「…………おぉっ!?」
そこは、ひらひらふわふわした空間だった。
やや丸まった三角形の布地が、洗濯ロープにぶら下げられて風にはためいていた。それも一つや二つではない。見渡す限り、一面だ。
そう、これは男子共通の秘宝――パンツ――
そこには、見渡す限り一面のパンツが。
目の前に秘宝――パンツ――があれば、じっくり鑑賞するのが男子たるものの嗜みというもの。
俺は、目利きの鑑定士が名画を観察するかのごとき鋭い視線で、風と戯れるパンツをじっくりと眺めた。
最初に目に飛び込んできたのは、眩い純白の清純派パンツ。フリルがあしらわれており、清純さの中に可愛らしさが演出されている。
そして隣に視線をずらすと……、なんとレース編みだ! 腰に触れるサイドの部分がレースでしつらえられており、ちょっぴりシースルーになっている。
さらに、男心を鷲掴みにする白とブルーのストライプ!
「……ここは、天国か?」
なぜこんなお宝がこんなところに……神の御加護というヤツか……はっ! まさか、異世界のパンツはこうやって収穫されるのではないか!?
なんてことだ!?
そういえば女将さんが、「もぎたての野菜は美味しい」って言ってたな。よし、ちょっともいでみるか……しかし、禁断の果実を手にしたアダムはその後痛い目を見ている……迂闊に手を出すのは危険だ……
「……ん?」
ふと、足元を見ると、暗い闇の中に白く輝く小さな布が落ちているのを発見した……
おぉ、ゴッド!
これがあなたの慈悲というヤツか……
禁断の果実に手を触れることは禁じても、地面に落ちた果実は見逃してくれるというわけだな。
ならば拾おう、神の御心のままに!
「…………ふむ。フリルか」
全体を覆うようにフリルが取り付けられており、肌に直接触れる布地を覆い隠している。
だが、隠されている部分が多いからこそ、顔を覗かせている先端の小さな三角形が一層魅力的に見える。
ひらひらとしたフォルムが全体的に可愛さを演出しながらも、その中に隠されたエロスがピリリと利いている。
素晴らしい。
「いい仕事してますね」
思わず呟いてしまった。
称賛に値する。
大通りで買った安物の服とは比べものにならない縫製技術だ。
このクオリティの衣類を購入しようとすれば、相当値が張るはずだ。
……まさか、手作りか?
そう言われてみれば、縫い目が不均一なような……
これなら、俺の方がうまく作れるな…………
俺はパンツを広げ、引っ張り、裏返し、びよんびよんさせてじっくりと観察する。
店で売っているものと遜色ないクオリティだ。もしこれがジネットのお手製なのだとしたら、新しい商売になるかもしれない。
少なくとも、わざわざ衣類を買う必要はなくなるだろう。
まぁ、俺も裁縫は得意だし、いろいろと作れる。
そんなわけで……
「参考資料として……」
俺は手に入れたレースのパンツを懐にしまった。
落ちているものを拾うことは罪ではない。
そして、桃やリンゴやオレンジでもそうなのだが……落下してしまったものにはもう商品価値はないのだ。
日本にいた頃、懇意にしていた農家のおじちゃんが、「落ちたヤツならいくらでも持ってきな。どうせ捨てちまうんだ」と言って、大量にくれたことがある。
これはまさにその状況だ。
ただそれが、桃かパンツか、それだけの違いなのだ。
いうなればここは桃源郷だ。
誰もが夢見る理想郷。
そこは常春の地で、辺り一面にかぐわしい香りを放つ桃が生っている。
ほらみろ、ここと同じではないか。
ただ、生っているものが桃かパンツか、それだけの違いなのだ。
俺がこの理想郷にたどり着けたのも神のお導きによるものだろう。
神様。この巡り合わせに感謝します。
いや、実は俺、前からあなたはやれば出来る子だと思ってたんスよ。
こういうの。こういうの待ってた。
「さて、神様へのお祈りも済んだし、そろそろ行くか」
桃源郷を離れた者は、二度とその地を訪れることは出来ないという。
しかし、俺は必ず戻ってくる。またいつの日か、この理想郷に!
そして俺は、夢の世界と現実世界を隔てる白い大きな布をくぐり抜けた。
ヒヤリとした風が肌を撫でていく。
さっさと入ろう。
中庭からキッチンへ続くドアをくぐり、俺は一階の室内へと入った。
「おはようございます、ヤシロさん。随分早いですね」
俺がキッチンへ顔を出すと、ジネットは元気いっぱいな笑みをこちらに向けてきた。
朝からフルパワーだな。
「お前の方が早いだろう。ちゃんと寝てるのか?」
「はい。わたし、寝るのが早いもので」
確かに。
こいつは割と早くに眠ってしまったようだ。
おかげで、夜中のトイレに付き添いを頼めなかった。……あ、そういやずっと我慢してるんだった。行ってこようかな。…………まぁ、陽が出てからでいいや。
「今、下ごしらえをしていまして。急いで朝食をご用意しますね」
そう言って、カマドにかけていた鍋を火から下ろす。
「あぁ、いいよ。終わってからで」
「でも、三食つけるとのお約束でしたし」
「だからって、俺に合わせなくてもいい。俺が合わせるから。何か手伝うことはあるか?」
「え…………そうですね……………………………………えっと………………」
ないのかよ!?
まぁ、年中暇そうな食堂だしな。
しかし、結構な量を下ごしらえするんだな。
俺が来たのは二回とも夜だし、もしかしたら昼間は繁盛してるのか?
「ヤシロさん」
長らく考え込んでいたジネットがようやく顔を上げ、俺を呼ぶ。
「ん?」と返事をすると、ジネットはとても真剣な表情でこう言った。
「包丁って知ってますか?」
「お前は俺をバカにしてるのか?」
「いえ! 決してそんな!」
両手をぶんぶんと振り、ジネットは困った表情を見せる。
「包丁って、料理人の間では有名ですけど、一般の方には馴染みがないものですので……」
そう言われてみれば、包丁っていつ誕生したものなんだろう。身近にあり過ぎて当たり前になっていたけれど、あれだって長年の研究の末生み出された発明品なんだよな。
「一般家庭では、何で食材を切るんだ?」
「ナイフです」
そう言って、懐から刃渡り10センチほどのナイフを取り出す。
危ねぇ!?
こいつ、刃物なんか隠し持ってやがったのか!?
うっかり巨乳ホイホイに手を突っ込んでいたらブッスリ刺されていたところだ。……危険なトラップだぜ。
「ところでジネット」
「はい」
「巨乳ホイホイって、巨乳『を』捕まえるものか、巨乳『で』捕まえるものか、どっちだろう?」
「知りませんけども!?」
「そうか、こっちの世界にはないのか……」
「ヤシロさんの故郷には、そんなものがあるんですか?」
いや、見たことはないが、なかったと断言することは出来ない。ならばあったかもしれないではないか。きっとあったさ。
「俺のいた世界……街では、包丁はかなり普及していてな。一般的に使われていたんだ」
「そうなんですか。すごい街があるんですね。結構高いんですよ」
まぁ、百均とかなさそうだしな。
刃物は高いだろう。
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