異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

267話 みんなで作ろう、大衆浴場 -2-

公開日時: 2021年5月29日(土) 20:01
文字数:3,604

「ヤシロいる~? いよいよ今日から大衆浴場の工事が……なに、この距離感?」

 

 店に入ってくるなり、エステラが店内の微妙な空気に眉をしかめる。

 開店前の陽だまり亭には、当然客はおらず、ロレッタもまだ来ていないので俺とマグダと、そしてジネットだけだ。

 

 いつもの席に俺、カウンターのそばにジネット、入り口脇のテーブルにマグダが立っている。

 二等辺三角形だ。

 

 仲間はずれにされたと思ったマグダはへそを曲げ、俺とジネットは弁明をした。

 マグダをのけ者にしたなどという誤解を解くためには、真実をありのままに語るほかなかった。

 つまり、俺がうっかり眠りこけてしまい、ジネットが気付かずに風呂に入ってしまったと。

 ジネット的には物凄く恥ずかしいだろうが、マグダを嫌っているなんて勘違いをされる方がつらいと、赤裸々に真実を語っていた。

 

 でも、だからって、体を洗う時の水音にちょっとドキドキしたとか、そんなことまでは言わなくていいと思うぞ。っていうか、照れるからやめて。

 

 その結果、マグダは――

 

「……店長もヤシロも、どちらも悪くない」

 

 そう言ってくれた。

 うっかり眠ってしまうほど疲れていた俺を労い、事故とはいえ入浴中に俺という異性に遭遇したジネットを気遣い、「……マグダは、二人の味方」と言ってくれた。

 

 ……で、現在、マグダは俺に寄り過ぎることもジネットに寄り過ぎることもなくちょうど同じ距離を保って俺たちを見ている。ゆえの二等辺三角形だ。

 俺とジネットがもっと近付けば、三人仲良く寄り添えるのだが……

 

 一晩経って改めて考えてみたら、めっちゃ恥ずかしい!

 俺、とんでもないシチュエーションに遭遇しちゃったな!?

 隣でジネットが入浴?

 よく俺の『乳欲にゅうよく』が暴れ出さなかったこと!

 

『鎮まれ、俺の乳欲っ!』

 

 みたいなことになっててもおかしくなかったね!

 ……はぁ。今になって心臓が痛い。

 

 で、ジネットも似たような気持ちなのだろうが、今朝からろくに話しかけてこない。

 話しかけようとしては、「ぁう」と短く鳴いて遠ざかっていくのだ。

 しかし、避けていると俺に思わせないためか、常に姿が見える場所に居続けている。

 これで厨房にでもこもられたら、「やっぱ昨日のこと怒ってるのかも?」って、ちょっとは不安になったかもしれないしなぁ。

 俺にそう思われるのは、ジネット的にも容認できないようだ。

 

 ゆえの二等辺三角形。

 

「ようこそ、二等辺三角亭へ」

「なにそのお店!? 初耳なんだけど」

 

 エステラが目を剥きながら近寄ってくる。

 こっち来んな。ジネットの方に行けよ。

 

「まさか、ジネットちゃんに何かよからぬことをしでかしたんじゃないだろうね?」

「お前は、いつも俺を疑うな」

「当然じゃないか。ジネットちゃんが君に不埒なことをするはずがないもんね」

「信頼を裏切ってすみません! 不埒な娘ですみません!」

 

 朝からの緊張しっぱなしで、張り詰めていた糸がぷつりと切れたらしい。

 ジネットが変な方向に壊れた。

 

「え? 何があったの? え!?」

 

 真っ赤な顔で謝り倒すジネットを見て、エステラがおろおろする。

 説明を求めるようにこちらを見てくる。

 はぁ……あんまり広めたくないんだが……

 

「……昨日、ヤシロと店長は…………おっと、これ以上はマグダの口からは」

「分かった、説明する!」

 

 マグダ……それ、余計に誤解を生むからな?

 

 ジネットに了承を得て、昨日の不幸な出来事を説明する。

 そしてついでに、ジネットの心を癒してやってくれと依頼しておく。

 

 説明を聞き終わり、エステラが盛大なため息を漏らす。

 

「まったく、君は迂闊過ぎるんだよ」

「なんで俺だよ……」

 

 またお前は、ジネット贔屓ばっかりして。

 

「どうして入浴中に鍵をかけないのさ?」

「あ……」

 

 そう言われてみれば、俺は入浴中に鍵をかけたことがないな。

 

「もともと、ルシアのせいで開きっ放しになっていた目隠し塀のドアを閉めに行くだけのつもりだったし……」

 

 そうそう、ぱっと行って鍵をかけるだけのつもりだったから、廊下の方のドアには鍵をかけなかったのだ。

 それに。

 

「俺を覗くヤツに心当たりがないからかける必要はないと思ってた」

 

 ジネットやマグダが俺の風呂を覗くとは思えない。

 陽だまり亭で、他人が入浴中の風呂を切に覗きたいと願っているのは俺くらいのものなのだ。

 

「覗かれるだけじゃなく、今回のような事象も起こり得るんだから、施錠は怠らないように」

「……へいへい」

「もし、ジネットちゃんが大浴場じゃなくて、君が入っていた一人用の浴室に入っていたらどうするつもりだったのさ?」

 

 ジネットが、壁の向こうではなく、こちら側に入ってきていたとしたら……

 

「拝む!」

「気持ちは分かるけど、そうじゃない!」

「……気持ちが分かってしまう、残念なエステラなのだった」

 

 だって、ぼぃ~んがぱぃ~んでぷるぅ~んっとしてたら、無意識に拝むわ!

