「ヤシロさんの考案したお化け屋敷からインスパイアされた新しい工法を採用してみたんッス!」
「え、お化け屋敷が元なのか?」
中にはどんな恐怖が……
「あくまで建て方だけッスよ」
お化け屋敷は移動できるように、バラしと組み立てが容易に出来るような構造にしてあった。
……が、あれはあくまでアトラクション。
人が住むようには出来ていない。
「マジの事故物件になるんじゃないだろうな……」
「大丈夫ッスよ!? 参考にしたのはあくまで考え方の話で、建物としての強度は折り紙付きッス。ウーマロ・トルベックの名にかけて、この家の安全性は保証するッス!」
まぁ、ならいいんだが……
「もしかして、どっかの柱を一本抜いたら、家全体がバターンって倒れたりしないよな?」
「そうなんッスよ! さすがヤシロさん!」
「倒壊すんのかよ!?」
「もちろん、普通に生活していて勝手に倒壊することはないッス。でも、解体の時に特定の場所をある特殊な方法で解放すると、あっという間に解体できるんッスよ!」
おっかねぇ家だなぁ、おい。
俺なら一週間でも住みたくない。
「じゃあ、ルシアの別荘をそれで建てて、倒壊のさせ方を教えといてくれ」
「くだらぬ企てをするな、カタクチイワシ」
大丈夫!
一番面白いタイミングで「バターン!」ってしてやるから!
お茶の間ドッカンドッカン笑わせてやるから!
「ルシア様の別荘は百年経っても大丈夫なしっかりしたものにするッスから、もう少し待ってほしいッス。今、オマールたちとアイデアを出し合って設計してるッスから」
「ふむ。では、完成を楽しみにしていると皆に伝えておいてくれ」
「はいッス! っと、ルシア様に伝えてッス」
一回くらい顔を見て会話しろよ、お前は。
ずーっと背中向けてんじゃねぇか。
「で、なんでまだいるんだ、ルシア?」
アトラクションと料理の視察なら、昨日終わったろ。
「昨日は視察しかしていなかったのでな。今日は存分に遊んでやろうと思っているのだ」
「帰れ、暇人!」
「忙しいわ! 今日とて、ダックからの誘いを断るのにどれだけ苦労したか……」
「お隣の領主の誘い断ってんじゃねぇよ」
「なに、ヤツの用事は大抵美味い物を食いに行こうというものなのでな。十回に一回程度誘いに乗ってやればよいのだ。ついでに区の話もするが、あいつなら事後報告でも問題はない」
お前、幼馴染で元婚約者に対する扱い、もうちょっとなんとかしろよ。
「担々麺に興味を示しておったぞ。ヒマを見つけて四十二区まで食いに来るそうだ」
「その際、料金はお前に請求すればいいのか?」
「ふざけたことを抜かすな! 今日の食事代を、その時ヤツからもらえばいい。おぉ、名案だ。皆よ、今日は盛大に飲み食いするがいい。ダックの奢りだ」
勝手に決めやがったよ、こいつ。
で、たぶん本当に払わせるんだろうなぁ。
令嬢に傷を付けた弱みって、一生ついて回るんだろうか。怖……
「ウーマロ、中を見られるか?」
「はいッス。お二人はまだ三十区ッスけど、先に見るッスか?」
「おう、見る見る。ジネットも、見とくか?」
「いいんでしょうか?」
「大丈夫だろう。掃除でもしといてやれば喜ぶさ」
「そうですね。では、お邪魔します」
というわけで、俺とジネット、エステラとルシア、ナタリアとギルベルタでオルキオの仮住まいに突入する。
床は、思ったよりしっかりしてるな。
移動式お化け屋敷を参考にしたというから、もっとべこべこかと思ったが……
「実はッスね、今回基礎には束石っていうのを使用していて――」
なんか語り始めたので右から左へ聞き流しておく。
とりあえず、なんだかいい感じの工法でうまいこと建てたらしい。
家って、一日で建つもんなんだなぁ。
「この辺は工房で先に作っておいて、こっちに持ってきてから組み立てただけなんッス。あとは人海戦術で一気に完成させたッス」
壁や床は工房であらかじめ作っておいたらしい。
これから先、突如家が必要になることを想定して、手の空いた者たちが空いた時間を使って準備しているのだとか。
災害や火災などで家が必要になった時、すぐに対応できるように、だそうだ。
「あらかじめ規格を統一してしまえば、どこの工務店が作っても同じサイズになるッスから、それぞれが得意分野で力を発揮して、持ち寄って組み上げればある程度定まった家になるッス。量産型になるッスから、個性は削がれちゃうッスけどね」
まさに、プレハブのような組み立て式建築の考え方だな。
個性こそないが、自由度はそこそこ高い。
何より工期が短くて済むし、既製品となれば費用も抑えられる。
「この一階はリビング兼、応接室のような使い方をするッス」
二十畳ほどの広い板張りの部屋に、カウンターが備え付けてある。
小さな陽だまり亭のようだ。
