異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

245話 ヒントはあったんだぞ -2-

公開日時: 2021年3月26日(金) 20:01
文字数:3,242

「指南書通りに事が運ぶほど、世界は単純ではないのよ?」

 

 にっこりと微笑んだマーゥルは……あれほどの怒気を目一杯放出してみせたエステラの迫力を、軽く三十倍ほど高く飛び越えていた。

 ……本物、ハンパねぇな。

 

「エステラさん、ありがとうね」

「え、あ……はい」

 

 怒りモードのことなんかすっかり忘れて、いつものエステラに戻っちまっている。

 まぁ、しょうがないか。

 ルシアを手本に迫力だのオーラだのを出そうと頑張っていたエステラだが、そのルシアをも軽く凌駕する恐ろしいオーラを見せつけられたらな。素にも戻るだろう。

 

 領主になるために人生のすべてをかける覚悟を決め、そのためだけに生きてきたマーゥル。

 その迫力は本物だ。

 いくつになっても、領主への道が絶たれた後も、身に付けた迫力は衰えていない。

 

「少し人数が多いわね。給仕長――イネス、だったわね」

「……はい」

 

 銀髪Eカップが萎縮している。

 ゲラーシー相手には余裕すら見せていた給仕長が。

 

「給仕と兵を退かせなさい。もう荒事は起こらないわ」

「しかし……」

「二度も言わせないで」

「……かしこまりました」

 

 ゲラーシーに確認を取ることなく、イネスが指示を出す。

 この館の主であり、現領主のゲラーシーをスルーして出された指示。

 そんなとんでもないことが起こっているというのに、ゲラーシーはなんの言葉も発せないでいるようだった。

 

 兵と給仕が退室し、室内には領主と給仕長、マーゥルとシンディ、そして陽だまり亭の面々だけが残った。

 

「とりあえず、ご着席ください」

 

 七領主たちは、言いたいこと、聞きたいことが山のようにあるだろう。

 マーゥルの言葉に反応する者はいなかった。

 

 ただ一人、ドニスを除いて。

 

 誰も動かない中、威風堂々とおのれの席へと戻りどっかと椅子に腰を下ろす。

 腕を組んでまっすぐにマーゥルを見つめる。

 

「…………」

「…………」

 

 マーゥルは、少しだけドニスと視線を合わせ、微かに笑みを浮かべた。

 瞬間、ドニスの一本毛がぴっこぴっこぴっこと揺れ動く。……冷静な表情のまま奇妙な感情表現してんじゃねぇよ。つか神経通ってないだろ、その一本毛。非常識なジジイだ。

 

 ドニスが座ったのを見て、他の領主たちも追随する。

 給仕がいなくなったために、給仕長たちがテーブルをもとへと戻す。

 各領主が自分たちの席へと戻っていく。

 

「みなさんお気付きのように――」

 

 そんな、「自分は与り知らないことだ」という逃げの言葉を封じる言葉から、マーゥルの話は始まった。

 その場にいる領主に現在の状況を明確に理解させるための話が。

 

「『BU』は、非常に愚かな選択をしました。雨不足による、おのれの区の損失を他所様の区に被らせようという非情な選択です」

 

 まぁ、今なら分かる。

 プライドだけがやたら高くて、解決能力のない領主が集まり、独自の意見も出せないままにふと浮かび上がった解決策を、さもそれが最善であるかのように取り上げて、そうなった後は疑問も持たず議論もせず実行に移したのだろうことが。

 

 誰かが言ったんだろうな。

「外周区に不穏なことを行っている者たちがいる」と。それを生意気だと感じていた連中が他にもいれば、同調圧力の強いこいつらなら「なら、そいつに損失を補填させよう」という結論にたどり着くのは容易に想像できる。

 

「四十二区と三十五区へ制裁を科そうと決まった日の会話記録カンバセーション・レコードを見せていただきたいところだけれど、追求するのはやめましょう。過去に費やす時間は、今はないものね」

 

 そう言って、「お前があの時ああ言ったからだ」「いや、お前が」という責任のなすりつけ合いを封じる。

 逃げ場を少しずつ奪われ、七領主の多くは、ただマーゥルの話を聞くことしか出来なくなっている。

 

「ゲラーシー。現リーダーのあなたに聞くわ」

「…………はい」

 

『現』リーダー。

 それは、「少しでも選択を誤れば、即座にその座から引き摺り下ろすぞ」という脅しのように聞こえた。

 

