異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加21話 テレサの意外な才能 -3-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:3,319

「ちなみに、テレサは算数できるのか?」

「きょーかいのおねーしゃたちがおべんきょーしてるのきいてたぉー!」

 

 聞いてるだけじゃ覚えてないかもしれないけどな。

 

「んじゃあ、テレサがリンゴを四個持っていて、姉ちゃんに二個分けてやったら、残りはいくつだ?」

「あーし、ふたつもたべないから、みんなおねーしゃにあげぅ!」

「そうか、優しい娘だな、テレサは」

「ぇへへ~」

 

 テレサの頭を撫でるデリア。だが、違うだろう! それは算数ではなく道徳だ。

 

「でも、一応正解……だよね?」

「まぁ、『ふたつもたべない』って言ってたしな」

 

 正解なのに、結果不正解にたどり着いた。

 理論に優しさは必要ないって証左かねぇ。

 

 

「それじゃあ、ボクからも一問」

 

 エステラがテレサの前に行き、屈んで同じ目線の高さで出題する。

 

「テレサが三個、バルバラも三個、リンゴを持っている。リンゴは全部でいくつかな?」

 

 引き算が出来たんで足し算の確認をしようというのだろう。

 3+3で答えは6だ。

 果たしてテレサは答えられるか……

 

「ぇっと……さん、かけぅ、に…………むっちゅ!」

「……せ、正解」

 

 エステラの動きが止まった。

 今、テレサは確実に『3×2』と言った。

 掛け算、出来るのか?

 

「なぁ、ベルティーナ。教会で掛け算が出来るのは何人くらいいるんだ?」

「そうですね……年齢の高い子たち数人と、ハムっ子さんたちの中に数人くらいでしょうか」

 

 一応掛け算なんかも教えているらしいが……覚えたのか? 聞いてただけで?

 

「念のためな。これは答えられなくてもいいから……5×8は?」

「よんずー!」

 

 この娘九九出来る!

 

「おーい、最年長ー」

 

 談話室で遊び倒していた元気のいいクソガキを連れてくる。いっつも真っ先に俺に飛びかかってくるガキだ。

 何をやらされるのかを察し、顔が引き攣ってやがる。

 

「7×4は?」

「…………紙とペン、使っちゃダメ?」

「4×2は?」

「…………十四!」

「勘やめろ!」

 

 物凄い見当違いな当てずっぽうを見事に外したクソガキを放流する。

 うん。テレサの方が計算が出来るようだ。それも暗算で……って、見えないんだから暗算以外に方法がないのか。

 

「それじゃあ、テレサ。最後の問題だ。狩人とボナコンが全部で『10』いる。足の数は全部で『28本』だ。狩人は何人いるかな?」

「ぇ……ぅ~…………」

 

 テレサが小さな頭を抱える。

 さすがにムリか。

 

「アーシ、分かったぜ!」

 

 ん。絶対分かってないな。

 

「ボナコンは凶暴だから、狩人はみんなヤられちまって、『0人』だ!」

「それじゃなぞなぞだ!」

 

 仮にその狩人の中にマグダやメドラがいればヤられるのはボナコンの方だから、なぞなぞとしても成立していないしな。

 

「まぁ、これは分からなくても仕方ないんだが、考え方さえ知っていれば誰にだって……」

 

 と、答えを解説してやろうとした時、視線の端でゆらゆら動くものが見えた。

 それは、テレサの小さな指先で、閉じた瞳を空に向けて、テレサが何もない空間に見えない何かを書いていた。

 どことなく楽しそうに。

 

 そして――

 

「かるーどしゃ、ろくにんー!」

 

 ――正解を言い当てた。

 それも当てずっぽうなんかじゃなく、きちんと理解した上で解答を導き出したのだ。

 

「テレサ」

「……ちがった?」

「お前は天才だ!」

「ぅわーい!」

 

 鶴亀算を、教わることなく解けるなんて、相当なもんだ。

 しかも五歳だぞ? こいつのIQを計ったら、きっと凄まじいことになっているだろう。

 

「ヤシロ。本当に正解なのかい?」

「あぁ。狩人は『2本足』でボナコンは『4本足』だろ? で、足が『28本』ってことは、『2本足』が『6人』で『12本』、『4本足』が『4頭』で『16本』、『12』と『16』を足して『28本』ってわけだ」

「……どう計算すればいいわけ?」

「いろいろあるが、簡単なのは、『2本足』の狩人が『10人』だと足は『20本』になるわけだから、『28-20=8』で、ボナコンと狩人の足の差は『2本』なんで『8÷2=4』で、ボナコンは『4頭』、そしたら『10-4=6』で狩人は『6人』だ」

「………………ん、なんとなく理解した」

 

