異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

325話 志願する者たち -2-

公開日時: 2022年1月4日(火) 20:01
文字数:4,154

 俺、エステラ、ナタリア、マグダ、レジーナ、ミリィ、イメルダは湿地帯を目指し、川へ向かって歩いていた。

 

「いつの間に増えた、イメルダ!?」

「前回、洞窟までの道はワタクシが案内致しますと言ったにもかかわらず置いていかれましたので、今回は宣言せずについてきて差し上げましたわ!」

 

 あぁ……ここにもいたよ。呼ばないと拗ねるタイプのお嬢さんが。

 

「ご安心なさいまし。ミリィさんは、ワタクシがしっかりと守って差し上げますわ」

 

 イメルダがミリィの手を取り、そしてこちらを見る。

 

「悪い虫たちから」

「あっはっはっ、言われとんなぁ、自分。悪い虫やって」

「残念だな、レジーナ。『たち』だってよ」

「君たち二人に、わずかとはいえ自覚があるようで安心したよ」

 

 イメルダの失敬な発言に、エステラが失敬な言葉を重ねる。

 だがな、これだけは言っておくぞ。

 

「お前らがなんと言おうが、ミリィは渡さねぇぞ」

「ぇ……?」

 

 戸惑うミリィの手を引き、俺の隣へと誘う。

 呆気にとられるイメルダとエステラの視線を感じながら、大きな目をぱちぱちさせてこちらを見上げるミリィに頭を下げる。

 

「守ってください、ミリィお姉ちゃん」

「へ……ぁ、う、ぅん。大丈夫だょ。てんとうむしさんは、みりぃが守ってあげるからね」

 

 食虫植物がいるらしいんでな。

 俺は、他の誰でもないミリィの隣を離れるつもりはないのだ。

 

「……マグダも守る」

「おう、期待してるぞ」

 

 それはもう、めっちゃ期待している。

 俺の両サイドはミリィとマグダ。前方にイメルダとエステラを配置して後方からナタリアが監視していてくれれば完璧だ。

 この世界の魔草は、何かと俺を目の敵にしやがるからな。

 

「そういうたら自分、ヒラールの葉っぱ取りに行った時かて、よ~ぅ捕食されとったなぁ」

「あいつらはきっと、底意地の悪い精霊神の手下なんだ。だから俺ばっかり狙いやがるんだよ」

「自分、精霊神はんに何したんな? 弄んで捨てたんか?」

「馬鹿たれ。横乳の一つもつつかせてもらってねぇよ」

「君たちの身に降りかかる災難は身から出た錆だと思うよ。……精霊神様だってしまいに怒り出すよ?」

 

 怒りたいのはこっちだっつーの。

 あいつの陰湿な嫌がらせに、俺がどれだけ苦労してきたか……っ。

 

「相変わらず、ヤシロさんは不思議なものの考え方をなさいますわね」

「横乳を突くのは恋が愛に変わる時の通過儀礼だろうが」

「そっちの話ではありませんわ。そして、そんな通過儀礼は存在しませんわ」

 

 なぜだ?

 おっぱいを盗み見るのが恋で、おっぱい触り放題になった時からが愛だろう?

 新婚夫婦ともなれば、行ってらっしゃいのぷるんとかあるって聞くし。

 

「魔草が精霊神様の手先だなどと考える方を、ワタクシはヤシロさん以外に存じ上げませんわ」

「そういうたら自分、ことあるごとに物事を精霊神はんと関連付けとるなぁ。なんかわけでもあるん?」

 

 はて。

 レジーナの前でそんな話をしたことあったっけ?

