「ねぇ、エステラ。ヤシロはあぁ言ってるけどさ、大食い大会の時みたいな大きな会場を作ったりしないの?」
「いや、さすがにそこまでの予算は出せないよ」
パウラの純粋な問いに、エステラが顔を歪める。
さらっと「もっと金かけろよ」と言われたようなものだからな。パウラにはそんなつもりないのかもしれないけれど。
「ボクとしては、領民みんなで作り上げる、そういうイベントにしたいんだ」
その方が安上がりだしな。
そもそも、運動会なんてのは手作り感満載なものなのだ。
年少、年中のガキどもに絵を描かせるのもいいな。
俺の通っていた小学校では、児童が図工の時間に運動会のポスターを描いて、それを町中に貼り出していた。優秀な作品は役場に。それ以外の作品は各地域のご家庭の塀や掲示板に。
工場なんかをやっていると、何枚かポスターを貼ってくれって依頼が毎年来るのだ。
親方と女将さんは喜んで引き受けていたっけな。子供が好きだったから。で……俺のポスターを一番目立つところに貼っていたっけな。正直、毎度毎度恥ずかしくて仕方なかった。
そのポスターの前で家族写真とか撮るんだよ、あの人たちは。俺を真ん中に立たせて!
……そうだな。うん。ポスターはやめよう。古傷が疼く。
「ねぇ。領民みんなで作り上げるっていうんなら、街の子供たちに運動会のポスターを描いてもらったらどうかな?」
「あっ、それいいね! さすがネフェリー!」
「えへへ」
ネフェリーが俺の心を読んだかのようなタイミングでそんな提案を持ち出し、パウラが俺を追い詰めたいかの如く賛同する。ほぅら、ベルティーナが嬉しそうな顔をし始めた。
くっそ。ネフェリーのヤツ、精神が80年代なもんだから、そういう昔よく見かけた風習には敏感なんだろうな。『けんけんぱ』とか、教えなくても知ってそうだもんな、ネフェリーなら。
「ヤシロ。カンタルチカも協力するからさ、子供たちがポスター描いたら、陽だまり亭にも貼り出してよね!」
「ジネットに言え」
きっと壁が埋め尽くされるくらい貼りまくってくれるだろうよ。
「ですが、運動会というものがどういったものなのか、それを知らないと子供たちは何を描けばいいのか悩んでしまいそうですね」
「その点は大丈夫ですよ。いくつかの競技を実際に試してみるつもりですので。その際は、子供たちにも協力をお願いするつもりです」
「ボクたちも、詳しい内容はまだ分かっていないので」と、エステラは笑い、そして俺に視線を向けてくる。
領主のこの丸投げ感はいかがなものかと思うが、まぁ、俺が言い出したことだからな、ちゃんと分かりやすい説明はする。
どんな競技をするのか、その競技がどういったものなのか、それを領民たちに知らせるためのデモンストレーションを近日中に行う予定だ。ぶっつけ本番で未知の競技とか、成立しないだろうからな。
「なんだか楽しみ!」
「わくわくするね!」
「それで、あの……設営の話をッスね……」
きゃっきゃと騒ぐパウラとネフェリーの隣で、ウーマロがやきもきしている。
イメルダとノーマも、どちらかというと競技より設営に興味があるようだ。
「美しさを競う競技があるのでしたら、ワタクシが優勝ですわね!」
「うん、大丈夫。そんなのないから」
「本番では完膚なきまでに叩きのめして差し上げますわよ、エステラさん。美しさで!」
「だからないって言ってるだろう」
……イメルダは競技にも興味があるのか。……いや、あいつが興味あるのは『如何に自分が活躍するか』だな。
「小道具ってのは、競技に使うものさろ? 競技が決まらないことには、アタシらは動きようがないさねぇ」
と、ノーマは言うが。
金物で補強するような大掛かりなものは作る予定にはない。
ではなぜノーマを呼んだのかというと……
「おぉーい! 運動会の内容決まったか!? あたい、早く練習したくてさぁ!」
「呼ばれてないのに顔出すんじゃないさよ、デリア!」
「なんだよ、ノーマ! 隠し事はいけないんだぞ!」
「何も決まってないうちからあんたが口を出すと、決まるもんも決まらないんさよ! いいから、競技が決まるまでは大人しく待ってるさね!」
「でもね、ノーマ! デリアの気持ちも分かるよ! あたしも早く練習したいし!」
「そうよ、ノーマ! 私も養鶏場の代表として、この運動会にかけてるの!」
「ならさっさと話がまとまるように、会議の邪魔すんじゃないさよ!」
……と、このように、進行を妨げる要注意人物たちを抑えつける係として重宝しているのだ。
こいつら以外に、ハムっ子とかガキどもも覗きに来るからな。
子供にも女子にもオッサンにも、全方位対応のノーマは必要不可欠というわけだ。
で、女子たちが向こうで押し問答している隙にウーマロに会場の設営案を見せる。
