異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

199話 ドニス・ドナーティ -1-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:2,838

 正午前。

 ほぼ時間通りに二十四区の領主の館にたどり着いた俺たちは、ガタイのいい門兵たちに迎えられ、敷地内へと足を踏み入れた。馬車は、小柄なジイサンによってうまやへと運ばれていった。

 

「ようこそおいでくださいました、クレアモナ様。お館様がお待ちでございます」

 

 白髪をきちっとまとめ上げた初老の執事が俺たちを出迎える。

 大きな玄関ドアの前で慇懃な礼を寄越してくる。

 

「本日はお時間をいただき、感謝します」

 

 執事に対し、きちんとした礼をもって頭を下げるエステラ。

 執事相手に頭なんか下げないって領主もいるのかもしれないが、エステラはそこら辺を疎かにはしない。ナタリアも、エステラを止めるような真似はしない。

 きっとエステラはこれでいいのだろう――

 

「――領主が丁寧な分、領民が多少無礼を働いても帳消しになるというものだ」

「何を勝手なこと言ってるのかな? ならないから、礼儀を弁えるようにね」

 

 さっくりと釘を刺されつつ、俺たちは広い廊下を進む。

 まるで俺たちを出迎えるかのように廊下の両サイドに体格のいい使用人たちが並び立っている。俺たちが通過する度に頭を下げてくれるのだが……なんとも言いがたい威圧感があるんだよな……なんで野郎ばっかりなんだ、この館は。

 

「こちらでございます」

 

 初老執事が静かに腰を折り俺たちをある部屋へと導き入れる。

 ひときわ大きな扉の向こうには、高そうな調度品が並ぶ豪奢な部屋が広がっていた。

 デカい。

 

「よく来たな、ミズ・クレアモナ。そして、供の者たちよ」

 

 デカい部屋の中央に厳めしい顔つきのジジイが立っていた。

 声音は静かだが、低く迫力があり、思わず身が引き締まるほどの威圧感を放っている。

 すっと伸びた背筋は年齢を思わせない美しいシルエットで、体幹がブレずどっしりとしている。

 長年力のある区の領主を務めているだけあって、一分の隙も見出せないほどの威厳をまとっている。

 

 真一文字に結ばれた口の横にはほうれい線が深く刻み込まれ、鋭い視線は猛禽類を思わせるような鋭さで、年齢の割には太くしっかりとした眉毛はきりりとつり上がり、ロマンスグレーの白髪は右耳から後頭部を通過して左耳までの頭半周を覆い、まるでオマケのように頭頂部に一本だけちょろっと生えていた。

 

「ぶふぅーっ!」

 

 な、波○さんがいる……っ! 加○ちゃんかもしれない……っ!

 

「ヤシロッ!」

「す、すまん。覚悟はしてたんだが、まさか、加○ちゃんが出てくるとは思わなくて……!」

「誰さ、加○ちゃんって!?」

 

 袖を引っ張られ、強制的に後ろを向かされ、顔をこれでもかと接近させてきたエステラに小声で叱られる。その際、何発か脇腹を小突かれている。

 だがしかしだ!

 物凄ぇ厳めしい顔をした怖そうなジジイの髪型が波○さんで加○ちゃんだったら、そりゃ笑うだろう!

 ギャップあり過ぎで、もはやわざととしか思えない。あいつ、笑わせにかかってるって、絶対!

 

「……何か、問題でもあったかな?」

「い、いえ! 彼はたまによく分からない発作を起こすんです。どうか、お気になさらずに!」

 

 エステラが慌てて言いつくろい、すかさず俺を自身の背に隠す。

 その際、俺のほっぺたを「むにりん!」とつねり、「さっさと笑いを止めろ」と強要してくる。……暴力だ。パワハラだ。場合によってはちょっとセクハラだ。

 

 俺はエステラの背に隠れるようにして、必死に込み上げてくる笑いを押し殺した。

 

