異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加31話 『台風の目』の必勝法 -2-

公開日時: 2021年3月31日(水) 20:01
文字数:2,670

「あっ!? お兄ちゃん、マズいです!」

 

 ロレッタの叫びに、視線が前を向く。

 見ると、白組第二走者が列を乱していた。

 

 台風の中心側にモコカ、外側にバルバラを配した布陣だったのだが、二人の息がまったく合っていないようだ。

 

「……てんでバラバラ」

「あ~……やっぱまだモコカには荷が重かったか」

 

 暴れ馬の如きバルバラを、給仕の力でいなしてくれないかと、そんな期待を貧乏くさい金箔の薄さの百分の一くらいはしていたってのに。

 

「中心! ブレんじゃねーよ!」

「そっちこそ、外向きじゃなく前に進みやがれですね!」

 

 台風の目の外側は、前ではなく少し内側に向かうイメージで走る必要がある。

 そうしなければ、遠心力で外へ外へと引っ張られてしまうからだ。獣人族のように荒ぶるパワーの塊みたいな連中ならなおのこと、ほんの少しの気を抜くだけでバランスは崩れてしまう。

 

「あぁっ! 黄組に抜かれちゃったです!」

「……赤組も迫っている」

「残念だったね、ダーリン」

 

 メドラが立ち上がり――でけぇ……しゃがんで見るとマジでけぇなメドラ。お前、何サウルスだよ?――自慢げに言う。

 

「アタシはね、ダーリンのことならなんだってお見通しなんだからねっ! きゃっ!」

「えぇ……じゃあ、今の俺の気持ちも見通してそーゆーのやめてくんない?」

 

 ふざけた後で、メドラは口角を持ち上げて――ほんの少し狩人らしい好戦的な表情を浮かべる。

 

「エントリーシートに『仕掛け』をしたね? まったく、抜け目がないね、ダーリンは」

「あたしたち、ちゃーんと分かってるんだからね。途中で順番替えられるってこと。ね、ノーマ」

「ヤシロがすることだからねぇ……これくらい疑ってかかるのは当然さね」

 

 黄組のメドラにパウラとノーマが勝ち誇った顔を見せる。

 そして、赤組からも。

 

「あたいも気が付いてたぞ!」

 

 デリアがこれでもかと腕を伸ばしてアピールしてくる。挙手だな。

 

「なんたって、赤組のチームリーダーは頭脳派のあたいだからな!」

 

 うん。ルシアの入れ知恵だな。

 エントリーシートは入場する前に書いて提出した物だし、その時に助言があったと考えても不思議はない。

 ルシアは、おっぱい微妙なくせに頭は切れるからなぁ。

 

 おまけに、メドラも筋肉の塊っぽいイメージが先行しているが相当な切れ者だ。こと戦闘においては常人の何十倍も頭の回転が速くなる――と、マグダが言っていた。

 厄介な相手だよ、敵に回すと。

 

 ……でだ。

 視線を青組に向けると、エステラが意味ありげな表情でほくそ笑んでいた。

 へいへい。お見通しだってことだな。

 

「第一走者を見て、す~ぐに再編したんだから。ウチ、選手層は厚いから、こういう時に得よね」

「あたいたち赤組もチーム変えたぞ! もう絶対強いからな!」

 

 第一走者のバラつきを目の当たりにし、同時に白組の安定した走りを目撃した各チームは、待機中に並びを変更し、即座に対応を取ったようだ。

 安定感を増したランナーたちがすいすいと白組を追い抜かしていく。

 

「エントリーした二十五人が各一回ずつ走るという条件さえ破らなければ、順番や並び位置は変更可能……まったく、君はいつもこういう逃げ道を作っておくよね?」

 

 エステラが立ち上がり、ナタリアに目配せをする。

 第二レースを見て、青組はチームを再編するようだ。

 

 この仕組みは、もし万が一にも俺の策略が看破され、白組が窮地に追いやられた際の保険として残しておいたものだ。

 全チームがそれに気付いて策を用意してきたことには驚きだが……だが、それは同時に目立ちにくい罠でもある。

 

「少し早い気もするけれど……概要は掴んだ。勝負に出させてもらうよ」

 

 狩猟ギルドと牛飼いの対立に足を掬われて現在最下位の青組だが、この次で巻き返しを図ろうという算段らしい。

 ついでに、不和を生じさせている狩猟と牛飼いの目でも覚まさせる腹づもりか。

 

「次はボクが出よう。ナタリアも参加して」

「かしこまりました」

 

 エステラの言葉を聞いて、ナタリアがもそもそとしゃがんだまま列の前へと移動する。

 おい、なんだよナタリア。しゃがんだままもそもそ移動するの、なんか可愛いな。

 そういう生き物がいたら、俺ちょっと飼いたいかも。

 

「ちょっ!? 竹が高ぇよですよ!」

「うっせぇな! 低くしてんだろ!?」

 

 とかなんとかやっているうちに、モコカとバルバラが竹を持って戻ってきた。

 間に挟まれていた農業ギルドの若い衆は這々の体で離脱していく。パワフルな獣人二人に振り回された結果だな。

 

「今度は低過ぎるぜですよ!」

「んだよ!? 高いとか低いとか!」

 

 跳ぶ側、くぐる側への配慮に欠けるバルバラに、モコカがきつい口調でダメ出しをする。

 ウチにも生まれてるな、不和。

 何度言っても理解しないバルバラと、言葉が圧倒的に足りていないモコカ。

 そりゃ、こいつらは相性悪いよな。

 

「ぬぁああ! 抜かれたです! ついに最下位です!」

 

 バルバラの高過ぎる竹を飛べないヤツが多く出てモタつき、折り返した後は竹が低くてモーマットがしこたま頭をぶつけて時間をロスして、なんだかんだしているうちにバトンタッチで青組にまで抜かれてしまった。

 

「お前、しっかりしろよアブラムシ!」

「ぽっくりそのまま返してやるぜです、おサル!」

 

 ギャンギャン言い争っている二人。

 ロレッタとジネットがはらはらした目で状況を見守っている。

 つかモコカ、「そっくりそのまま」な? ぽっくりって、死んじゃってるから。

 

「あ、あの……ヤシロさん……っ!」

 

 ついには、「お二人をなんとかしないと」と、ジネットがこちらを向いた。

 現在は黄組が一番で、次いで赤組、その後を青組のエステラナタリアコンビが猛然と追い上げているという状況か。

 ……よし。

 

「よくやったぞ、二人とも!」

 

 いまだ竹を握りしめたまま言い争っているモコカとバルバラに、俺は盛大なサムズアップを送る。

 なぁに、この二人を組ませれば『わざとらしくなく』最下位になってくれると踏んでいた。

 まぁ、うまく歯車が噛み合ってそのまま独走でもよかったのだが、こちらの戦法を『うまい具合に』真似されると後半で巻き返される心配があったからな……

 そういう意味では、ピンチの後のチャンス到来で「ここだ!」とばかりに青組の切り札のエステラ&ナタリアコンビを引っ張り出せたのは僥倖だ。

 

 今回怖かったのは、青組のエステラとナタリア。赤組のデリア。そして、黄組のノーマとメドラだ。

 こいつらが『うまい具合に』機能しちまうと、イネスたちが言っていたように『生まれ持っての性能の差』で負けてしまうところだった。

 だが、こちらは切り札を温存したまま後半に望めるのだ。

 

 

 これから、三段階の驚きを貴様らに見せてやるぜ!

 

 

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