俺が思いつきで描いた簡易的な図面だが、ここから大きく変更することは、まぁないだろう。
図面を覗き込むウーマロ。――の、後ろからイメルダが覗き込み、そそっとベルティーナも寄ってくる。興味があるようだ。
好きに見ればいいさ。
「入場門と退場門ッスか……これ、四十二区の街門をオマージュすると面白くなりそうじゃないッスか?」
「そこら辺は好きにしてくれ。ただし、こだわり過ぎて他の仕事を疎かにするなよ」
「分かったッス! オイラが徹夜で作り上げてみせるッス!」
「そこまで入れ込むなっつってんだよ!」
「それで、『イメルダ様オンステージ』の舞台はどの辺りに作りますの?」
「そんなプログラムはねぇよ!?」
「あの、ヤシロさん。食堂は……」
「ない! 教会のガキどもと一緒に弁当でも食ってろ!」
「『お弁当と一緒に子供たちを食べる』!?」
「逆っ! なに、お腹空いてんの、ベルティーナ!?」
くそ……人数を絞り込んでも暴走しまくりで話がまとまらない。
「もうさ、ヤシロが叩き台を作って、実際やりながら改良していく方が早いんじゃないかな?」
「そうみたいだな……」
どいつもこいつも、「運動会って何するの!? どんなのなの!?」って興味が先走り過ぎて、とにかく落ち着きがない。
ぼんやりとでも実体を見せてやった方が真剣に取り組めるかもしれない。
「じゃあ、さっさとプレ大会をやっちまうか。エステラ、いつなら出来そうだ?」
「あたい、今ヒマだぞ! 今からやらないか!?」
「あたしもヒマ!」
「私も大丈夫だよ!」
「だから、あんたら気が早いんさよ! まず何をやるのか聞いてからにするさよ!」
エステラに開催可能日を聞いたのだが別のが釣れた。
こりゃ、近日中に開催することになるな、絶対。
そんな騒がしい連中の前に、ナタリアがそっと進み出る。
「ノーマさんのおっしゃるとおりですよ、みなさん。参加表明は競技内容を把握してからにする方が賢明でしょう。ヤシロ様の提案される競技ですから…………『おっぱい綱引き』とか、そういう類いのものだと思われますし」
「…………ヤシロ、お前」
「……ヤシロ、あんたって人は……」
「もう、ヤシロは……エッチなんだから」
「おいこら、ちょっと待て。謂われのないことで非難してんじゃねぇぞ」
デリアにパウラにネフェリーが大人しくなった。
さすがナタリア! 相手の動きを封じる方法をよくご存じで! 護身術に組み込めば!? けっ!
「それじゃあヤシロ。競技候補をリストアップしてくれるかい? 競技に必要なものはナタリアに集めさせるよ」
「おう。作る必要がある物は、ノーマに任せたい。ハムっ子を連れてグーズーヤのところへ行ってくれるか? 裁縫が必要なものもあるし」
「任せておくさね」
子守り兼裁縫。おまけに、巨乳美女がいればグーズーヤや他の大工も俄然やる気を出すだろう。
「あんたらも、裁縫手伝っておくれな」
「「「えっ!?」」」
ノーマの要請に、デリア、パウラ、ネフェリーが固まる。
こいつら、みんな手先が器用じゃないからなぁ……ネフェリーはあぁ見えて不器用なんだよな。パウラも裁縫とかちまちました物は苦手だし、デリアは言わずもがなだ。
「あ、あたいは、運動会に向けて修行しなきゃいけないから!」
「あ、あたしも!」
「じゃあ、私も!」
「あんたら……運動会を早くやりたいんじゃないんかぃね? なら運営を手伝うさよ」
「出来ることは前向きに協力するぜ!」
「そう、出来ることならなんだって!」
「適材適所ってヤツね!」
「…………もうあんたらには期待なんかしないさよ……」
重いため息と共に煙管を取り出すノーマ。
ここは喫煙可だから止めはしない。煙と一緒に吐き出したいモヤモヤもあるんだろう。吐き出しなさい、吐き出しなさい。
「俺らは何すりゃいいんだ?」
「狩人の力が必要になるような荒事は、とりあえず想定していないから、運営の協力を頼むよ」
手持ち無沙汰になったのか、ウッセがそわそわし始める。
実際、狩猟ギルドの出番はないだろう。狩猟ギルドは全区に影響力を持つ大ギルドなので、トラブルを避けるために引き込んだというのが大きい。
こいつらなら平気なのかもしれないが、しょーもないイザコザは勘弁だ。
あとはスポンサー枠だな。
行商ギルドと狩猟ギルドには、運営費の方で助けになってもらうつもりだ。
……とりあえず、運動後のベルティーナの胃袋を鎮められるくらいの肉を頼みたい。マジで。切実に。いや、マジで。
なんてことをやっている間に、俺は紙にペンを走らせていた。
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