異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加93話 ハロウィンデイ -5-

公開日時: 2021年4月6日(火) 20:01
文字数:3,560

「ヤシロ様」

 

 ひっくり返ったバルバラや騒ぐ領主たちとは対照的に、落ち着いた歩調でナタリアが歩いてくる。

 

「真横からがっつりと見てしまいましたこと、お詫び申し上げます」

「見ちゃったか」

「かなりユニークなことになっていました」

 

 それは言わないお約束だ。

 ナタリアには、あとで上半身分離マジックを見せてやらなければいけないな。

 

「で、ナタリアは何の仮装だ?」

 

 犬耳を付けて太い尻尾をたらしている。

 イヌ人族……いや、オオカミ人族か?

 まさか、オオカミ女?

 

「これは、ドッペルゲンガーの仮装です」

「その犬耳はなんだ!?」

「ヤシロ様は、実は結構ケモ耳フェチであるという調査結果が出ておりますので、ちょっとしたサービスです」

「どこ調べだよ……ただ一つだけ言わせてもらうと、グッジョブだ」

 

 イヌ耳ナタリア、意外とイケるね!

 

 ドッペルゲンガーということは、ナタリアそっくりな別人の仮装、ということか。

 なんとも分かりにくいチョイスを……

 しかし、そういう意図があるからなのだろう、いつものメイド服は脱ぎ去り、今日のナタリアは大人の魅力漂うパンツルックだ。

 

「尻尾を固定するために、ベルトを装着できるパンツルックになりました」

「なるほどな」

「あと、酔い潰れた時にご開帳しないように……」

「表現! おい、給仕長!」

 

 大股開きでパンツ全開……そんなことにならない程度で留めておけよ、酒の量。

 とりあえず、自衛できている……と、言えるのか、これは?

 

「ヤシロ~!」

「みんな~!」

 

 大広場に着くと、黒装束に身を包んだパウラとネフェリーが駆けてきた。

 体にぴったりフィットしている短パンにチューブトップ。肌が顕わになるお腹、太腿、肩には、メッシュの生地で覆われている。一応袖はあるのだが、めっちゃシースルーで、もはやないも同然だ。

 ビキニに網タイツみたいなもんだ。

 

「これは何の仮装なんだ?」

「オバケ話大会で最優秀賞を取った『シャドー』だよ」

「パウラがね、『カンタルチカの看板娘として、ナンバーワンのオバケの仮装をしなきゃ』って。それで、私も付き合わされたんだよ」

 

 ルシアが話した、子供をさらう長い影のオバケか。

 ……というか、これ。シャドーというより、忍者だな。

 口元を隠す覆面もあるみたいだし、お色気たっぷりなくノ一に見える。いや、くノ一にしか見えない。

 

「この格好でお店に立てば、お客さんいっぱい来ると思わない?」

「そんな格好じゃなくても、今日はとめどなく客が来ると思うぞ」

 

 なにせ、大宴会は飲み放題の食い放題だ。

 倒れるなよ、酒場の従業員たち。

 

「さっき、あっちにノーマとデリアがいたよ」

「あ、ほら、あそこ! お~い、ノーマ~! デリア~!」

 

 広場の手前付近で、ノーマとデリアを発見した。

 パウラが手を振ると、こちらに気付いたノーマとデリアが駆け寄ってくる。

 

「……ノーマ。その格好……」

「モリーに頼まれたんさよ。ちょっと自信がないから、目立つアタシに同じ衣装を着てほしいって……ア、アタシは、断ったんだけどさ? モリーがどうしてもって言うから……あんなに必死に頼まれちゃあ、可哀想になっちまってねぇ、それで、仕方なく、さよ」

 

 ノーマの格好は、モリーとお揃いの亡者花嫁だった。

 お腹ががっつりと丸出しのウェディングドレス。

 モリーと違い、出るところ『ダイナマイツ!』引っ込むところ『エクセレンツ!』なノーマが着ると、こんなにも妖艶になるのか。

 純白のドレスなのに、無性に……エロいっ!

 

 

 ……っていうかさ、初めて着るウェディングドレスが、そんなボロボロでいいのか?

 

 …………あと、本番以外でウェディングドレスを着ると婚期が遠退くって…………いや、所詮は日本でのジンクスだ。異世界であるこの街にまではそんな効果は届かないだろう。

 ……黙っておこう。

 墓場まで、持っていこう。

 

「それで、デリアのそれは何の仮装なんだ?」

「これか? 赤ずきんだ!」

「なんで!?」

 

 ぱっと見でそう見えて、いやでもまさかなって脳内で否定したにもかかわらず、やっぱり見たまんま赤ずきんだったのか。

 ふわりと広がる真っ赤なスカート。純白のエプロンにお菓子のいっぱい入ったカゴ。そしてトレードマークの赤いずきん。

 どっからどう見ても赤ずきんだ。……カゴの中身がお婆さんのお見舞いじゃなくて、自分の食い物ってところを除けばな。

 

「これ、ヤシロが考えたオバケだろ?」

「オバケじゃねぇよ」

「でも、オオカミ人族を騙して喰っちまうんだろ?」

 

 あぁ、カンタルチカの前に現れるあのシャドーアートを見て、そういう解釈しちゃったのかぁ。

 確かに、すっごいマサカリ持ってたもんなぁ。

 あどけない姿で騙して、一気に命を刈り取るオバケだと認識されても仕方ないかもしれないなぁ……

 

「よく準備できたな、この短期間に」

「ウクリネスが作ってくれた!」

 

 寝ろよ!