「改めまして。本日はこちらの要望にお応えいただき誠に感謝いたします、ミスター・ドナーティ。お忙しい中お時間を作っていただいて、ありがとうございました」

「よい。ワシも興味があったのでな。……新進気鋭の女領主には、な」

 

 ぴりっと、空気が張り詰める。

 景気よく稼いでいるようだが、あまり調子には乗るなよという脅しにも聞こえる言い方だ。

 

「我々など、まだまだです。ですが、光栄です」

「謙遜する必要はないだろう。噂はいろいろ聞いておるぞ」

「う、噂と言えば」

 

 意味深な探りをかわすために、エステラは強引に話を変える。

 まずは場の空気作りをしようというのだろう。

 こんなピリピリした空気より、和やかな空気の方が友好関係は築きやすい。

 

「ミスター・ドナーティのお噂もお聞きしました。なんでも、ボクが懇意にさせていただいているミスター・デミリーとは旧知の仲だとか」

「おぉ、アンブローズと親しいのか」

 

 共通の知人を持ち出すことで、互いの距離が縮まりやすくなる。

 まぁ、これは非常にベタな手法だな。ベタ故に、かなり有効でもある。

 それを知って、デミリーはエステラに会いに来たんだろう。

 

「デミリーオジ様から、ミスター・ドナーティのお話をいくつか聞かせていただきました」

 

 デミリーを「オジ様」と呼び、自分とは特別近しい間柄であると示すことで、ドニス・ドナーティに対しても害のない存在であるということをアピールする。

 取っつきにくい相手には、こういうやり方が無難だろう。

 

「そうか、アンブローズから話を聞いたか」

 

 まぶたを閉じ、うんうんと静かに首肯した後、ドニスは眉をつり上げる。

 

「あいつはどうせ、ワシのことをハゲなどと抜かしておったのだろう?」

「ぶふぅーっ!」

 

 今度吹き出したのはエステラだ。俺はこらえた。

 

「い……いえ、……決して、そのようなことは……っ!」

 

 ぷるぷると震えながら、エステラが賢明に言葉を吐き出す。

 顔色が悪い。真っ青だ。心臓に恐ろしいまでの負荷が掛かっているのだろう。ストレスという名の負荷が。

 

「(思いっきり笑うと楽になるぞ)」

「(そんなこと出来るわけないだろう!?)」

 

 小声での助言を、小声で拒絶された。

 人間、素直に生きた方が楽だと思うんだがなぁ。

 

「隠す必要はない。アンブローズのヤツはいつもワシをハゲ仲間に引き込もうとしよるのだ。ワシは、まだふさふさ残っておるというのに、なぁ?」

「えっ!? ……あ、あはは」

 

 急に同意を求められたエステラは、愛想笑いという手段で明言を避けた。

『精霊の審判』があるからな。賢明な判断だ。

 

「ヤシロ様」

 

 困惑するエステラの後ろで、ナタリアが俺に話しかけてくる。

 

「『五十歩百歩』『類は友を呼ぶ』『隣の頭皮は薄く見える』『抜け毛、毛根に還らず』……どれをお伝えすれば的確に伝わるでしょうか?」

「お前は口をつぐんでろ。特に後ろ二つは宣戦布告ととられても文句が言えんぞ」

 

 俺だって言いたいさ! 「いや、つるつるじゃん!?」って!

 でも、そこを言わないのが大人のマナーだろ?

 

 いくら俺といえど、親しくもない相手にケンカを売るような冗談は言わないのだ。

 心ではこれでもかって考えるけどな!

 

「え、えっと……ミスター・ドナーティは、親しいご友人からは『DD』という相性で呼ばれているとか。そういう関係は素敵だと思います」

「む、そうか?」

「はい。ボクも、そのような愛称で呼ばれるような、親しい友に恵まれたいです」

「(愛称ならあるじゃねぇか、『微笑みの領主』)」

「(うるさい、ヤシロ。2メートル離れて)」

 

 こいつは人によってコロコロ態度を変えやがる。

 そういうのよくないと思うなぁ、俺は。

 

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