「完成です!」
「「「きゃー!」」」
ポンペーオの周りで歓声が上がる。
フルーツタルトが完成したようだ。
「ほぉ……キレーなもんだな」
その出来栄えに、思わず息が漏れた。うん、綺麗だ。
正直、ビックリだ。
「ま、まぁ。プロだからね」
そう言ったポンペーオは、どこか、物凄く嬉しそうだった。
小鼻はぴくぴく膨らんでいる。……俺に褒められて、そんなに嬉しかったのか?
「こっちも完成だ」
「「……まぁ」」
出来上がったプリンアラモードを見て、数人のお嬢さんが感嘆の言葉を漏らす。
頬に手を添え、うっとりとした目で見つめる。
細長い器に盛られたぷるぷるのプリン。その周りには宝石のようなフルーツが美しく飾られ、純白の生クリームが存在感たっぷりに盛られている。そしてそこへ、ハートの形をした可愛らしい薄焼きクッキーが差し込まれている。
「かわいい……」
「……ですわねぇ」
俺が作ったということを度外視して、お嬢さんが好意的な感想を述べる。
いや、最早俺に対する敵対心はなくなっているのかもしれない。
「ヤシロ君。教えてくれたまえよ。絶対!」
「……分かったつってんだろ」
ポンペーオがズズイっと急接近してくる。
近い!
あと、なんでお前まで俺に対する敵対心なくしてんだよ?
なんだよ「ヤシロ君」って……初めて名前で呼びやがって。
「さぁ、召し上がってください」
ポンペーオの言葉に、お嬢さん方から歓声が上がる。
テーブルに着き、ケーキが運ばれてくると早速ポンペーオのフルーツタルトを口に運ぶ。
「美味しいっ!」
「コクのある甘さが……」
「それでいてフルーツのさっぱりとした甘みが……」
カスタードクリーム初体験のお嬢さん方は、その味わい深い甘みに感動しているようだ。
そんな中、ジネットだけは真っ先に俺のプリンを口に運んでいた。
「…………わっしょい…………わっしょい、です……」
……やっぱり、感想はそれなんだな。
だが、いつものテンションが上がる感じではなく、少し瞳を潤ませるような感動の仕方だ。どうもジネットのツボに嵌ったようだ。
「今までにない、新感覚の甘さです……」
ジネットはシュークリームとか、カスタードクリーム系の物をいくつか知ってるはずだが、プリンはまた別格だったようだ。
ジネットの言葉を聞き、お嬢さんたちもプリンへと興味を移す。
「…………まぁ」
「……これは」
「………………おいしい」
まだどこかに『しょせん四十二区』という思いが見え隠れするものの、こちらを認める発言を引き出せたのは大きい。
一度認めてしまえば「私が認めたものだから」という思いが少なからず働く。そうなれば、誰かが悪く言うとムッとしたり、誰かが褒めているとちょっと嬉しくなったり……そんな小さな変化を繰り返すうちに気が付けばファンになっていたり……なんてことも無いとは言えない。
「まぁ、ポンペーオ様がお認めになった職人さんですものね」
「そうですわね。これくらいのクオリティは、むしろ当然ですわね」
「逆に安心しましたわ。あまりに酷いものですと、ポンペーオ様のお名前に傷が付きますもの」
「そうですわね。これくらいは当然」
「えぇ、美味しくて当たり前ですわ」
と、そんな感じでお嬢さん方の中で陽だまり亭――四十二区のケーキの評価が組み替えられていく。
『美味しくて当然』
上から目線ではあるが、最大級の褒め言葉だと言えるだろう。『当然』であるということは、それはもう一流だということなのだから。
「実はワタクシ、以前陽だまり亭さんへお邪魔したことがあるんですのよ」
「まぁ、あなたも?」
「ワタクシもですわ」
なんと。
陽だまり亭で悪意を撒き散らしていた張本人が紛れ込んでいたのか……唾でも入れておいてやればよかったか。
「その時のケーキも、そこそこ美味しかったですわ」
「確かに、あのミルクレープというケーキは食感も面白くて……あれでしたら、また食べに行ってもよろしいですわね」
そんな言葉に、ジネットの表情がぱぁっと明るくなった。
真意が見えなかった客たちが、実はケーキを美味しいと思っていた。その事実が、ジネットの心を軽くさせたのだ。
連れてきてよかった。
「ワタクシが伺った時は、なんだか怖い方たちがお店を埋め尽くしていて……怖くて入れませんでしたわよ?」
ゴロツキどもに占領された時に来たヤツもいたのか。気の毒だったな。わざわざ遠いところをやって来たのに。
「ですから、そういう方が行くお店なのかと思いましたわ」
「ワタクシが行った時は、落ち着いた、雰囲気のいいお店でしたわよ?」
「ウーマロ様の設計されたお店なんですって」
「まぁ、トルベック工務店様の? どうりで……」
へぇ、ウーマロってこういう層に人気なんだ…………利用しよう。
「でしたら、あの怖い方たちは、場違いと言わざるを得ませんわね」
「どこにでも現れるんですのよ、あぁいう手合いは。気にしてもいいことはありませんわ」
「そうそう。関わらないのが一番ですわよ」
「ですわよねぇ」
と、思いっきり聞こえるひそひそ話を繰り返すお嬢さんたち。
どこの世界も、女子の噂話は怖ぇなぁ……聞きたくない聞きたくない。
………………あれ?
