「デート、しないか」
てんとうむしさんにそう言われた時、差し出された花束がぶわぁ~って広がって、まるでお花畑にいるのかと思っちゃった。
見える景色のあっちこっちにお花が咲いて、世界がとってもカラフルで、キレイで……どきどきした。
みりぃ、こんな風に誘ってもらったの初めて。
花束も、うちのお店では扱ってないお花ばっかり……嬉しい。
ずっと憧れてたことが、一度に二つも叶っちゃった。
本当はもっと時間をかけてオシャレしたかったけど、でもきっとどんなに時間があっても完全に納得は出来なかったと思うから、これくらいがちょうどよかった。
てんとうむしさんも褒めてくれたし……うん、これくらいがちょうどいい。
「お団子、可愛いな」って……えへへ。
実は、こっそり練習してたんだ。
お披露目する予定は、ずっとなかったんだけど……練習、しててよかった。
それでもう十分だと思った。
花束をくれて、デートに誘ってくれて、お団子褒めてくれて、みりぃが憧れていたことみんなやってくれた。
けど、それだけじゃなかった。
「よかったら、手を繋いでいってくれねぇか? 危険、だからな」
そう言って、手を差し伸べてくれた。
思わず握っちゃった。
だって、デートの時は手を繋いで歩きたいなって、ずっと、ずっと憧れてたから。
けど無理だって思ってた。
きっと恥ずかしくて出来ないって。
なのに、てんとうむしさんはそれを叶えてくれた。
「危険だから」って。
てんとうむしさんのためなら、みりぃも恥ずかしがらずに手を繋げちゃう。
……えへへ。気を遣ってもらっちゃった。
てんとうむしさんの手、大きいなぁ。
「おぉっ!? すげぇ!」
生花ギルドが丹精を込めて育てているりんごの果樹園。
今年のりんごさんはとっても出来がいいって、ギルドのお姉さんたちが言ってた。
てんとうむしさんに食べさせてあげたい。
喜んでくれるかな?
美味しいって言ってくれるかな?
ちょっと、どきどき。
「これって、手で引きちぎっていいのか?」
「ぁ……待って。いま、はさみ出すから……」
ここのりんごさんはとっても美味しいけれど、その分傷付きやすくて繊細なの。
一番美味しく食べられる採り方をしないと味も落ちちゃってもったいないの。
ここはみりぃが、プロの技を見せてあげる!
……誰かにお仕事を見てもらえるのって、嬉しい。
じねっとさんはいつも「すごい」って言ってくれる。
てんとうむしさんも、「すごい」って思ってくれる、かな?
「ぁ、ぁのね」
ポシェットから取り出した剪定ばさみを手に、てんとうむしさんにお願いする。
でも、やっぱりちょっと恥ずかしいから……
「みりぃが、りんごさん採ってきて、ぁげる……ね?」
そんな言葉で誤魔化す。
「見ててね」って言うのは、なんだか恥ずかしかったから。
「じゃ、頼む」
「ぅん! 見てて」
……あ。「見てて」って言っちゃった。
だって、てんとうむしさんが言いやすい空気を作ってくれるから。
てんとうむしさん、優しいなぁ。
きっと、みりぃがこうしたいなぁって思ってること、みんな分かっちゃってるんだと思う。それで、みりぃがそうしやすいように気を遣ってくれてる。
なんだか、みりぃ、今日はいっぱいてんとうむしさんに甘えてるみたい。
よぉし!
今日はいつもより張り切っちゃうぞ。
ギルドのお姉さんたちからも「ミリィちゃんが一番上手ね」って褒めてもらえるみりぃの特技。
『落下してるのに、実は直撃直前に「ふわっ」って浮かんで無傷なんだよ』の術――ぁう……この名前付けたのみりぃじゃないからね? ギルドに伝わる正式名称だからね?――を、披露する。
りんごさんの樹と樹の間を「たん、たたん、たん、とん」のリズムで弾むように移動しながら剪定ばさみを入れていく。
切る瞬間に軽くはさみを捻ってりんごさんに振動を与えて落下の衝撃を相殺させる。
すると、地面に着く瞬間にりんごさんが「ふわっ」って浮かんで無傷で、優しく、ゆっくりと接地する。
この時、振動を与え過ぎると逆にりんごさんのパワーが上がり過ぎて地面が抉れちゃうから要注意。お姉さんたちはよく地面に穴をあけちゃってギルド長さんに叱られてるんだよね。……ふふ、みりぃは「優しいハサミ使いね」って褒めてもらっちゃった。
みりぃの、数少ない自慢。
てんとうむしさん、ちゃんと見ててくれてるかな?
