異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

125話 参加者を押さえる -4-

公開日時: 2021年2月1日(月) 20:01
文字数:3,527

 と、今日はその話をしに来たわけではない。

 

「悪いなオーナー。今日はただの客なんだ」

 

 俺が言うと、オーナーは俺の隣で背中を丸めているデリアに視線を向けて「ほぅ、そうですか」と、嬉しそうに顔のシワを深くした。

 

「では、奥のお席をお使いください。幾分かは、静かにお過ごしいただけるでしょう」

 

 そんな気遣いを受け、俺たちは店の奥へと案内される。

 席に着くと、デリアは花束を大切そうに机の上に置く。花がよく見えるように、少し自分の方へと向けて。

 

「一生大切にするんだぁ~」

「いや、一週間くらいしか持たないからな?」

「根性で乗り切らせる!」

「……花にそれを求めるなよ」

 

 あとでドライフラワーの作り方でも教えてやるか。

 

「デートの前に、一つ頼みたいことがあるんだ」

 

 このまま有耶無耶になっては困るので、先に話を切り出しておく。

 

「今度開催される大食い大会に、四十二区の代表選手として参加してくれないか?」

「え、あたいが?」

「あぁ。お前の力が必要だ。頼む」

 

 机に手をつき、頭を下げる。

 デートの目的はこれだったかのかと、ガッカリされるだろうか?

 そうなったら美味しいケーキでご機嫌を取って……

 

「任せとけ!」

 

 静かな店内の空気を、すべて押し出すような大きな声で、デリアははっきりと言う。

 顔を上げると、キラキラした笑顔が俺を見ていた。

 

「ヤシロがあたいを頼ってくれるなら、あたいはそれに応えてやる!」

 

 ドンッと、胸を叩き力強く言ってくれる。

 頼られて嬉しい。

 掛け値なしに、溢れんばかりの好意を向けてくれるデリアに……少しだけ照れてしまった。

 こんなに信用されて、いいのか……この俺が。

 

 なので、照れ隠しに冗談なんかを言ってしまうわけだ。

 

「今、おっぱいがすげぇ揺れたな」

「なっ!?」

 

 清々しい笑顔は、途端に真っ赤に染まり、怒りとも喜びとも取れそうななんとも微妙な表情で、デリアは「もぉう!」と吠えた。

 

「人が真面目に話してる時に冗談やめろよなぁ!」

 

 指をかる~く握った、女子がスキンシップでよく使うネコパンチが飛んできて、俺の額に触れた瞬間……ネコだと思っていたものは獰猛なクマであったことを知らされた。

 

「ンゴッズッ!」

 

 これまで発したことがないような音が喉と鼻から漏れていく。

 ……冗談やめてほしいのは、こっちだぜ…………これは、冗談のレベルをはるかに超えている……

 

「むぁっ!? だ、大丈夫か!? つい、オメロにする時の力加減でやっちまった……」

 

 オメロ……お前、毎日こんな2トン車の衝突みたいな衝撃に耐えてたのか……ちょっと、尊敬しそうだ…………あの世で。

 

「で、でも、今のはヤシロが悪いんだからなっ!」

「あ、あぁ……俺が悪かった…………危機管理能力の欠如と言わざるを得ない……」

「あはっ、分かってくれたらいいんだけどさ」

 

「あはっ」で済ませられる、可愛らしいダメージならよかったんだけどな……

 

「あっ、でもさ。あたい、そこそこは食べるけど……そんな言うほどじゃないぞ? ヤシロも知ってるだろ? 陽だまり亭で賄い食べてるの見てるんだから」

 

 確かに、デリアは人より少し食うくらいだ。

 だが。

 

「甘い物に限定すればどうだ?」

「甘い物……?」

「そうだ。お前の大好きな甘い物。普段は食べ過ぎないようにセーブしている甘い物だ」

「ど、どうしてそのことを……」

 

 デリアは、甘い物を暴食するとタガが外れると危惧しており、いつも一人前程度に留めている……つもりで三人前くらい平らげているのだ。

 

「そのリミッターを解除したら、どうなる?」

「……そ、そりゃあ……人よりかは…………かなり、食う……いや、甘い物なら誰にも負けない!」

「ベルティーナでもか?」

「…………いやぁ……アレはなぁ……」

 

 クマ人族の表情を曇らせる食欲。パネェぜ、ベルティーナ。

 

「おやおや。随分と盛り上がっておりますね」

 

 檸檬のオーナーが水を持ってやって来る。

 四十二区の飲食店では、浄水器で綺麗にした水を無償提供するのがスタンダードになりつつあった。酒場なんかは『水飲んでる暇があったら酒を飲め』って感じだけどな。

 檸檬の水は、やはりというかなんというか、爽やかに香るレモン水だった。

 

「陽だまり亭さんには感謝しています。レモンの可能性を見せてくれましたから」

「たまたま知っていただけのことだよ。仰々しく考えんなって」

「いえいえ。その『たまたま知っていたこと』の数々が、我々を、この街を、大きく変えてくれたのです。感謝の言葉もありません」

「よせって。気持ち悪ぃよ」

「ははっ、ヤシロは謙虚だなぁ」

「そういうんじゃねぇから!」

 

