「ヤシロ様。遅くなって申し訳ございません」
「おぉ、ナタリア! 来てくれたか」
「エステラ様は陽だまり亭の方へ行っております」
「助かる。マジで」
いつもの落ち着いた表情でナタリアがやって来て、俺の心は嘘みたいに軽くなった。
指示を出さずに完全に任せられる人材って、本当に必要なんだよな。
「お兄ちゃん。妹たち、もうおねむだから帰らせるね」
年長組の妹が半目でうつらうつらしている妹七人を器用に抱えて俺のもとへとやって来る。
なんてアクロバティックな……こいつら、普段からこうなのか?
「お前、いくつだ?」
「十二だよ」
しっかりした妹もいるんだ。
「遅くまで悪かったな。連れて帰って寝かせてやってくれ」
「うん。弟でよかったら派遣するけど……いる?」
「そうだな……マスターの手伝いが欲しいから……腕っ節の強そうなのを二人ほど頼む」
「うん。呼んでくるね」
フロアは俺とナタリアがいれば回る。
オシナもいるし。
あとは、後片付けなんかを手伝ってくれるヤツがいればいい。
俺は、よく懐かれるポジション故に、年少組の相手が多いから忘れがちだが、ロレッタの弟妹にもしっかりしたのはいるのだ。
ただ、そういうヤツらはしっかりした仕事に就いているから突発的な手伝いに呼ぶのは難しいというだけで。
「あぁぁあああ、ナタリアさん! その鋭い瞳……罵ってほしい!」
「あ、俺も俺も!」
「おこぼれでもいいから、一罵り!」
「みなさんのご意向に沿いたいのは山々なのですが、残念ながら私は口下手ですので、ナイフでもよろしいですか?」
「「「さすがにそれは刺激的過ぎるよ~ぅ!」」」
「なぁ、もう帰れよ、酔っ払いども」
アホな酔っ払いがアホなことを言い、ナタリアはそれを真顔でするりとかわす。
さすが卒のない給仕長だ。
ナタリアという一騎当千のチートキャラを得て、その後のフロア仕事はとてもスムーズだった。注文も滞らないし、トラブルが起きそうになってもナタリアが事前に制圧してくれる。
そもそも、美人が増えてオッサンどもがみんな上機嫌になっていた。
それから夜が深まるまで、カンタルチカから騒がしい声が途切れることはなく、夜の風が少し肌に冷たく感じ始めるころまで営業は続いた。
とはいえ、通常時とは大きく異なる臨時態勢であることから、マスターの一存でこの日は閉店時間を早めることとなった。
いつもより随分と早く店を閉め、マスターは長い長い安堵の息を漏らした。
俺も肩の荷が下りた。
「サンキュウな、ナタリア。マジで助かった」
「いえ。ヤシロ様が分かりやすく助けを求めてくださることは稀ですし」
「お前には結構甘えてるだろ?」
「では、今度甘え返させていただきます」
「膝枕くらいしか出来んぞ」
「では、お尻枕を」
「それは男が女子に頼むもんだろうが!」
「いえ、それはそれで犯罪です」
くそぅ、正解がない!
「あの、ヤシロさん……」
表の灯が消えたカンタルチカに、ジネットがひょっこりと顔を出した。
隣にはエステラとマグダもいる。
「もう、お店を閉めたんですか?」
「あぁ。やっぱパウラ抜きじゃキツいからな」
「そうですか」
なんにせよ無事でよかったと分かりやすく顔に書いて、ジネットが息を漏らす。
陽だまり亭も、少し早めに店を閉めた様子だ。
「おじや、食べてくださいましたでしょうか?」
「あぁ、そういや……」
たしか、妹が持って上がっていたような気がするが……忙し過ぎてそっちまで見に行っていられなかった。
「……ん」
ブルドッグ耳のマスターが短く唸って、二階を指差す。
「お見舞いに伺っても、よろしいんですか?」
「……ん」
「どうしましょうか、ヤシロさん?」
パウラの顔を見てやってくれということらしいが……
「俺が行くのはマズいだろう。ジネット頼む」
「はい」
「ボクも行くよ。話が聞けるなら聞きたいし」
「だな。マグダはやめとけ。大人数じゃ迷惑になる」
「……うむ。ここで待つ」
フロアの椅子を借りて、適当に腰を下ろす。
今日はマジで疲れた……
「ヤシロ様、お水でもお持ちしましょうか?」
「あぁ……いや、お前も疲れてるだろ? いいから休んでろよ」
「では、お尻枕を……」
「休ませてくれ、俺も」
そういうの、もういいから。
「実を言いますと、私とエステラ様は今、少々厄介な事件を抱えておりまして……」
俺の隣へ腰を下ろし、ナタリアがそんなことを言う。
珍しい。
ナタリアは、椅子を勧めても座らないことが多いし、何よりもこちらが聞いてもいない自身の苦労を話すようなこともしない。
俺に聞いてほしいってことか。
……エステラが言いたがらない問題なのかな。
「二つあるうち、一つはお話しできないのですが……」
と、暗に「そちらに関しても察してくださいね」と釘を刺しつつ、もう一方という方の問題についての話を始める。
「実は、ポップコーンを狙う賊を捕らえたのです」
「ポップコーン!?」
その話に、俺は覚えがあった。
アッスントが言っていた、四十一区の賊の話だ。
……マジで四十二区に乗り込んできやがったのか。
「すでに身柄を拘束し、牢獄へと統監しているのですが……なかなか強情な者で、何を聞いても一切口を利かないのです」
「そうなると、お前らは困るのか?」
「えぇ。その者がどこの誰なのかが分からなければ、罰の下しようがありません。問答無用で罰を与えることを、我が領主様はよしとされませんので」
何も言わないなら問答無用で……って出来れば簡単なんだろうけどな。
エステラなら、無理やりにでも情状酌量の余地を探し出しそうだ。
「もし、お時間があればご助力願います」
「そうだな……まぁ、今日の借りもあるしな」
「助かります」
強情者を組み伏す方法は、まぁいくつか知っているし。
しかし、そうか。被害が出る前に捕まったか。
「妹たちに被害が及ばなくてよかったよ」
ポップコーンを強奪するために妹たちに怪我でもさせたなら、情状酌量の余地なく極刑を言い渡していたところだ。
「あ、いえ。違います」
「違う……って、何が?」
「狙われたのはポップコーンなのですが……原材料の方です」
は?
と、思わず口を開けてしまった。
原材料? ……ってことは。
「ヤップロックさんの畑が、盛大に荒らされてしまいました。復興には相応の時間がかかりそうということです」
ポップコーンって、そっちかよ!?
同時に何個も何個も降りかかってくる問題に、さすがに脳みそが悲鳴を上げた。
……いいから、休ませてくれよ。俺の体と、心をよぉ……
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