異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加23話 ヤシロスイッチ『入』 -2-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:3,499

「単純に考えて、バルバラが誇れることなんか、腕力と運動能力しかないだろ?」

「そんなことねぇよ! 決めつけんじゃねぇよ、英雄!」

「じゃあ、他に何が自慢できるんだよ?」

「元気!」

「――と、このように頭脳はもう壊滅的にダメなので、体を動かす方向に的を絞って考えなければいけない」

「なんだよぉ!? 元気なのはいいことじゃねぇかよぉ!」

 

 お前の元気は全然誇れねぇんだよ。

 

「体を動かす……ということは、一所懸命お仕事をしている様を見てもらうということですね」

 

 健全な眼で世界を見ているジネットなら、そういう発想になるのだろうが、少し違う。

 俺が考えているのは……

 

 って。なんで俺が素直にバルバラの頼みを聞いてやらなきゃいけないんだよ。

 危うく、ちょっといい案を提供するところだったぜ。

 陽だまり亭マジックだな。ここの空気は極悪人を面倒見のいいお人好しに変えてしまう。

 

「仕事して金を稼げ。以上」

「英雄! お前、今、明らかに何か言いかけてやめたよな!?」

 

 ちっ。こんなところでばっかり鋭いヤツめ。

 

「お願いしたんだから、ちゃんと協力しろよ!」

「そうですよ、ヤシロさん! 私がリベカに尊敬されてもっともっと大好きになってもらえる案があるのであれば出し惜しみせずに提案してください!」

「お兄ちゃん! ここはあたしの顔を立てると思って、ドドーンと面白い企画を立ち上げてです!」

 

 なんて厚かましい姉トリオだ。

 俺にメリットがない以上、俺は動いたり知恵を授けたりしないんだよ。

 

「それじゃあ、ヤシロ。ロレッタたちのお願いを聞くついでに、パンの件もよろしく頼むよ」

「さらっと頼んでんじゃねぇよ」

 

 何が「ついでに」だ。

 ついでで安売りするような技術は持ち合わせちゃいねぇよ。

 

「ボクがこんなに頼んでるんだよ? わざわざ君のところにまで足を運んでさ」

「お前に頭を下げられたところで、俺にはなんのメリットもないからなぁ」

「メリットか……そうだね。ジネットちゃんの前でこういう言い方はちょっとアレだけど……教会へ恩を売っておくと、四十二区のメリットになると思うよ」

「『俺に』メリットが必要だっつってんだよ」

 

 俺は、俺だけがこっそりと儲けてウハウハしたい派なの!

 

「……とかなんとか言って、結局は行動するくせに。出し惜しみしちゃってさぁ」

「ほっほぅ、そーゆーことを言うか。よぉし分かった! 俺は何も知らんし、考えん!」

 

 なんだか今日は、メリットもない厄介ごとを押しつけられる日だ。

 厄日というヤツかもしれん。

 早々に部屋に引き上げてふて寝をしてしまおうか。

 

「では、一つメリットを差し上げましょう」

 

 心が萎れかけていた俺に、ナタリアが分かりやすいエサをくれる。

 

「エステラ様の護身術の練習の相手役を、ヤシロ様にお願いしても構いませんよ」

「それのどこがメリットだよ。エステラの訓練に付き合わされた挙句に、痛い目に遭わされるだけじゃねぇか」

「ですが……」

 

 そそっと近付き、手の甲で口元を隠して、こそっと耳打ちしてくる。

 

「……未熟なうちは防ぎきれずに不可抗力で…………ということも、なくはないかと」

「…………ふむ」

「ダメですよ、ヤシロさん!?」

 

「そんなの、絶対ダメです」と、両腕をぶんぶん振り回してジネットが反対の声を上げる。

 友達の身を案じてのことか。

 

「じゃあ、ジネットの練習相手に俺が……」

「刺すよ? ジネットちゃんに不埒を働くと、容赦しないからね?」

 

 ……っとに、こいつらは。

 お互いがお互いを守るみたいなこと言いやがって。

 

「もう少し健全な見返りは要求できないのかい、君は!? たとえば、お金とか!」

「エステラさん、それ健全な見返りじゃないですよ!?」

「そもそも、見返りを要求する時点で不健全やっちゅうことに気ぃ付いてへんみたいやなぁ、領主はん」

「エステラは、どっかで何かが抜けてるんさよねぇ、いつも」

「プチ天然を装って萌え度アップを目論んでおられるのですよ、エステラ様は」

「……けれど、乳も天然も店長には遠く及ばない」

「うるさいよ、君たち! 特に後ろ二人!」

 

 きゃいきゃい騒ぐエステラのそばで、にわかに流れ弾を喰らったジネットがマグダを諭すように言う。

 

