異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

374話 兄弟の本気 -1-

公開日時: 2022年7月20日(水) 20:01
文字数:3,438

「名前はともかく」

 

 と、エステラが襟元を正して俺へと向き直る。

 

「詳細を聞こうじゃないか」

 

 そして、嬉しそうに目を細めて言う。

 

「君や四十二区に、存分な利益が見込める提案なんだろう?」

 

 そうでなければ、君は純粋な人助けなんかしないからね。なんて言葉が隠れていそうなしたり顔で。

 当然だ。慈善事業ってのは、俺が最も嫌いな言葉の一つだからな。

 他人に強要するのは大好きだけれど。

 

「調査の結果、四貴族の持つ農地のほぼすべてが向こう七十年作物の育たない死の農地となってしまったわけだ」

 

 これはレジーナが検査した結果なので、まず間違いないだろう。

 そして、俺はアヒムの描いた地図を広げる。

 

「そして、三十一区は、貴族の大農地が街のほぼ中心に存在し、それを取り囲むような形で商業施設、その向こうに住宅街という形になっている」

 

 ど真ん中ではないが、三十区寄りのほぼ中心部に四貴族の農地が隣接するように広がり、かなりの面積を占有している。

 いくら作物が育たなくなったとはいえ、貴族の土地を再開発して住宅にしようなんて発想はなかったようで、今もなお、三十一区の中心部には広大な更地が広がっている。

 実にもったいない。

 

「そこにテーマパークを作っちまおう」

「待ってくれるかい。そもそも、『てーまぱーく』ってなにさ? 公園、なのかい?」

「あるテーマに即した公園ってところか」

 

 おとぎの国を模したテーマパークや、ゲームやアニメをコンセプトにしたアミューズメントパーク。

 映画の世界を疑似体験できる~とか、アニメの中に迷い込んだみたい~とか、そういった体験ができる大型レジャー施設。それが、テーマパークだ。

 

 ――という説明を、映画やアニメを抜きにして説明するのはすっごく大変だった。

 だって、ないんだもん、映画やアニメ。

 

「つまり、年中ハロウィンのようなことをする場所……って感じかな?」

「方向性はな。ただ、客には仮装みたいなハードルの高いものは求めない。やるのは出迎える従業員――キャストの連中だな」

 

 お手軽なハロウィン。

 気軽に楽しめる非日常。

 そんなイメージを持ってくれればいい。

 

「イメージとして近いのは、素敵やんアベニューかもしれないな」

 

 ステキやんアベニューは、通りを丸ごと改造して作り上げた『美』をコンセプトにしたある種のテーマパークだ。

 デカい門が現実と非現実を隔て、一歩足を踏み入れると特別な体験が楽しめる。

 見てよし、経験してよしの素敵空間となっている。

 

「確かに、素敵やんアベニューはすごい経済効果を生み出してるぞ。最近では『BU』からも客がやって来るようになった」

 

 リカルドの言葉に、オルフェンが興味深そうな視線を向ける。

 他区から客が、それも定期的に、頻繁に訪れるというのは、それだけ自区に金が集まるということだ。

 

「街の大改造にはかなりの金がかかったが、それでも、一年、二年もあれば十分にペイ出来るほどの経済効果が見込める」

 

 リカルドも各所から借金をしたらしいが、完済の目途は立っているようだ。

 隣でデミリーがにこにこしている。

 

「エステラも貸したのか?」

「それがさ、見栄を張ってボクには借りに来なかったんだよ? その分オジ様に負担を強いるようなことをしてさぁ」

「ふん! 年下に金なんぞ借りれるか」

「大食い大会の会場作る時はボクも貸したじゃないか!」

「アレは、出資だ。返済義務はなかったし、四十二区もフードコートで充分儲けただろう」

「フードコートの利益はほとんど飲食店に還元されてるよ」

 

 しかし、その後素敵やんアベニューの建設や下水工事でがっちり利益を得ているけどな。

 この先銭湯も作るし、四十一区からは結構利益を吸い取っている。

 

「なんだか、話を聞いてたら四十二区にもテーマパークが欲しくなってきたよ」

「四十二区は、お前が立ち退きを強要できないから大改造は出来ないんだっつの」

 

 出来たとしても、精々ニュータウンや西側に家を建てるくらいだ。

 

「その点、四十区には間もなくラーメン通りが出来る予定だからね。今から楽しみだよ」

 

 そういや、そんな約束してたっけな。

 ……いや、あれはただ呟いただけで、決定ではなかったはずだ。ルシアとマーゥルも食いついていたし、どうなるかまだ分からん。

 

「もう、場所も確保したし、領民もノリノリだよ。レシピと講習会が待ち遠しいよ」

 

 デミリーが物凄い前出しで仕事してる!?