 そういうのはジネットに言ってくれ。俺の担当じゃないんでな。

 

「本日は是非、サービスさせてください」

「おっ、やったな、ヤシロ! まけてくれるってさ」

 

 いやいや、デートで割引って……

 

「オーナー。サービスはいいからさ、ちょっと協力してくれねぇか?」

「と、おっしゃいますと?」

「レモンパイを二十人前ほど焼いてくれ」

「にじゅっ……二十人前、で、ございますか?」

 

 爺がポックリ行きそうなほど驚いてやがる。

 本当は百人前とでも言いたかったのだが、そのレベルのバケモノは『アノ二人』くらいのものだろう。

 とりあえず、デリアにはどれくらいいけるかを見せてもらうだけでいい。

 食いきれなきゃ、お土産として持って帰るさ。

 

「ははぁ、なるほど。大食い大会の練習ですな」

「まぁ、そんなところだ」

「ふむ……確かに、ケーキのような甘い物であれば、男性より女性の方が有利かと……考えましたな、陽だまり亭さん」

 

 俺を陽だまり亭さんと呼ぶんじゃねぇよ。代表はジネットだから。

 

「デリア、無理しない範囲でいいから食べてみてくれ」

「い、いいのか!? いつも一切れで我慢してんのに、今日はいっぱい食っていいのか!?」

「あぁ。俺の奢りだ。じゃんじゃんいってくれ。お前の食いっぷりに、四十二区の未来がかかっていると思ってな」

「お……、おぉ……なんだ、今日は怖いくらいにいいこと尽くめじゃないか……あ、あたい、明日死ぬのか? 死んじゃうのかな!?」

 

 大袈裟だっつの。

 

「では、丹精込めたレモンパイを二十人前、お持ちいたしましょう」

「無茶を言ってすまんな。よろしく頼む」

「プルルルルルハァーッ!」

「「――っ!?」」

 

 オーナーが謎の叫びを残してカウンターの奥へと消えていく。……なんだったんだ今のは? すげぇ巻き舌だったけど……

 

「ヤ、ヤシロ……今のが、『ギャップ萌え』ってやつか?」

「萌える要素が皆無じゃねぇか」

 

 と、とにかく、爺さんがちょっとテンション上がっちゃっただけだと思おう……深く考えたら負けな気がする。常人が極端に少ない四十二区だもんな、ここは。

 

 レモンの爽やかな香りと、カスタードクリームの濃厚な甘い香りが店内に立ち込め、香ばしく焼ける生地の香りが食欲をそそる。

 

「お待たせいたしました」

 

 大きな皿に載ったレモンパイが2ホール運ばれてくる。

 

「これでひとまず十六人前でございます」

 

 ワンホールを八等分して一人前だから、そうなるのか。

 二十人前って、中途半端なこと言っちまったな。

 

「数が半端になるな」

「んあ? あ、そうだな」

 

 すでにレモンパイに視線が釘付け状態のデリアも、そのことに気が付いたようだ。

 

「キリが悪いのもアレだよな」

「そうだよな」

「んじゃあ、十六人前で……」

「オーナー、二十四人前に変更な」

 

 上に行きやがった!?

 

「承りました! 丹精込めたレモンパイを、もう八人前お持ちいたします! プルルルルルハァーッ!」

「「――っ!?」」

 

 またしても奇声を上げて、オーナーがカウンターの奥へと姿を消す。

 

「……あれ、決まりなのかな?」

「俺がオーナーなら、今すぐやめさせるんだがな……」

 

 次のレモンパイが焼けるまでに、目の前にある分を食べてしまおう。

 

「じゃあ、食うか」

「あたい、ワンホール食いに憧れてたんだよなぁ! いただきまーーすっ!」

 

 フォークを突き立て、デリアがレモンパイに齧りつく。

 

「ん~~~~~っまいっ!」

 

 お気に召したようで、がつがつと物凄い勢いで掻き込んでいく。

 あぁ……こりゃ二十人前余裕だわ。

 

 俺が一人前もらうとして、デリアには二十三人前にチャレンジしてもらおう。

 それだけで十分だろう。

 ……つか、もうすでにワンホールの半分くらいなくなってるんですけど?

 

「デ、デリア。もうちょっと落ち着いて食え。喉に詰まるぞ?」

「大丈夫! 甘いものは別喉だ!」

「うん、ねぇから、そんな喉」

「オーナー! おかわりぃ!」

「いいんだっつの、二十三人前で!」

「プルルルルルハァーッ!」

「追加を承るなっ!」

 

 結論――デリアは、甘い物なら、すげぇ食う。

 そして、大食いの代表の力量を見るのは、領主の金でやるべきだ。……そこまで食わなくても……あ、4ホール平らげたよ、デリアのヤツ。まったく、わんぱくさんだぜっ☆……くすん。

 

 

 

 

 

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