異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加15話 約束は、きっちりと -1-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:2,978

 オシナ、メドラ、そしてエステラを交えた作戦会議は滞りなく終了し――というか、俺のプランを語って聞かせ「じゃ、そんな感じでよろしく」とだけ告げて、終わりの鐘が鳴って小一時間くらい経ったころ、俺は再びカンタルチカへとやって来ていた。

 

 店に入る前、空を見上げるといい具合に茜色に染まっていた。

 

「あぁ……やっぱり捕まってたか」

 

 店の前にいなかったので店を覗いてみると――

 

「……おかえりなさいませがぉ~、ご主がぉ様」

「え、……っと? ご主がぉ様、ですか?」

 

 ――ジネットがマグダから謎の挨拶で出迎えられていた。

 マグダ、それは朝の『ご主にゃん様』を知ってないと意味不明になるネタだろう。変えてきたあたりに努力の跡は見受けられるけどさ。

 

「あ、ヤシロさん」

 

 店の入り口に立つ俺を見つけ、ジネットが手を振ってくる。

 そう。俺はジネットとここで待ち合わせをしていたのだ。

 

「遅れたな」

「いいえ。今来たところですし、マグダさんもいましたから」

 

 待ち時間は一切苦痛ではなかったと、マグダの頭を撫でるジネット。

 陽だまり亭の外で見ると、本当に甘やかしてるって気がするよなぁ……陽だまり亭の中だとマグダを甘やかすのが当たり前になり過ぎて特に気にもならないんだが……やっぱ甘やかし過ぎだよなぁ……ジネットは。

 

「ジネットはマグダに甘いよな」

「え? それは、ヤシロさんが、ではないんですか?」

 

 俺はそこはかとなく厳しく接してるっつの。

 マグダが一端のウェイトレスに成長したのは、俺の厳しくも的確な指導があればこそだ。

 

「ぇっと……どっちも、けっこう甘いと思ぅ、ょ?」

 

 ミリィが第三者的ポジションで意見を述べてくる。

 が、それはきっとジネットフィルターを通しているからそう見えるだけだ。

 ジネットのそばにいると、極悪人でも真人間くらいには見える補正がかかるからな。

 それかもしくは、ジネットとの方が付き合いが長いことに起因する贔屓目が生きているか、そのどちらかだろう。

 

「……マグダが、アイドル過ぎるから」

「うふふ、そうですね。こんなに可愛いから、可愛がってしまうのは仕方ないですよねぇ」

 

 な?

 甘いだろ、ジネット『は』。

 

「それで、ヤシロさん。わたしはここで何をすればいいんですか? 『重要な任務がある』と、いただいたお手紙には書かれていましたけれど」

 

 朝、俺が出かける前にジネットに渡した手紙には、こんなことを書いておいた。

 

 

『 ジネットへ

  天高く乳揺れる秋。

  (※『懺悔してください』はその場で言っておくように)

 

  今日の十七時、カンタルチカに一人で来てほしい。

  頼みたい重要な任務があるんだ。

  (ロレッタたちにはそのまま仕事の準備を進めておくよう伝えておいてくれ)

  別に秘密の任務ではないので、気軽な気持ちで来るように。

  ただし、ある程度空腹であることが望ましいため、間食は控えめに。

 

  それじゃ、よろしく頼む。 オオバヤシロ』

 

 

 

 という内容なのだが、なんということはない、ただのお誘いだ。

 

「あ、そうでした。ヤシロさん」

 

 ぽんと手を叩き、俺の前へと歩いてきて、背筋をしっかりと伸ばした綺麗な姿勢で眉を曲げてはっきりと言う。

 

「懺悔してください」

「……手紙の前で言っとけって書いといたろうが」

「ダメです。ヤシロさんはもう……ちゃんと懺悔してくださいね」

 

 懺悔することが多過ぎてもう忘れたよ。

 

「それより、腹はどうだ?」

「少し、空いています。昨日今日とあまりお料理をしていませんので」

 

 作っているうちにお腹が膨れるというジネット。

 そう言うと、こいつも飯を食っていないように感じるが、俺は知っている。ジネットは結構な頻度でつまみ食いをしているという事実を!