チラッと様子を窺えば、てんとうむしさんはみりぃのことちゃんと見ててくれて、拍手までしてくれた。
「ぁは……っ!」
みりぃはね、嬉しくなって……ほんのちょっとだけ、頑張り過ぎちゃった。
……明日、ギルド長さんに報告しに行かなきゃ。
ちょっと、りんごさんを採り過ぎちゃいましたって。
「てんとうむしさん、りんごさんいっぱいほしい?」
「ん? ……いっぱいもらおうかな。ミリィが頑張って採ってくれたしな」
「ぅんっ!」
ふふ。
嬉しいなぁ、嬉しいなぁ。
みりぃが頑張ったからいっぱいもらってくれるって。
みりぃ、頑張ってよかったなぁ。
てんとうむしさんはみりぃが差し出したりんごさんを一個手に取ると、鼻に近付けて「すぅ~」って空気をいっぱい吸い込んだ。
うんうん。そうすると、りんごさんのいい香りがすごくするよね。
すごい、てんとうむしさん、よく知ってる。
それから、てんとうむしさんはりんごさんをごしごしって服にこすりつけて、そのままがぶって齧りついちゃった。
えっ!?
そのまま食べるの!?
「うまっ!?」
齧ったところをじっくり見て、口の中のりんごさんをしっかり咀嚼して、てんとうむしさんがこのりんごさんを褒めてくれる。
みりぃたちが一所懸命お世話したりんごさんが褒めてもらえるのは嬉しいな。
よかった、てんとうむしさんに気に入ってもらえて。
「ぁの……でも……ちゃんと洗ってから食べた方がいいょ?」
ずっと外に生ってたりんごさんだし、雨にも打たれてるし……
でも、てんとうむしさんはこれでいいって、普通だって言うの。
てんとうむしさんの故郷の人って、なんだか豪快、かも。
あ、だからてんとうむしさんもちょっと強引っていうか、ぐいぐい引っ張っていってくれる人、なの……かな?
……そういうところが、ちょっと、いいなぁって、思うん、だけど……
「食うか?」
「ぇ……でも…………おぎょうぎ、わるく、……ない?」
「外で食う時は、多少ワイルドでもOKなんだよ」
「そぅ……なの?」
そうなの、かな?
じゃあ……みりぃも、平気、かな?
本当はね、すごく美味しそうに食べるてんとうむしさんを見てね、いいなぁって、ちょっと羨ましいなぁって、思ったの。
みりぃも、真似……してみて、いい、かな?
てんとうむしさんが一口齧ったりんごさん。
……まだちょっと不安だから、てんとうむしさんのりんごさんがいいなって思ったの。
なんだか、その方が安心できたから。
こんなの、お父さんとお母さんが見たらなんて言うかな?
ちゃんと座って食べなさいって叱られるかな?
でも……
でもね……
みりぃ、経験してみたいんだ。
てんとうむしさんと同じことをすれば、てんとうむしさんと同じ世界が見られるんじゃないかなって、そんな気がするから。
てんとうむしさんが齧ったところは……やっぱりちょっと恥ずかしいから、ちょっと離れたところを服の袖で拭く。
拭けば、OK……なんだよ、ね?
よぉし……すぅ……はぁ…………
かしゅ……っ。
今までにないくらいに心臓がどきどきして、手も少し震えていたけれど、口の中に広がるりんごさんの甘さは、これまで食べたどのりんごさんよりも甘く感じて、胸がどきどきして、心がふわふわして――
世界で一番美味しいりんごさんなんじゃないかって、思った。
「……ぁまぁ~い」
りんごさんだけの甘さじゃない。
これはきっと、てんとうむしさんと一緒だから。
てんとうむしさんがみりぃの知らないことを教えてくれたから。
なんだか……ちょっとだけ、みりぃ、大人になった気がした。
「……なんだかね…………わるいことをしてるみたいで……ちょっと、ドキドキするね」
みりぃが笑うと、てんとうむしさんも笑ってくれた。
その瞬間、二人だけの秘密が出来たなぁって、すごく嬉しくなった。
秘密。誰にも教えない。
「行儀悪い」って思われちゃうかもしれないし。
それにこれは、みりぃだけの……みりぃとてんとうむしさんだけの『特別』だから。
すごい……すごいすごい……なんだか、ふわふわして、みりぃがどこかに行っちゃいそう。
楽しい。全部の時間が特別で、あれもこれも、何もかもがきらきらしてる。
初めてのデートがてんとうむしさんとでよかった。
みりぃ、今日のこと、一生忘れない。ぜったい忘れない!
「それじゃ、この後どうする?」
もう十分。
すごく楽しかった。
でもね……
「ぁ……ぁのね…………」
すごく楽しかったから、みりぃ、ちょっとだけ贅沢になっちゃったよ?
すごくわがまま言っちゃうかもしれないけれど……
でも、てんとうむしさんならきっと、笑って許してくれるって思えるから……今なら確信だって出来るから……
「みりぃ、……デートのときは…………ケーキ、食べたいなぁ……って、思ってた……」
そんなおねだりを聞いたてんとうむしさんは、目をまん丸くして、その後でにっこり笑ってくれて……あぁ、やっぱりてんとうむしさん優しいなぁって、実感した。
「それじゃあ、この街で一番美味いケーキを出す店に行こうか」
「うん! 陽だまり亭、行きたいっ」
ケーキも楽しみ。
ジネットさんにもお話したいことがいっぱい。
あぁ、どうしよう。
やりたいことがいっぱいあり過ぎて、みりぃ、目を回しちゃいそう。
森を出た後も、てんとうむしさんはしっかりとみりぃの手を繋いでくれて――
みりぃはこの日、ずぅ~っと笑顔で過ごせたのでした。
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