「美味しいよ、ヤシロ君! どうすればこんな面白い食感のケーキを思いつくんだい!?」
何か、引っかかるものを感じ、それが何かを手繰り寄せようとしたのだが……暑苦しいポンペーオが俺の肩を掴んでわっしゃわっしゃ揺らしてきたもんだから、脳みそがシェイクされて思考が止まってしまった。
「そういえば、ヤシロ君は女性の胸が大好きだと耳にしたが…………そうか! これはそれをモチーフにしているんだね!?」
「してねぇわ!」
確かにおっぱいプリンとかあるけども!
って! ほらぁ! お嬢さん方の視線が物凄く冷たくなってんじゃねぇか!?
折角いい感じでイメージアップしてたってのによぉ!
アホのポンペーオのせいでその後俺は非常に居心地の悪い思いを強要された。
レシピを教えるのはもっとずっと先に延期だな。反省しろ。
「また、ケーキをいただきに伺いますわ」
「はい。是非いらしてください。お待ちしています!」
帰る間際、お嬢さんがジネットにそんなことを言ってきた。
ジネットはいつものような弾ける笑顔で深々と頭を下げる。
あのおしゃべりなお嬢さんたちのことだ。ここから発せられる悪意は、次第に薄らいでいくだろう。
ポンペーオの用意してくれた馬車に乗り、俺とジネットは四十二区へ戻る。
帰りの車内で、俺は先ほど感じた引っかかりについて思いを巡らせる。
俺はこれまで、貴族のお嬢さん方が『なんとなく気に入らない』相手に嫌がらせをしようと、ゴロツキに仕事を依頼したのではないかと推測していたのだが…………
『怖くて入れませんでしたわ』
『気にしてもいいことはありませんわ』
『関わらないのが一番ですわよ』
これが、お嬢さんたちのゴロツキどもに対する評価だ。
好意的でないのは当然として……あそこまで毛嫌いする相手に、あのお嬢さん方が仕事を依頼などするだろうか?
『なんとなく気に入らない』店の営業を妨害する、ただそれだけのために……?
何より、ゴロツキに妨害を依頼したなら、なぜわざわざ自らがイヤミを言いに陽だまり亭にやって来たんだ?
誰かが勝手にゴロツキに依頼して、他のお嬢さんは知らなかった?
あの噂好きの、ケーキで一つにまとまった、そこそこ団結力のあるお嬢さんたちが?
中には、まさに当日やって来て入店せずに帰った者までいるという…………
どうも引っかかる。
本当に、ゴロツキを差し向けたのはあのお嬢さんたちなのか?
そもそも……ラグジュアリー関連の人間なのか……?
けど、他にケーキの流通を邪魔することでメリットを得られるようなヤツは…………
「……ロさん。ヤシロさん!」
「えっ!?」
肩を揺すられ、俺は思考の海から帰ってくる。
ジネットが不安そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。
「あの、エステラさんが……」
「エステラ?」
気が付くと、馬車は四十二区の領主の館の前に停車していた。
馬車の外にエステラが立っていて、焦った様子で窓にしがみついている。
「なんだよ、エステラ?」
こいつはここで俺たちの帰りを待っていたのか?
ナタリア率いるメイド集団が大勢外に出ているところを見ると、道を塞いで馬車を止めたようだが。
「ヤシロ、大変なんだ!」
また、嫌な予感がする。
ここ最近、ずっと燻っている姿の見えない悪意が再燃するような、嫌な予感が。
「狩猟ギルドが協力を断ってきた」
「はぁ!?」
「今後一切、街門の建設に関わることには協力できないって!」
空の高い位置にいた太陽が分厚い雲に覆われ、一雨きそうな空模様になる。
時刻は昼前。
ジネットはともかく、俺はまだ陽だまり亭に帰るわけにはいかないようだな……
「エステラ、乗れ。陽だまり亭でジネットを降ろして、その足でウッセに会いに行くぞ」
「うん!」
馬車の御者に行き先を告げ、俺たちは狩猟ギルド四十二区支部へと向かった。
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