 苦手なヤツはとことん苦手な鶴亀算。

 それを自力で解き明かした五歳児。

 俺はこの小さな幼女を、惜しみなく天才と称しよう。

 

「これは足し算も引き算もかけ算も割り算も理解していないと出来ないちょっと難しい計算なんだが……大したもんだ」

「ぇへへ。えーゆーしゃにほめらぇた~!」

 

 嬉しそうに身をよじるテレサ。

 思考することが好きで、その結果褒められるのはもっと好き。そんな感じだ。

 

「懐かしいなぁ。ウチの地元では『女王様とドMブタ』やったなぁ。もちろんドMブタが四本足でな、女王様が二本足できつぅ~く踏みつけて……」

「あーごめん。今は嬉しそうにはにかむ幼女見て心癒されるターンだから、入ってこないでくれるか」

 

 頭がよくても、こんな感じに育っちゃったらなんかいろいろと台無しだよなぁ……やっぱ、環境って大事!

 

「すごいですね、テレサさん。ウチの子たちよりも計算が上手です」

 

 テレサの隠された能力に、ベルティーナが素直に称賛を贈る。

 言葉も怪しいから、てっきり残念な娘かと思いきや、実はとんでもない秀才だったのだ。そりゃあ驚くわな。

 

「しぇりぅちゃんとね、けいさんごっこね、よくしてぅの!」

 

 計算ごっこ?

 なにそのクッソつまんねぇ遊び。つか、シェリルとそんな遊びを?

 

「まさか、シェリルも計算出来るのか?」

「さぁ、ボクは知らないけれど……切磋琢磨しているのだとしたら、あり得るかもね」

「シェリルさんにも、教会へ遊びに来ていただきたいですね」

 

 デキる幼女の情報を聞き、ベルティーナが嬉しそうな顔を見せる。

 教育ママさんの一面が垣間見えた瞬間だ。

 

「すげぇな、テレサ。お前、もう勉強する必要ないじゃねぇか」

 

 そんなデリアの言葉に盛大に乗っかったのがバカ姉のバルバラで……

 

「そうだ! テレサはお利口さんなんだ! 勉強なんかしなくていいんだ! だからアーシもしないんだ! テレサと一緒だ!」

 

 ……自分の勉強回避に妹を利用してやがる。

 こいつは…………よぅし。

 

「そうだな。テレサは計算も出来るし、可愛いし、それにいつも前向きで話していると元気になれるいい娘だもんな」

「そうだろそうだろ! 分かってんじゃねぇか、英雄!」

「勉強なんか必要ないかもな」

「そうだろそうだろ!」

「こりゃあ、姉の保護なんかなくたって、どこででも生きていけるよなぁ」

「そうだ…………はぁっ!?」

 

 怨念を込めて彫られた呪いの般若面みたいな顔でバルバラが俺を睨みつける。

 

「今、なんつった、えぇ、こら、英雄? おい」

 

 こっわっ!

 こいつ怖っ!

 顔、もう女子のそれじゃない。鬼。絵本に出てきたら子供ギャン泣きするレベル。

 

「だってよ。もうすぐテレサは目が見えるようになるし、これだけ計算が出来ればどこにだって就職できる。お前が就けないような要職だって任されるかもしれないぞ。金もたんまり稼げる」

「確かに、テレサは頭がいいが、それでもアーシが守ってやらなきゃいけないんだ!」

「力に物を言わせるような守り方じゃ、守り切れないこともこの先いくらでもあるんだよ。金銭面とか、商談とかでな。その度に敵対するヤツ全員ぶっ飛ばすつもりか? この街にいられなくなるぞ」

 

 現に、お前は四十二区で捕まって手も足も出ない状況に陥っていただろうが。

 妹のもとへ帰ることも、そばにいることも出来なくなっていた。

 力で守るなんてのには限度があるのだ。

 

「いつしか、金銭面でテレサがお前を守るようになるんだろうなぁ」

「馬鹿にするな! アーシは姉だぞ!」

「でもお前、敬語も出来ないじゃねぇか。礼儀も知らないし、そんなもんで雇ってくれるのはヤップロックみたいなお人好しくらいで、そんな職場、そうそうないぞ? テレサが大きくなってお前を追い抜いちまったら、逆転は不可能だ」

「そ、それでも……、アーシは姉として……!」

「そして、自分を省みることもなく成長を放棄した姉は、いつしか妹の足枷に…………お前、捨てられんじゃね?」

「うぎゃー! だまれー!」

 

 癇癪を起こして掴みかかってくるバルバラ。

 もう少しで首を絞められる……というところで、デリアがバルバラの腕を押さえてくれた。

 デリアがいてくれてよかった。マジでよかった!

 

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