「我は神を見た!」って喧伝して新興宗教起こしかねないわ!

 

「今後、十分に気を付けます……」

 

 ジネットが手を組んでぎゅっとまぶたを瞑っている。

 懺悔しているのだろう。

 

「別に、ジネットが悪いわけじゃないだろう」

「そうだよ。ジネットちゃんは気付かなかっただけなんだから」

「……店長は異変に気付くとか、ちょっと無理」

「注意力が散漫というより、そもそも危機感知能力が備わっていないんだろうな」

「そういえばよく転ぶよね」

「……『気を付けます』と言った直後に転んだ時は、つっこむべきか悩んだ」

「豪雪期の時、『ヤシロさん、気を付けてくださいね』って言いながら転んでたぞ」

「あ、それなら、『雨が降ってきましたね。濡れないように走って帰りましょう!』って言って水たまりにダイブしたことがあったんだけど、あれには驚いたよ」

「……この前お風呂で、石けんを取り逃がし、その後ずっと捕まえられずにいた」

「床に落ちて転がったオレンジに逃げ切られてたことがあったな」

「子供の頃、水路に落ちそうになっていた子猫を助けようとして逆に自分が落ちちゃったことが……」

「……それならマグダは先日――」

「あ、あのっ、もうその辺でやめませんか!?」

 

 いろんなヤツにいろんな決定的瞬間を目撃されているジネットが顔を真っ赤にして話を遮る。

 俺はまだまだ引き出しがあるぞ、ジネットの失敗エピソードならな。

 

「まぁ、そういうわけで、俺がうっかり鍵をかけ忘れたのが原因だ。悪かったな」

「そんなこと……あの、ご迷惑をおかけしました」

「はい、じゃあどちらも反省したんだから、この話はもうおしまい。で、いいよね? なら、早くボクの大好きな普段の陽だまり亭に戻ってよね」

「はい。お世話をおかけしました。エステラさん。マグダさんも」

「……平気」

 

 エステラに話して、ようやくジネットの顔に笑顔が戻ってきた。

 誰かに話すことで、懺悔できたのだろう。身内じゃない、親しい者に。

 

「というわけで、お風呂で遊ぶおもちゃを作ることになった」

「『というわけで』が指すものに心当たりがないんだけれど?」

 

 昨晩の、一種異様な入浴体験を逃したマグダ。

 今度はマグダも一緒に……と言ったら、ジネットが照れた。おそらく二度目はないだろう。

 というか、この街ではあまり褒められた行為じゃないのだ。マグダまで巻き込んではいけない。……マグダとやると、ロレッタが「あたしだけ仲間外れです!?」とか騒ぎ出しそうだし、そこまでやると「じゃあ私も」と続く者が出かねない。

 

 この話は、このメンバーの胸の内に秘めるということで了承を得た。

 ジネットの名誉もあるしな。

 ロレッタだけ知らないってことになるが、言い触らすようなことじゃない。そこは、気にしないようにしよう。

 

「おっはよーございまーすでーす!」

 

 独特な挨拶をしながらロレッタが出勤してくる。

 今日は早いな。教会で合流したり、寄付後に出勤したりと、こいつの出勤時間はまちまちなのだが、今日は朝から元気いっぱいだ。

 

「聞いてです、お兄ちゃん! 昨日、妹とウチのお風呂に入っていたら、弟が乱入してきて大変だったです。年少組とはいえ、男女が同じ空間で入浴なんて言語道断ですって、叱ってやったです」

「言語道断でごめんなさいっ!」

「ぅええ!? なんですか、店長さん!? どうしたです!」

「実は……っ!」

 

 後ろめたさが留まらず、結局ロレッタにも事情を説明するジネット。

 あ~ぁ、これはきっとベルティーナにも話すな。話した上でもう一回懺悔するんだろうな。

 

 いや、お前の気が済むならそれでもいいんだが……

 その度に「うわぁ……」みたいな目で見られるのがなぁ……いや、俺も悪いんだけども!

 

「で、でも、結局あたしも、弟をお風呂に入れてやったですし、家族ってそんなもんですよ。ね、店長さん、ね?」

 

 ロレッタが、真っ赤に染まったジネットを懸命に慰めている。

 そうかそうか、家族なら一緒に入ってもいいのか。

 じゃー、陽だまり亭に住んでいる俺たちは家族みたいなものだから一緒に入ってもOKだなー!

 

 ……なんて、そんな恥ずかしいこと冗談でも言えるか。

 家族って……なぁ。

 

 

 

 

 

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