「こっちにテーブルとソファを置けば十分寛げるスペースになるッス」
「向こうの扉はなんだ?」
「あっちは護衛さんたちの詰め所ッス」
同じ建物内に、オルキオとシラハを守る護衛の泊まる部屋があるらしい。
そっちを見れば、小さいながらも寛げそうな部屋があり、その奥に二段ベッドが両側の壁に沿って備え付けられた部屋があった。
四人が眠れる部屋だが、狭い。カプセルホテルか、夜行列車のようだ。
「こっちは一応女性専用で、男性用は外にもう一つ小屋を建てるッス」
「まだ建てるのかよ……」
「シラハさんは女性ッスし、やっぱり男性と同じ屋敷で寝るのはちょっとと思ったんッスよ」
そういう配慮は行き届いてるんだよな、こいつ。
「で、こっちの護衛さんたちの詰め所の横を通って二階に行けるッス」
二階へ行くには、護衛が詰めている部屋の前を横切る必要がある。
不審者が侵入してもすぐ気付けるようになっているらしい。
「階段の上は、オルキオさんとシラハさんの完全プライベート空間ッス」
そこには、大きな寝室と、ドレッサールームがあった。
一日半で二階建て……
すげぇな、お前は。
「客間とか余分な物を作らないで済んだッスから、かなり楽だったッスよ」
「とはいえ、なぁ?」
「ボクは素直に君を称賛するよ」
「やはは……ありがとうッス。みんなの協力のおかげッスよ」
今回はほぼすべての大工が協力をしてくれた。
三十一区のテーマパーク建設は、今一時だけ休止状態にある。
まずは、講習会会場の解体が行われるからだ。
解体して、使い回せるところは移動させ、修繕する。
その修繕作業が今日だったらしい。
一部の大工は三十一区に残り、土地の整備を行っているらしい。主にハムっ子が大活躍しているのだとか。
カッチカチの土でも、あいつらはさくさく掘り進むからな。
「タイミングがよかったッス。明日からテーマパークの建設が始まるッスから、奇跡的なタイミングだったと言えるッス」
「やっぱ『持ってる』んだろうな、オルキオ」
たまにそういう人間がいる。
奇跡としか言えないようなラッキーを何度も引き寄せる。そんな幸運体質のヤツが。
オルキオは、若いころに相当な苦労をしたので、その揺り返しで幸運に恵まれているのかもしれない。
「新しい工法に興味を持ってる大工も多かったッスから、協力者がたくさん名乗り出たんッス。その辺もラッキーだったッスね」
そうして、完成したオルキオとシラハの仮の家。
屋敷と呼ぶには少々小さいが、それでも生活するには十分だ。
「一応外にトイレと湯浴み場は作っておくッス。けど――」
「基本的にはウチのものを使っていただくつもりです」
オルキオたちの仮住まいと陽だまり亭は目と鼻の先だ。
かまくら~ざと同じような立地だと言える。
トイレを借りに来るのに、苦労はないだろう。
一つ問題があるとすれば、夜に外へ出るのがちょっと怖いくらいか……
「オルキオとシラハさんは、お化けが怖くないようだから大丈夫だろうね。ヤシロと違って」
「ふん。俺も夜中のトイレくらい平気だ。マグダもいるし」
「それは平気とは言わないよ……」
中庭がなぁ……
あの短い距離が、鬼門なんだよなぁ。
「外の設備を建てるのにもう少し時間はかかるッスけど、今夜から住んでもらうことは可能ッスよ」
「家具がないな」
「それでしたら、ゼルマルさんたちが持ってくるそうです」
ナタリアがそう報告する。
エステラが頼んだらしい。
「また酷使したのか? 寿命が尽きるぞ、ジジイをこき使うと」
「そんなことしないよ。……ボクは普通に木工細工ギルドに家具を頼んだんだよ。そしたらゼルマルが『オルキオの家具ならワシが作らんでどうする』って割って入ってきたんだ」
「じゃあつまり……自殺ってことでいいか?」
「死んどらんわ、戯けが!」
ばばーんっと、ゼルマルがやって来る。
手ぶらで。
「ゼルマル、ゼルマルっ! 家具忘れてる!」
「ボケとらんわい!」
こっそり教えてやったのに、デッカい声で怒鳴られた。
なんでも、若手に運ばせてるのだとか。
人使いの荒いジジイだなぁ。引退したくせに。
「しかし……ふむ。いい家だな」
「ありがとうッス」
「ジジイも、家族が増えたら引っ越さなきゃな」
「ごっふごっほげへはがっ! お、おかしなことを抜かすな、陽だまりの穀潰しがっ!」
惜しい。もう一息でぽっくり逝きそうだったのに、持ちこたえやがった。
「うふふ。明日からまた、賑やかになりそうですね」
嬉しそうに呟くジネット。
そして、それは実現することになる。
まぁ、賑やかなこと賑やかなこと。
一人招くと、いろんなもんが付随して寄ってくるんだなぁって、つくづく思ったよ。
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