 

「つまみ食いが出来なかったんだな」

「ふなっ!? ……ば、バレてましたか?」

 

 お前の場合、隠そうとすればするほど秘密が明るみに出ると認識しておいた方がいい。

 頬をぱんぱんに膨らませて「なんでもないです!」とか言うしな、こいつは。こっちは何も聞いてないってのに。

 

「腹が減っているならちょうどいい」

 

 店はそこそこ繁盛している。

 完全に日が落ちれば客は一気に増える。満席になるまで、あと数十分というところだろう。

 そんなそこそこ混み合ったフロアの中で、目の前にジネットとマグダとミリィを並べて、俺は今から行う重要な任務を発表する。

 

「これより、マグダとミリィの『カンタルチカ卒業試験』を行う!」

「ぇ……!? ぇぇええ!? ぁ、ぁの、みりぃ、聞いてないょぅ?」

「……マグダも初耳」

「事前告知をしておいたのでは、お前たちの本来の力が見られないじゃないか。こういうのは抜き打ちでやるもんなんだよ」

 

 事前に「いついつに行きますからね~」と告知をして、その日に合わせて整理整頓をし、その時だけいつも以上に丁寧に仕事をしてみせて、それで評価を下すような社内監査を、俺は無意味だと思っている。バカなんじゃねぇのとすら感じる。

 その一瞬だけちゃんとやっても意味がない。こういうのは、日々の積み重ねを監査することにこそ意味があるのだ。

 特に飲食店の場合は、一時の気の緩みが取り返しのつかない大惨事を招きかねないからな。

 

「というわけで、俺とジネットをきちんと接客できるか、審査させてもらうからな」

 

 言って、近場の空いた席へと腰を下ろす。

 カンタルチカの座席は大きなテーブルがいくつか並んでいるような構成で、四人がけテーブルのように向かい合って座ることはあまりない。連れとは隣同士座り、近い距離で会話を楽しむ。そういうスタイルなのだ。

 向かいの席で内緒話をされるとちょっと聞こえづらいな、くらいの距離が空いている。向かい合って話したいなら、テーブルに手を突いて身を乗り出さなければいけない。そんなサイズだ。

 

 なので相席は当然。

 あとは、適当に自分たちでスペースを作るスタイルだ。

 

 なので、すごく当たり前に、必然的に、ジネットは俺の隣に座ることになる。

 隣の椅子を引いてやると、ジネットは嬉しそうに頭を下げ、「ありがとうございます」と律儀に礼を寄越してくれた。

 

 まぁ、座れよ。な。

 

「ぅう……どぅしょぅ……みりぃ、緊張してきたょぅ……」

 

『試験』という言葉に緊張が溢れ出してくるミリィ。

 そんなに構えなくてもいいんだが……

 

「……落ち着いて、ミリィ。マグダがいるから、平気」

 

 緊張からぷるぷる震えるミリィの肩に手を置き、落ち着いた声で話しかけるマグダ。

 さすが、ウェイトレス歴が長いだけはある。ミリィとは比べものにならないくらいに冷静だ。

 接客に相当な自信があるようだ。

 

「……ヤシロ」

 

 椅子に腰掛けた俺とジネットの前まで来て、マグダが見慣れた半眼で俺たちにお辞儀をする。

 

「……試験、合格にしてにゃん」

「働けぇーい!」

「………………………………にゃん」

「もう一押しとかいらないから! 普通に接客して!」

「…………(ミリィ)」

「ぇ? ぁっ、ぁの……にゃん」

「小声で強要しないであげて!?」

 

 それで陥落するのウーマロとジネットだけだから!

 ……ハビエルもいけそうだな、ちきしょう!

 

「変態だらけか、四十二区!?(ハビエルは四十二区民ではないけれど!)」

「ま、まぁまぁ、ヤシロさん。落ち着いて」

 

 周りにいるオッサンどもがにやにやした目でマグダとミリィを見ているのも気に入らん。ここが陽だまり亭であったならば、別料金を食事代に加算しておくというのに……

 先払いのカンタルチカでは、あとでこっそり加算することが出来ない。あぁ口惜しい。

 

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