 まぁ、レシピを教えた後は、好きに展開していけばいいけどさ。

 ラーメン屋を並べればラーメン通りになるんだし、あっちこっちで勝手に作ればいい。

 

「お待たせしましたなのです。お連れしたなのです」

 

 パメラが戻ってきた。

 パメラの後ろには、おどおどとしたアヒムが、身を縮こまらせるように立っている。

 

「あの……私に、何か、御用が……うっ」

 

 四貴族から厳しい視線を向けられ、アヒムが委縮している。

 こりゃ深刻だ。

 

「協力するって約束じゃなかったか?」

「……もちろんです」

 

 俺が呟けば、貴族たちは揃ってアヒムから視線を外す。だが、室内の空気はぴりぴりしたままだ。

 まぁいい。すぐには無理だろう。

 

「アヒム。これから三十一区を大改造する一大事業を始める。お前には、その実務面で先頭に立ってもらいたい」

「いや、しかし、……私は」

 

 アヒムも自分の置かれている立場が分かっているのだろう、気まずそうにオルフェンや貴族たちへ視線を向ける。

 

「アヒム。これが何か分かるか?」

 

 先ほど、オルフェンが描いた三十一区の地図を広げて見せる。

 

「…………レンコン、ですかな?」

 

 確かに、でっかい丸の中に複数の丸が描かれていればレンコンに見えるか。

 

「三十一区の地図だ」

「はぁっ!?」

「描いたのはオルフェンだ」

「オルフェン、其方っ! いくらなんでも、アレはないであろう!? 街の全景を把握していないのか!?」

「いえ、絵心が乏しいだけで……」

「簡略化するにしても、三十一区はL字型に描くべきだ。楕円はないだろう、楕円は……」

 

 再度オルフェンの描いたレンコンの絵を見て深い溜め息を吐いた。

 

「すまないな。父上が早くに亡くなり、其方には十分な領主としての教育を施してやれなかった。其方に足りない部分は私が補おう。それは、教育を怠った私の責任だ。其方に罪はない」

 

 アヒムは、オルフェンの執務を手伝い、その成果は本来領主としての責務を全うできるはずであったオルフェンのものだと言った。

 悪いのは、教育を怠った自分だからと。

 アヒムが頑張り、オルフェンが認められる。それが、正しい在り方だと。

 

「三十一区にとって、それが一番いい形だ。だから、どうか――ここでの話は内密にお願い申し上げます」

 

 床にヒザを突き、四貴族に向かってアヒムが頭を下げる。

 貴族たちは戸惑い、息を呑む。

 

 四十二区でオルフェンの本音をぶつけられ、アヒムは憑き物が落ちたような面持ちになっている。

 ようやく、周りが見えるようになったのだろう。

 ウィシャートという濁ったフィルターがなければ、アヒムは真っ当な領主になれたのかもしれない。

 

「兄上の功績は兄上が受けるべきです。横取りするような真似は出来ません」

「そうじゃない。嫌われ者の私より、皆に好かれている其方が前に立つ方が事業はうまく回る。ただそれだけのことだ」

「しかし……っ」

「オルフェン。アヒムの言っていることは正しい。新しいことを始める時、人は不安と不満を覚えるものだ」

 

 その時、旗頭が反感を買うような者だったら、事業はうまく回らず失敗する。

 四十一区の大改革は、領民の支持を得ているリカルドが主導したからこそうまくいった。

 

 人の心はそう簡単に変わらない。なのに、物事には人の心が大きく関わってきてしまう。

 技術のある者に仕事を頼むにしても、頼む人物によって結果は大きく変わる。「この人にならば」といい仕事をしてくれる場合と、「誰がお前のためなんかに」と最低限の結果すら得られない場合に分かれる。

 

 人の心は、取り扱いが難しいくせに、とても重要な要素を占めている。

 

「だから、事業がうまくいった後で、『その裏にはアヒムの多大な貢献があった』と時間をかけてじっくり領民に分からせてやればいい」

「……そういうもの、なのでしょうか」

「ミスター・オオバの言う通りだ」

 

 アヒムが険しい顔で頷き、そして眉を下げて笑う。

 

「領主というのは、なかなかつらいものなのだ。自分が一番やりたいと思ったことを真っ先に我慢しなければいけないような、な」

 

 アヒムに言われ、オルフェンは頷く。

 これから二人で協力し、二人とも変わっていけばいい。

 

 こいつらは、完璧でこそないが、決して最低でもないはずだからな。

 

 

 

 

 

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