 

「無意識か知らんけど、自分、いっつも『自分は精霊神はんの被害者や~』言ぅてんで」

 

 そうか。

 まぁ、それだけ精霊神が俺に嫌がらせをしているということなのだろう。

 ろくでもないな、精霊神は。

 

「まぁ、俺がこの街に来た経緯がちょっと特殊だったのと――」

 

 一度死んだと思ったら若返って生き返り、たまたま見つけてくれたノルベールによってこのオールブルームに連れてこられた。

 こんなもん、ここの神ってヤツがそう仕向けたとしか思えないじゃねぇか。

 

 もっとも、その話はまだ誰にも出来ないけどな。

 当面、誰かに話すつもりはない。

 

「――あとはまぁ、俺の故郷の風習かな」

「風習?」

 

 エステラが興味を引かれたように赤い瞳をこちらへ向ける。

 

「俺の故郷では万物に神が宿っているって言われててな。まぁ、信じる信じないは人それぞれで、俺もそんなに信じてるわけじゃねぇんだが」

 

 それでも、ガキのころからことあるごとに「お天道様が見ているよ」と言われ続けた影響か、自分の行動はいつも誰かに見られ、そして因果は必ず巡るのだと思ってしまう。

 前世や生まれ変わりなんて大それた規模でなくとも、悪いことをすればその報いを受け、いいことをすれば…………ん?

 

「なんか俺、ご褒美少ない気がする」

「なんの話さ、急に?」

 

 俺、結構頑張ってるのにご褒美が少ない気がしてきた!

 今回だって、こうやって率先して危険かもしれない場所の調査に乗り出してるってのに、ここに至ってもまだ、たったの一度だって四方八方から巨乳をむぎゅっとしてもらうレベルのご褒美を受けていない!

 

「ケチケチすんなよ、精霊神! 支払いを渋るヤツは下からの評判が地に墜ち果てるぞ!」

 

 上司はここぞという時にどーんと大盤振る舞いしてこそ尊敬されるのだ。

 それが『神』と呼ばれる者であるならば、大盤振る舞いもそれ相応のビッグさを見せつけてほしいものだ。

 日頃から信仰させるばっかりで、滅多に見返りを寄越さないんだからよぉ。

 

「……渋ちんめ」

「ほらな? なんや、自分見てたら、精霊神はんがそこら辺の民家に住んでんちゃうかなぁて思えてくるわ」

「ヤシロさんなら、二~三度会っていると言われても驚きませんわね」

 

 会ってねぇよ。

 もし会ってたら、三日三晩懇々と説教してやってるよ。

 もっと寛容な心を持てってな。

 

「ぅふふ。てんとうむしさんなら、精霊神様とも仲良しさんになっちゃいそう」

「冗談やめてくれよ」

「精霊神様が巨乳であれば仲良くなられるでしょうね、ヤシロ様は」

「ナタリア。冗談でも精霊神様に対してそういう物言いはやめてくれるかい?」

 

 エステラが遙か後方、教会の方へ視線を向ける。

 そういえば、ナタリアはこんなにふざけ倒しているのに懺悔室へ連行されたことがない。

 ……贔屓か?

 

「とにかく、魔草が精霊神様の手先だなんてシスターの耳に入ると叱られると思うから気を付けることだね」

「とは言うがよ」

 

 あながち無い話でもないと思うんだよな。

 

「以前ジネットが言ってたんだが、湿地帯には精霊神の慈悲の魔法がかかってるんだってよ」

「慈悲の魔法?」

 

 三十区の崖は高いところで37メートルもの落差がある。

 だが、崖の上から捨てられた赤ん坊は無傷で、健康な状態で誰かに見つけてもらえるのだという。

 俺も、三十区から四十二区に落ちた時は無傷だった。

 ――めっちゃ怖かったけどな。でも無傷だった。

 

「へぇ……そんな話があるんだ」

 

 どうやら、エステラは初耳らしい。

 ベルティーナが教会のガキどもに話して聞かせているだけなのかもしれない。

 経典には書かれていないから世間には広めないけれど~とかなんとか、そんな理由なのかもしれない。

 

 もしくは、『湿地帯に捨てられた子』というマイナスイメージを払拭してやろうと、ベルティーナがそんな話を聞かせてやっているのかもしれない。

「あなたたちは、精霊神様の慈悲に守られて、今ここにいるのですよ」とか言って。うん、そっちの方がありそうだ。

 