「あの、マグダさん。わたし、天然じゃないですよ」

「ほっほぅ! 乳は否定せぇへんのやな、店長はん!」

「そ、そんなことないです! わたしなんて、実はそんなに大したことなくて、普通です! 普通ですもん!」

 

 と、レジーナのからかいにぴょんぴょん跳ねて抗議するジネット。……だが、そんなにぶるんぶるん振り回して『普通』はないだろう。

 それが基準だったら、世の女性、みんな背骨が疲労骨折しちゃうぞ。

 

 それにしても揺れるなぁ……

 

「……店長。その辺でやめるべき。ヤシロの顔が溶けて戻らなくなる」

「へ? ……きゃぅ!? も、もぅ! ヤ、ヤシロさん! 懺悔してください!」

「ホントだ……なんつぅ情けない顔してんだよ英雄」

「締まりのない顔を……ここに鈍器さえあれば、その性根を叩き直してあげましたものを!」

 

 揺れるおっぱいを眺めていただけで散々な言われようだ。

 顔の筋肉が緩んでる? 当たり前だろう。ミルクには肉を柔らかくする成分が含まれているのだから!

 

 あ~ぁ。

 どっかに揺れる膨らみをじっと鑑賞していても怒られない、夢のような国がないかなぁ。

 贅沢は言わない。せめて一日だけでもそんな日が制定されれば、世界中の争いが三割はなくなることだろう。

 

 巨乳美女が一列に並んでぴょんぴょん飛び跳ねたりする状況ってどこかにないかなぁ……

 …………………………

 …………………………

 …………………………

 …………………………

 …………………………あるじゃねぇか!

 

 ちょっと待てよ……この状況…………この流れ………………バルバラにエステラにジネットの要求が叶えられて……うまい具合に誘導すればソフィーの要求もクリア出来る……。

 あぁ、そうだ、そうだ。パウラやネフェリーからも『西側ばっかりイベントが多くて不公平』とか言われてたもんな。ならいっそ、そこら辺の要求を一切合切ごっちゃ混ぜにして……教会へは情報提供の見返りとしてある種の譲歩を引き出して…………まぁ、文句言ってくるとしたらパンの利権的な絡みで、収益減になるような部分にだろうし、そこら辺をきちんと保障してやれば……たとえば、貴族から金を取れるようにしておけば、ド貧乏な外周区の一般ピーポーからセコセコ巻き上げなくてもいいようになるだろうから…………砂糖! 貧民砂糖と貴族砂糖で区別して別物ということにしてやれば…………待てよ待てよ! だったら、いっそのこと………………そうか、そういうのが一般に認知されれば『類似品』も受け入れられやすくなるし、正規品を先にしかるべき場所に提供しておいてやれば、ある程度の『おイタ』はお目こぼししてもらえるだろう。っつか、そこはきちんと別物だと主張して無理を通す。それが嫌なら技術は渡さない。……うむ。うむうむうむうむ! よぉしよし! これって、結構うまい話に仕上がるんじゃないか? いや、違うな。仕上げるんだ、俺が、この手で!

 

「あっ! みなさん、見てください! ヤシロさんのお顔を!」

「う……うん。見てる、よ……」

「楽しいことを始める前の、とっても嬉しそうな顔ですね」

「いや……ボクには、金勘定を始めた悪徳商人の舌舐めずりに見えるよ……」

「……邪悪」

「うっすら笑ってるです……はぁぁああ!? 今ちょっとこっち見たです!? 鳥肌が! 鳥肌が全身にっ!?」

 

 やかましく騒ぐ陽だまり亭店員Withエステラ。

 ったく、人がなけなしの親切心を絞りつくす勢いで善行を積んでやろうとしている時に。

 

「なぁ、みんな。一緒に楽しいことしようZE☆」

 

 にっこりと微笑んでやると、ジネット以外の連中が一斉に三歩後ずさりしやがった。

 トルベック工務店と木こりの連中が壁際でむぎゅーっとひしめき合っている。んだよ、暑苦しいヤツらだな。

 折角、これから楽しいお話をしてやろうとしてるのによ。

 

「エステラが、とってもとっても頑張ってくれるなら、俺が柔らかくて美味しいパンの作り方を教会へ提供してやろう」

「本当ですか!?」

 

 真っ先に反応したのはジネットだった。

 この話を持ちかけたエステラよりも、今でもまだ教会の関係者であるソフィーよりも早かった。

 さすが、シスターよりシスターらしい飲食店店長だな。

 

「で、ボクに何をしろって?」

「とりあえずスポンサー集めと、街の連中の説得だな」

「また、何か大掛かりなことをするつもりなんだね」

「おう。前にもチラッと言ってただろ?」

 

 年中春めいた少し涼しめな気候なんで、イマイチ季節感とか出ないけれど。

 

「区民運動会をやろうぜ」

 

 四十二区全体を巻き込んで、スポーツで競い合おうじゃないか!

 

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