ」
「いや、もちろんボクはジネットちゃんを信じてるよ! ……でも、そういえばジネットちゃんの描いた絵って見たことないなって」
ジネットなら、きっと不思議ワールド全開なイラストを描くことだろう。
「試しに、オメロを描いてみろ」
「え、今ですか?」
「まぁ、似てなくてもいいから」
「えっと……では……」
と、筆を握るジネット。
試し刷りのために用意した安い紙を手渡すと、印刷用のインクを筆に付け、紙一杯に大きな丸を描いた。
なんてダイナミック!?
えっと、それはおそらく、輪郭、だよな?
その思い切りのよさ、幼児のお絵かきと同じレベルだけど、本当にそれでいいのかジネット!?
「えっと、オメロさんのお顔は……ふわふわっとしたおひげがあって……目元は、え~っと……」
考えがまとまる前に輪郭描いちゃったのか。
画材を渡されると、とりあえず紙一杯に描き始めちゃう感じ、教会のガキどもと同じだな。
「で、出来ました! 割と似ているのではないかと思います!」
と、ジネット画伯が描き上げた似顔絵を見せてくる。
そこには、ちょっと模様のある雪だるまが描かれていた。
「雪だるまだな」
「……雪だるま」
「雪だるまですね」
「ジネットちゃん、本当に雪だるまが好きだよね」
「いえ、あのっ、オメロさんですよ!?」
腹を抱えて笑えるほど下手でもなく、かといって似ているところが一切見出せない程度の腕前。
教会のガキがあのまま大きくなると、きっとこういう絵を描くようになるんだろうな。
「……店長は飾り切りが出来るほど器用なのに、なぜこうなのか」
「それです、マグダっちょ! きっと、大根とかキュウリを使って飾り切りにすれば、オメロさんそっくりになるですよ!」
「無理ですよ、そんな器用なことは!?」
絵心がなくても、芸術的な飾り切りは出来るものらしい。
「ちなみに、ヤシロは書けるのかい、オメロ?」
「ごめん。たぶん俺、その人知らないんじゃないかな?」
「お兄ちゃんが出したお題ですよ、オメロさん!?」
「……ヤシロの記憶は、自由に初期化できる優れもの」
面倒ごとを避けようとすっとぼけてみたのだが、「いいから描いてみなよ」と、エステラに筆と紙を渡される。
……なんで俺がオメロごときを描かなければいけないのか……考えてたら腹立ってきた。
ということで、川の水面からにょきっと生えるオメロの両足を描いてみた。
THE・八つ墓村!
「沈んじゃってるですよ、オメロさん!?」
「……けれど不思議なもので、足しか見えていなくてもこれがオメロだとはっきり分かる」
「またデリアのポップコーンを取ったんだろうね、きっと……」
「あの、ヤシロさん。オメロさんのお顔は描けませんか?」
ジネットがさらに要求を寄越してくる。
オメロの顔ねぇ……
リアルに描いてもつまらないので、可愛らしくデフォルメして、さささーっと簡単に描く。
「わぁっ! 可愛いです、オメロさん!」
「あはは! 確かに似てるけど、ちょっと可愛過ぎじゃないかい?」
「でも、これはどっからどー見てもオメロさんです」
「……特徴をよく捉えている」
「ヤシロ様の目には、オメロさんがこういう風に見えているのですね。……だから」
「おい、ナタリア。『だから』なんだ?」
こんな可愛く見えてねぇっつの。
「この似顔絵、オメロさんにプレゼントしたら、きっと喜ばれるでしょうね」
「隣に、川底に沈むオメロの図があるけどな」
「これも込みでオメロさんらしさです!」
「……さっそく、明日にでも贈呈してくるべき」
「デリアが大ウケしそうだね」
可愛い似顔絵と沈むオメロがセットになったイラストなんか、どこにも需要がねぇっつの。捨てろよ、こんなもん。
「どうすれば、ヤシロさんのように上手に描けるようになるんでしょうか?」
「ジネットはマル描いてちょん、マル描いてちょんって感じで絵を描くからこういう仕上がりになるんだよ」
物体をよく観察して模写するというより、抱いているイメージや受けた印象で描き始めるから全体像がぼやけるんだ。
「オメロさんは優しい人ですから~」ってふわふわしたイメージで描いたのが丸分かりだ。
「確かに、マル描いてちょんだね」
ジネットの絵を見て、エステラが相好を崩す。
「つまり、このあぶり出しも、マル描いてちょんで出来ている可能性があり、マルの中にちょんと点を打てば……そしてそれが二つ並べば……そう、それすなわちおっぱいだ!」
よって、ジネットの描いたあぶり出しはおっぱいである可能性が極めて高い!
証明完了!
「というわけで、あぶり出してみよう」
「えっ、あのっ! エ、エステラさん、ヤシロさんを止めてください!」
「ごめん、ジネットちゃん。……ボクも、ちょっと不安に……」
「はぅっ! エステラさんまで!?」
そうして、粛々とあぶり出しの準備が進むと、ジネットが次第にそわそわし始めた。
イタズラがバレそうな子供のような反応だな。
俺の悪口でも書いたのか?
「あ、あのっ、わたし、ちょっと厨房へ行っています!」
俺があぶり出しを始めると、ジネットは慌てて厨房へ逃げ込んだ。
一体何が描かれているのやら……
「お、出てきたな」
七輪で包装紙を温めると、隠された模様が浮かび上がってくる。
模様というか、文字、か……えっと、なになに。
『いつでも陽だまり亭はここにいます』
それはまるで、俺に向かって「あなたは一人じゃないですよ」と語りかけているような文章だった。
俺たちの声がデカかったのか、ナタリアとマグダが全部話したのか。
たとえ俺がどんな汚れ仕事をしようとも、この場所に帰ってきていい。
そう言われたようで、なんだか胸が詰まった。
「おや、ヤシロ様。瞳に汗が」
「見間違いだろ」
平静を装って反論するも、周りの目は生温かい。
ジネットまでが「えっ!?」と、厨房から出てくる始末だ。
……泣いてねぇっつの。
「ジネット。風呂を頼めるか?」
こんな日は、熱い風呂に浸かってゆっくり休みたい。
他人を破滅へ追いやった。
そんな俺を、そうと知りながら迎え入れてくれる場所がある。
いつか愛想を尽かされるかもしれないが、それまでは――
「はい。少しぬるめにして、ゆっくり浸かってくださいね」
こうして甘やかしてくれる場所でぬるま湯に浸かるのも悪くない。
そう思えるからな。
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