「……チーズケーキです」
しゃべりながら飯を食っていたら、いつの間にか皿は全部空になっていた。
デザートのチーズケーキが出てきて、ジネットも驚いた顔をしていた。
俺たちが気付いてもいないのに、よく見ていたもんだ。
「ヤシロさん。試験なんですが……」
「悪い。すっかり忘れてた」
「実は……わたしもです」
声を殺して笑い、そしてわくわくとした顔で「じゃあ、お二人とも大合格ということで」と耳打ちしてきた。
『大合格』ってなんだよ……
「へぇ……陽だまり亭のチーズケーキとは随分違いますね」
チーズケーキを一口食べて、ジネットが感心したような息を漏らす。
皿を持ち上げてケーキの断面を覗き込んだりしている。
「弾力もちょっと違います。ヤシロさんのレシピよりもチーズが多いんでしょうか?」
「配合を変えたんだろうよ。パウラの好みに合うように」
「確かに、こちらの方が大人の男性向けかもしれませんね。チーズの香りが濃厚で、お酒にも合いそうです」
こうやって、同じところから始まった物は場所によって様々な成長を遂げていく。
良くなったり悪くなったりしながら、進化の道は分かれていくのだ。
「今日、食べられてよかったです……」
陽だまり亭が店を閉めているこのタイミングで、自分の知らなかったものと出会えた。この出会いがジネットのこれからにどう影響するのか。
それに気付くのは、もしかしたら何年も先になるのかもしれないな。
「さて、と」
テーブルを見ると、俺たちの前に置かれた皿はみんな空になっていた。
グラスも空っぽだ。
「美味しかったです。今日はありがとうございました、誘ってくださって」
誘ったのはジネットの方が先なんだが……
「……機会があれば、是非、また」
「ん……そうだな」
次のデートの約束……ってほど大層なものではないが、なんとなくくすぐったい。
まぁ確かに、ジネットと外で食事というのもいいのだが、俺はやっぱり――
「マグダっちょー!」
――賑やかな方が、好きかもしれないな。
「迎えに来たですよー!」
空はすっかり暗くなり、カンタルチカに客がひしめき合って、時刻は完全に夜。
そんな満員のカンタルチカに、約束通りにロレッタがやって来た。
元気になって、自分の足で。
「もう心配かけたりしないですから、あたしと一緒に陽だまり亭に帰ろうです!」
多少の緊張を感じさせる表情でロレッタが思いの丈を告げる。
マグダと一緒にいたいと、カッコつけることなく、まっすぐに。
「……ロレッタ」
そんなロレッタの言葉を受けて、魔獣のソーセージを運んでいる途中だったマグダは……
「……今仕事中だから、またあとで」
「はぁう!? フラれたです!?」
……前に賄いを一緒に食おうと誘ってフラれたことへの意趣返しだな、あれは。
「も~う、マグダっちょ! あたし、マグダっちょと一緒に働ける瞬間をずっとずっと楽しみにしてたですのに!」
「……ロレッタは甘い」
魔獣のソーセージを客のもとへと届けて、マグダの姿が――消えた。
「……マグダの方が、もっとずっと待ち焦がれていた」
気が付くと、マグダはロレッタの背後に回り込んでいて、ぎゅっとその背中に抱きついていた。
「……おかえり、ロレッタ」
「うん……ただいまです、マグダっちょ」
ロレッタの背中に顔を埋めるマグダ。
「……あ、あの。向き変えないです? あたし、今なんか、物凄い手持ち無沙汰なんですけど? こう、向かい合ってぎゅっとすると、あたしもやりようがあるですから……マグダっちょ? あの、向きを……! マグダっちょ!?」
ロレッタがどれだけわめこうが、マグダは動かない。
そっとしといてやれ。たぶん、泣いてんだよ、今。マグダはお前が思う以上に泣き虫だからな。
「寂しかったんですね、マグダさん」
「……だな」
おろおろするロレッタと子泣きマグダを眺め、その場にいる者がみんなほんわかした気持ちになっていた。
そんな時、カンタルチカに懐かしい声が帰ってきた。
「さぁ! 夜はまだまだこれからだよ!」
パウラが、カンタルチカへと入り、カウンターの前で客に向かって凱旋の一言を告げる。
「今日は盛大に盛り上がっていってね!」
「「「「ぅおおおおおお!」」」」
なんだかんだと、パウラの人気は高い。
ここの客も、パウラがいないカンタルチカではやっぱり物足りなかったのだろう。
今晩は、酒が飛ぶように売れそうだ。
「ネフェリーも大丈夫か?」
「うん! この熱気……私も気合い入れなきゃ!」
パウラを手伝うと公言していたネフェリー。
本当にカンタルチカの手伝いを頻繁にやっているようで、ネフェリーに声をかける客が結構いた。
「ジネット、ヤシロ。お礼はまた改めて言いに行くね」
そう言い残して、ネフェリーがパウラのもとへと駆けていく。
パウラが俺たちを見つけて片手を上げる。
おしゃべりしている時間はない。そういうことだろう。
カンタルチカのエプロンを掛けて自身の頬を叩くパウラ。
乾いた音と共に、カンタルチカの時間が動き出した。急速に。
「はぁーい! 魔獣のソーセージ一丁! こっちはビールのおかわりね!」
「マスターさん! フルーティー、ベーコン二個二個で大至急です!」
慌ただしく動き始めた二人を見て、俺たちは店を出ることにした。
「ミリィもお疲れ様」
「ぅん……ぁんまり、まぐだちゃんのぉ役に立てなかった、かも、だけど……」
「……そんなことはない。何より、ミリィがいてくれて心強かった」
涙の跡など見せないマグダが、いつもの口調で言う。
そんな姿にほっとする。
「お兄ちゃん、店長さん。お店でデリアさんとノーマさんが待機してるです」
「では、早く戻ってわたしたちも準備しましょう」
「……ロレッタ、宣伝は?」
「弟妹を使ってばっちりやっといたです! 本日は営業時間延長で深夜までやるですって!」
「ぁの……みりぃも、ぉ手伝いできること、ぁる?」
「お疲れじゃないですか?」
「ぅん……でも、今日はまぐだちゃんと一緒に働ききりたぃの」
「では、お願いします」
「ぅん!」
大通りには、まだまだ人が行き交っている。
太陽が沈んでも、この街の夜はまだまだ終わらない。
「よぉし、ヤロウども! 昨日の分もきっちりかっちりと取り返すぞ!」
「……もちろん」
「はいです!」
「みりぃも、頑張るょ!」
俺の号令に各々が返事を寄越し、最後にジネットが――
「では、みなさん。今日もお仕事頑張りましょう」
――そう笑顔でまとめる。
そして、全員揃って一歩目を踏み出す。陽だまり亭へ向かって。
「さぁ、陽だまり亭、オープンです!」
心持ち早足で俺たちは夜の大通りを、陽だまり亭目指して歩いた。
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