 少しは休めよウクリネス!

 今日はお腹いっぱい食べて、泥のように眠れよ! な! 約束だぞ!

 

「てんとうむしさ~ん!」

 

 弾むような楽しげな声に振り返ると、お花の妖精がいた。

 

「オレ、ヨウセイ、喰ウ!」

「落ち着くんだ、ヤシロ!」

「だって、可愛い!」

「それはもう、否定のしようがないくらい可愛いけども!」

 

 エステラが共感しつつも、俺の前に立ちはだかる。

 がるるる……

 

「わぁ、ミリィ、どうしたのそのお花?」

「これ何の仮装?」

 

 わっとみんなに囲まれたミリィは、全身に生花をあしらった、花の妖精の姿だった。

 花の髪飾りはミリィの小さな頭を覆い隠す勢いで豪勢に咲き誇り、服や装飾品に至るまで、色鮮やかな花に飾られている。

 

「これ、ね。ドリアードってぃう、森を守る妖精さん、なの」

「可愛いさね、ミリィ」

「ホントだ。生きてる花みたいだぞ」

「ぇへへ、ありがと、ね。のーまさん、でりあさん」

 

 菊人形を思い浮かべている枚方ひらかた方面の人々よ、考えを改めろ。

 枚方方面のテーマパークで有名な菊人形とはまるで違う。

 もっと可愛い感じだ。

 花の天使だ。

 花エンジェル。いや、花キューピットだ。

 

「ぁっ! ぁのね、西側に行く時にね、是非生花ギルドに寄ってねって、大きいお姉さんたちが言ってたょ」

 

 まさか、全員ノーメイクでお化け屋敷に…………ということではなく、頑張って練習したお菓子を盛大に振る舞いたいのだそうだ。

 折角練習したんだから是非食べてほしい。そういう思いから、たくさん配るつもりらしい。

 ガキはお菓子がもらえるし、大きいお姉さんたちは自分たちの作ったものを食べて喜ぶガキを見られてWin-Winということらしい。

 

 いいんじゃないか。

 金を使ってる方がそれで満足するなら。

 いい方向に回っている感じがする。

 

「あっ、だったらさ、東側行く時にはウチに寄ってね」

 

 ネフェリーも、ミリィに負けじと自分の家のアピールをする。

 タマゴのお菓子でも考えたのだろうか。

 

「ウチのたち、みんなカボチャのトサカ飾りつけててね、すっごく可愛いの!」

「……トサカ飾り?」

 

 初耳のワードなんだが?

 

「小さいカボチャの飾りなんだけどね、お父さんとお母さんが張り切って作っちゃって。……まぁ、私もいっぱい作っちゃったんだけどね」

 

 ぺろりと舌をのぞかせるネフェリー。

 この一家は、お菓子ではなく飾り作りに精を出したらしい。

 

「……なら、全員で狩猟ギルドにも寄るべき」

 

 ずずいと、マグダが進み出て狩猟ギルドを進める。

 

「……そしてウッセに、『そうじゃない』と苦言を」

「ねぇ、ヤシロ。ボクの気のせいかもしれないんだけどさ、……マグダ、楽しそうだね?」

「あぁ。ウッセの『やってもうた感』が面白い感じに明後日の方向なんだろう。是非見に行こうぜ」

 

 これでもかと、指をさして笑ってやろう。

 

「エステラんとこは何かしないのか?」

「ウチは、事前告知の通り、今日一日は全員が休暇なんだよ。だから館は閉鎖されているんだ」

 

 その代わり、領主からの寄付という形で、メイン会場にお菓子がたくさん置かれていた。

 大広場では、ガキどもが領主のお菓子に群がっていた。

 味もそっけもない、市販のお菓子の抱き合わせセットだけどな。

 技術がなくても金を出せば手に入る感じのお菓子だ。

 

 でもまぁ、地域の子供会のお祭りを思い出して、ちょっと懐かしい。

 ウチの地元じゃ、地蔵盆の時に地域の子供会が駄菓子を袋に詰めて配ってくれた。一日一個ずつしか食っちゃいけないルールで、何から食べて何を残すか、ガキながらに真剣に考えたもんだ。

 

 大広場に到着し、はぐれていたジネット達とも合流した。

 周りには、数えきれないくらいのオバケがひしめいている。

 なんとも不気味で、コミカルな雰囲気だ。

 

 これが、四十二区のハロウィンなんだな。

 

 

「それじゃあ、いよいよ始めようか。第一回、四十二区ハロウィン大会! オバケの行進の始まりだ!」

 

 

 エステラの開会宣言に合わせて、広場に集まったオバケたちが「おぉー!」と気勢を上げる。

 そうして、四十二区で最初のハロウィンは盛大に幕をあけた。

 

 

 

 

 

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