「そこの道行くお兄さん! フランクフルトどう!? ビールにピッタリだよ!」
「イカ焼き! イカイカ! 海漁ギルドから今朝届いた新鮮なイカの姿焼きだぁ!」
「冷たいビール! ワインもあるよー!」
「お子様にはこれ! あま~いベビーカステラーいかがですかぁ!」
「……ポップコーン。美味なり」
威勢のよい客引きの声が響き渡る。
……マグダは例外として。
本日、朝十時。
ついに祭りが始まった。
教会前から東西に延びる道は人で溢れ返っていた。
普段はモーマットたち農業ギルドの面々か、教会のガキどもくらいしか使わない道なのだが、おそらくこの道が誕生して以来、歴代一位の人出だろう。
荷台が二台すれ違える程度はある、比較的広い道なのだが、屋台と見物客ですでに大混雑の様相を呈している。
俺は今、祭り会場の東端、大通り付近の開けた場所にいる。
ここからいつもの道を陽だまり亭へ向かって歩いていくわけだが、普段の何倍の時間がかかるだろうな。
そんなことを考えている間にも、大通りから祭り会場へと続く道には人々が流れ込んでいく。
遠くから賑やかな音といい香りがここまで届いているのだ。ついついつられて入ってしまうのも納得だ。
んで、俺がここで何をしているのかというと……
「んふふふ! 見てくださいまし! ワタクシがデザインしてウクリネスさんに特注した浴衣ですわ!」
イメルダが、濃紺と黒の下地に白い花が鮮やかに咲き誇る艶やかな浴衣を着て、俺の前でくるりと回る。
そう。イメルダに浴衣自慢を聞かされているところだ。……何やってんだかな、俺。
祭りの準備期間中、何度も四十二区に来ていたイメルダは、早い段階で浴衣の魅力に取りつかれ、何着も購入しては四十区に持ち帰り、毎日のように袖を通していたらしい。
四十区が誇る美人お嬢様たるイメルダが着ていれば、自然と四十区のオシャレ女子たちの間で浴衣が話題となる。そして、四十区で浴衣が一大ムーブメントを巻き起こしたのだ。
ウクリネスの店には連日長蛇の列が出来、そのほとんどが四十区からやって来た客だと、ウクリネスが嬉しそうに語っていた。
いわゆる『格上』の区の住民に認められたのが相当嬉しかったようだ。
「どういうわけか、四十区でも浴衣が流行り出しまして、ワタクシの浴衣と似た物を着ている方が増えてしまったのです」
そこで、イメルダは金と権力に物を言わせ、特注の浴衣を作ったのだそうだ。
……どうりで最近ウクリネスを見ないと思った。店に置く浴衣と、イメルダの特注品、それから自分で宣言していた本番用の新作浴衣と、これだけの仕事を抱えていたのだ。無理もない。
そろそろ、どこかの服屋と提携して技術を分けてやればいいのに。まぁ、遠からず、コピー品は出回るだろうが。
「ご覧なさいな、この巾着を」
それも特注らしい桃色の巾着をぷらぷらと見せびらかす。
深い色合いの浴衣に、淡い桃色が映えて、とても可愛らしい。
「下駄もこだわったんですのよ」
鼻緒が青地に真っ赤な椿の咲き乱れている、なんとも鮮やかな色合いをしている。黒く艶めく下駄には漆が使われているのだろう。漆器を取り扱う店があったので試しに頼んでみたのだが、結果、これが大ウケしたわけだ。
今や、漆器工房は椀ではなく、下駄作りに忙しいと聞く。
「……ちょっと、ヤシロさん」
「なんだよ?」
「これだけ説明していますのに、どうしてただの一度もワタクシの浴衣姿をお褒めにならないんですの!?」
「あれ、褒めてないっけ?」
「聞き及んでおりませんわ!」
心の中では絶賛していたんだがな。やっぱ口に出さなきゃ伝わらないか。
「宇宙一可愛いよ」
「なんですの、その心が一切こもっていない棒読みはっ!?」
果たして『宇宙』がなんと訳されたのか、ちょっと興味があるところだが、まぁ今はいい。
俺が素直に褒められないのは、イメルダがデザインしたせいで、本来の浴衣から少し外れてしまっているからだろう。例えば、浴衣の裾がミニスカ丈であるとか、下駄に鼻緒以外の紐がついていてそれを膝下あたりにかけてオシャレに巻きつけていたりするとか、そういうところが「ちょっと違うんだよなぁ」と残念な気持ちにさせるのだ。
あと、髪型が派手過ぎる。ギャルか、お前は。
長い髪は淑やかにまとめ上げて、色っぽくうなじをさらしてぺろぺろさせるのが浴衣の正しい作法というものだろうが!
しかも、四十区のファッションリーダーであるイメルダがこういう浴衣を着ているもんだから、道行く女子が「かわいい~」とか言っちゃってんだよな。
……変な浴衣が流行らなければいいんだが。
「……ですが、やっぱり浴衣の『アノ』ルールだけは、まだちょっと慣れませんわね……」
ぽそりと呟いて、ほのかに頬を染める。
……イメルダ、まさかお前…………そのミニスカ丈で穿いてないのかっ!?
「見直したぞ、イメルダ! 今日の主役はお前だ!」
「なんですの、急に!? ……まぁ、悪い気はしませんけども」
満更でもなさそうな顔で胸を張るイメルダ。
こういう改造浴衣なら、胸があっても映えるっちゃあ映えるか。
「鼻の下が伸びているよヤシロ」
と、鎖骨の下がしぼんでいるエステラが不機嫌顔で現れる。
「小さ…………遅いぞ。何してたんだ?」
「その前に、今、なんて言いかけた?」
「ただの言い間違いだ、気にするな」
「まったく……」
こちらは、オレンジを基調とした明るく華やかなデザインながらも、淑やかな落ち着きを感じさせるなんとも雅な浴衣だ。
そしてやはり、エステラは浴衣がよく似合う。
「髪を結ってきたのか?」
「うん。ナタリアがどうしてもって言うから…………変、かな?」
「いや、いいぞ。実にいい。普段忘れがちだが、女の子であることを思い出させてくれる」
「普段も忘れないでほしいんだけどな……」
おかしい。
こんなに褒めているのにエステラの表情が冴えない。
難しい年頃か?
「それじゃあ、出店を回るか」
「そうだね」
「案内させて差し上げますわ」
今日はこの三人で祭りを見て回ることになっている。
木こりギルド誘致のための接待だ。
とはいっても、ずっとってわけではない。
ある程度店を回ったらあとは自由に見てもらうつもりだ。
イメルダも好きなところへ行きたいだろうしな。
そして、日が落ちてからこの祭りのメインイベント、教会へ続く光の行進が始まる。
精霊神へ感謝の気持ちを込めて『灯り』を返すのだ。
その行進には、陽だまり亭のメンバーも参加する。
そこまでに時間が取れれば、少しジネットを連れて祭りを見て回りたいと思っている。
いや、ほら。あいつは店があるからどこかへ出かけるなんてことが出来ない。だから、なんだか楽しげなものが『向こうから』やって来ればいいなと常々思っていたのだ。
今回の祭りは、その絶好のチャンスなのだ。
少しだけ、時間を忘れて買い物にでも興じるといい。ジネットにだって、それくらいのご褒美があったっていいはずだ。
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