「今、『BU』は四十二区に生殺与奪の権を握られていることを、正確に理解していますか?」

「それは……大袈裟なのでは……」

「彼らは最近、新たに街門を作ったのよ? そして、新たな港を作る下地まで出来上がっている。ねぇ、ゲラーシー……あなたの見ている敵は、本当にあなたが思うような小さい存在なのかしら?」

 

 まるで子供に言うように、マーゥルはゲラーシーの浅慮を責める。

 今降りかかってきている危機はすべて、「所詮四十二区」と見下し、その力を見誤ったことに起因している。

 

「あなたは何も見えていないわ」

「それはさすがに言葉が過ぎますよ。いくら姉上といえど……」

「彼女たちが、どうやってこの館へ入ってきたのか、理解しているの?」

 

 そう言って、ジネットたちを指差す。

 一瞬虚を突かれたような顔をさらすゲラーシー。

 こいつはそんなことを考えてもいなかったようだ。

 四十二区の、ただ食堂店員が、二十九区領主の館へと無断で入ってこられるはずがない。

 

「……あなたが手引きをしたのですか?」

「えぇ、そうよ」

 

 ジネットたちが入ってくる前に聞こえた「お待ちください」だの「困ります」だの言っていた声、アレはマーゥルへ向けられた給仕たちの声だったのだ。

 マーゥルが先導し、ジネットたちをここまで連れてきた。

 

 もちろん、その後この室内で行われたことはすべて、マーゥルも直に見ている。

 

「いい、ゲラーシー? 四十二区は現在、新たな通路と、新たな港、そして、新たな料理という武器を持って『BU』と対等以上の位置にまで上り詰めてきたのよ?」

「『BU』と対等とは、さすがに言い過ぎだ!」

「いいえ。これでも過小評価しているくらいだわ」

 

 マーゥルがエステラのもとへと歩いて近付き、肩に手を載せる。

 

「最初、四十二区は『BU』に――『制裁を科す』ようにと誘導しようとしていたのよ」

 

 ざわっと、室内の空気が波打つ。

 今と真逆の結末。

 確かに、俺はそうなるようにシナリオを組んでいた。

 

「あなた方が『最初から言っていたこと』を、『そのまま貫かせて』、四十二区が利益を得る方法を、彼は持っていたの」

 

 エステラの肩に手を置いているなら、せめて「彼女は」と言ってやれ。

 それじゃまるで、俺が黒幕みたいじゃねぇか。

 

「『BU』は多数決に勝ち、勝負に負ける――その路線自体は変わっていないけれど、もし、当初の予定通りの展開になっていたら…………『BU』は形骸化していたでしょうね。威厳も、誇りも失って」

 

 ゲラーシーが俺を見る。

 だから、俺じゃなくてエステラをだな……

 

「一つ教えておいてやろう」

 

 話の切れ間に、ルシアが耳寄りな情報をもたらすようだ。

 耳に痛い、かもしれんが。

 

「この男は、組織を潰すような真似はしない。存続させ、そこで生まれる利益を吸い取るような男なのだ」

 

 人を寄生虫みたいに……

 

 生かしておいた方がうま味がある場合はそうしている。それだけだ。

 行商ギルドにせよ、街門の際に揉めた四十一区にせよ、組織を潰すとその揺り返しがすごいことになるからな。

 

 だから、『BU』も『BU』のまま、骨だけ抜き取ってやるつもりだった。

 そして、「よかったな。多数決が思い通りの結果になって」と言ってやるつもりだった。

 

 だが、それに待ったをかけたヤツがいる

 マーゥルだ。

 

「それを、私が変えてもらったの。多数決を否定して『BU』を一度崩壊させてほしいって。――もちろん、相応の報酬を約束してね」

「なぜそこまでして!? ご自身が領主になれなかった腹いせですか!? 復讐ですか、これは!?」

 

 わぁ、愚かだな、ゲラーシーは。

 

「愚か者」

 

 ドニスは俺と同じ意見を持ったようだ。

 

「復讐なら、もっと簡単な方法がいくらでもあるし、もっと以前に決行するチャンスはいくらでもあった。それをわざわざ、今、このような形で行った理由に思い至らんのか?」

「…………理由?」

 

 答えを出せないゲラーシーに、ドニスは重いため息を吐く。

 

「気付き、じゃ」

「さすがですわね、ミスター・ドナーティ」

「ん…………んんっ。……これくらいはな」

 

 マーゥルに名を呼ばれ、ドニスが目を泳がせる。

 いい歳して照れてんじゃねぇよ、一本毛。

 

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