異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

11話 食堂の品格 -4-

公開日時: 2020年10月10日(土) 20:01
文字数:2,774

「あ、あのぉ……」

 

 そんなこんなで大騒ぎをしていると、ジネットが食堂へと戻ってきた。

 が、カウンターの陰に隠れるようにしゃがみ込んで、顔だけを出しこちらを窺っている。

 

「一応、着てきたんですが…………」

「何してんだよ? こっち来いよ」

「い、いえ……それがその…………ヤシロさん、この服、サイズは合ってますか?」

「あぁ! Iカップだ!」

「大きな声で言わないでくださいっ!」

「……(Iカップ)」

「囁かないでくださいっ!」

 

 わがままなヤツだな。

 

「どうしたんだい、ジネットちゃん。あんなに嬉しそうだったのに。まさか、またヤシロがろくでもない仕掛けを施していたのかい? 水に濡れると溶けるとか、すごくスケスケだとか!」

「そんなもんを店の制服に選ぶか!」

 

 商売繁盛のための制服だと言ってあるだろうに。

 卑猥な店にするつもりはないし、もしそうならジネットには無理だ。そういう店で働くには、そういうことに免疫のある女の子でなければうまくいかないのだ。具体的には、精神がもたない。あれにも、向き不向きがあるんだよ。向こうは向こうでプロフェッショナルだからな。

 

「サイズも合ってるし、おかしなところはないはずだが?」

「そ、そうなんですか……じゃ、じゃあ、コレが正解なんですね?」

 

 ジネットは、カウンターの陰で自分の服装を再度確認する。

 そして、「……よし」と気合いを入れて、勢いよく立ち上がった。

 

「おぉ……」

 

 思わず感嘆の声が漏れる。

 俺の想像以上に似合っている。

 

 控えめな薄桃色のワンピースが可愛らしさを演出しながら、同時に明るさを引き立たせ、その上に纏う純白のエプロンドレスが清楚な印象を与えている。

 ふわふわと広がるスカートの裾と、肩口とエプロンの裾にあしらわれたフリルが動く度に揺れ視線を惹きつける。

 まぁ、要するにメイド喫茶のような制服だ。

 ワンピースの胸元には、ジネットの巨乳が綺麗に見えるように縫製ダーツも入れ立体的な縫い方をしてある。エプロンドレスはその胸元をそっと支え激しく強調するようなデザインだ。

 一目見た瞬間、「パイオツカイデー!」と叫びたくなるような完璧なデザインであると自負している。

 そして、スカートの丈は膝上15センチッ!!

 

 サイズがどうこうと言っていたのはこれのことだったのだろう。

 しかし、日本の女子高生はこれくらいが普通だ。気にするな気にするな。

 俺は大いに楽しいけどな!

 

「あ、あの……ど、どうでしょうか?」

「いいね! 可愛いよ! すごくいい!」

「本当ですか!? ……よかったぁ」

 

 まだまだ照れは抜けきっていないものの、俺からの合格サインをもらって安堵の息を漏らすジネット。

 まぁ、服装なんてそのうち慣れるだろう。

 

「ふむ……確かに、可愛い」

 

 エステラがジネットをジッと見つめている。

 視線が鋭いせいで、ジネットが少し委縮している。

 

「可愛い……の、だが…………」

 

 その鋭い視線がこちらに矛先を向ける。

 

「ヤシロ……この衣装を正当化するための演説だったね?」

 

 うっ…………見抜かれている。

 

 だって、ジネットのヤツ、ダイナマイトおっぱいを持っているにもかかわらず、それが全然活かされていない地味な服を着ているんだもんよ。

 活かせるものはすべて活かす! それは、商売人としては至極当然のことではないか!

 故に、おっぱいを活かす!

 

 これこそが、活おっぱい――『活っぱい』だ!

 

 絶対に話題になる!

 そして男性客が増える!

 何より、俺が毎日楽しい!

 

 いいこと尽くめじゃないか!

 

「……よく分かったよ。結局ヤシロはヤシロなんだね。君が真面目に取り組む先には『真剣なろくでもないこと』があるってことだ!」

 

 言い得て妙だな。

 

「しかし、その『ろくでもないこと』が結果を残すのもまた事実だ。お前も、この制服を見て可愛いと思ったろう? 客に『また来たい』と思わせることが、食堂みたいな客商売には最も重要なことなんだよ」

「……それに関しては、反論の余地はないが…………ジネットちゃんはこれでいいの?」

「え?」

 

 突然話を振られて、ジネットがおろおろとする。

 が、グッと拳を握り、強い意志を込めた瞳で言う。

 

「はい! ヤシロさんが真剣にお店のことを考えてくださった結果ですから。私に出来ることならなんだってしたいと思います!」

 

 また危うい発言を……

 俺が『精霊の審判』を盾に、お前に『なんでも』やらせようとしたらどうするんだよ?

 ジネットはそのことにまったく気が付いていないようだが……

 チラリとエステラを見ると、恐ろしく尖った視線をこちらに向けていた。

「分かってるよね?」と、その目が如実に物語っている。

 あぁ、分かってるとも。ジネットを罠に嵌めても、今のところ俺に益はないからな。こいつは活用させてもらうに留めておくのがベストだ。

 

「どうやら、ボクはしばらくの間、毎日ここに通う必要がありそうだね。ジネットちゃんに悪い虫がつかないように」

「お前がそれをしてくれるなら助かるな。『ここの店員には手を出しちゃいけない』という空気を生み出してくれれば、この店の『格』がもう一つ上がることになる」

「悪い虫の代表は君なんだけどね」

「商品に手は出さねぇよ」

「あの……わたしは商品ではないですよ? …………ですよね?」

 

 ジネットは自信なさげに俺たちの顔を窺う。……自信ないのかよ。

 

「あ、そうだ!」

 

 おろおろとしていたジネットだったが、エステラを見て妙案が浮かんだのか手をポンと打ち鳴らした。

 

「エステラさんもお揃いの制服を着ませんか?」

「……ジネットちゃん…………それは、いじめに該当する行為だよ……」

「えっ!? えぇっ!? どうしてですか!?」

 

 ジネット……天然娘の無慈悲な攻撃は時にかくも残酷なものなのだな。

 同じ衣装を着て、しかもかなり胸を強調するようにデザインされたその服を着て、規格外の爆乳の隣に『抉れてないだけマシ』レベルのまな板を並べるとか……精神的ダメージがカンストする勢いだろうが。

 

 がくりとうな垂れるエステラを見て思う。

 今日一日くらいはそっとしておいてやった方がいいだろうな。

 

「ジネット。お前は開店準備を進めろ。抉れちゃんのことはそっとしておいてやれ」

「誰が『抉れちゃん』だ!? 抉れてはないからねっ!」

「『精霊の審判』!」

「いい度胸してるよね、ホントに君はっ!?」

「シュレディンガーのネコという話があってだな……要は、『見なきゃ分からん』という話なんだが……」

「見せないからねっ! 君だけには、絶対に!」

「なぜだっ!?」

「説明が必要かなぁっ!?」

 

 おのれ、エステラめ……っ!

 なんて狭量なヤツだ!

 憤懣やるかたないヤツだな、まったく!

 

 えぇい、もういい!

 さっさと店を開けてしまうぞ!

 金でも稼いで憂さを晴らさなきゃやってられるか!

 

「さぁ、ジネット! 開店の準備だ! 膨らみ亭のオープンだ!」

「陽だまり亭ですよっ!?」

 

 

 こうして、賑やかに、膨らみ亭……もとい、陽だまり亭は今日もオープンしたのだった。

 

 

 

 

 

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