「だが、それは優しい嘘ってわけじゃないんだ。俺も20メートルくらいの高さから落ちたが無傷だったし」

「……君、崖から四十二区に入ったのかい?」

 

 しょうがねぇだろ。

 くっだらねぇ手配書のせいで街をウロつきにくくなっちまったんだからよ。

 

「なるほどね。それで、君が最初に頼ったのが陽だまり亭だったわけか」

「夜で真っ暗だったからな。教会は発見できずにスルーしたんだ」

「あの頃の教会は真っ暗だったからね」

 

 教会もだが、その前の道も真っ暗だった。

 闇だ。暗黒だ。漆黒だ。

 

「せやったら、自分が陽だまり亭に辿りついたんは、『精霊神はんのお導き』っちゅうことやね」

 

 なんでも精霊神のせいにする俺を揶揄して、レジーナがにやにやと笑う。

 ふん。陽だまり亭にたどり着いたのは俺の嗅覚が鋭かったからで、陽だまり亭に置いてもらえたのはひとえに俺の人徳のたまものだ。

 精霊神なんぞ、一切関係ない。

 

「ある意味、一番自分が喜ぶご褒美を先払いしたようなもんやね。好きやろ? 天然で無防備な爆乳美少女」

 

 え……先払い?

 

「だとしたら、君はその幸運に見合うだけの善行と信仰を精霊神様に捧げるべきだね。ジネットちゃんと出会えた幸運に釣り合う善行となると、十年や二十年では返しきれないんじゃないかな?」

 

 いやいや、いくらなんでもそこまでは……

 

「そうですわね。店長さんほどの人物はそうそういませんし、その出会いはかなりの幸運と言えますわね」

「そしておそらく、この街へ来て行く当ても路銀もなかったヤシロ様を救えたのは究極のお人好しである店長さんだけでしたでしょう。精霊神様の慈悲を感じずにはいられませんね」

 

 いや、待て待て待て!

 

「……店長は、四十二区において唯一無二の存在。稀少。レア。プライスレス」

 

 なんかよくない空気だ!

 なんでみんなして俺に精霊神の恩を押しつけようとしてるんだ?

 むしろこっちが感謝される立場であって、俺は精霊神からの恩恵なんてこれっぽっちも……

 

「てんとうむしさんは、じねっとさんと出会えてよかったって、思ってる、ょね?」

 

 ……ミリィ。

 そういう、選択肢が一つしかない質問はズルいと思うんだ、俺。

 

 そりゃな?

 あんなに騙しやすいお人好しは他にはいないだろうし、あのタイミングで出会えたのは運がよかっただろうとは思う。

 あれがもしエステラやデリア、ノーマや他の誰であろうと、今みたいな状況にはなっていなかったと思うし。

 

 人が離れていった寂れた西側の、誰も来なくなった陽だまり亭に、独りぼっちになってもなおジネットが居続けたからこそ、あの日俺はジネットと出会い、そんで今があるわけだけども……

 

 でも、それが精霊神のお導きとか慈悲だとは認めたくない!

 断じてだ!

 

 恩恵というものは、もっと分かりやすく、もっと華やかで、もっとぽぃんぽぃんでなければいけないのだ!

 

「おっぱいが足りないぞ、精霊神ー!」

「あぁ、こらアカンな」

「きっと、今回の調査で六回は捕食されますわね」

「自業自得だよ」

「では、その際はヤシロ様のことは放っておいて、私たちで調査を進めるとしましょう」

「……ヤシロだから仕方ない」

「てんとうむしさん。ちゃんと精霊神様にお礼、言った方がいい、ょ?」

 

 

 な~んか無性にアウェー!

 これもきっと精霊神が悪いに違いない!

 そうに違いない!

 

 女子たちと微妙に開いた間隔をそのままに、俺は心の中で精霊神への不満を念仏のように唱え続けた。

 一文字も漏らさず精霊神に届けと念じながら。

 

 

 

 

 

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