異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

128話 孤高(?)の薬剤師 -3-

公開日時: 2021年2月4日(木) 20:01
文字数:2,420

「ふ~んふんふ~ん」

 

 鼻歌交じりに、薬品棚を漁るレジーナ。

 意外なことに、歌がうまい。というか、声が透き通っていて耳に心地いい。

 なんとも落ち着くいい声だ。子守唄に聞きたい声だな。

 

「ヤシロと話しとると、なんや楽しいなぁ~」

 

 ……ヤシロ?

 今、あいつ俺のこと名前で呼んだか?

 いつもは『自分』なのに。

 

「……はっ!?」

 

 己の発言に気が付いたのか、レジーナはガバッとこちらを振り返り、なんだか棚に張りつくトカゲみたいな格好のまま数秒固まる。

 徐々に頬が熱を帯びていき、小鼻が膨らんでいく。

 お湯が沸いたら鼻から「すぴー!」と湯気でも吹きそうだな。

 

「空耳やと思うで!」

「……まぁ、思うくらいはな、嘘にはならんかもな」

 

 テンパり過ぎておかしなことを口走っている。

 いいよいいよ。聞かなかったことにしてやるよ。

 だから、そんなに照れるな。……伝染するから。もらい照れとか、勘弁してほしいぜ。

 

「これや! これ見てみぃ!」

 

 照れ隠しがまる分かりなデカい声で、レジーナが持ってきた瓶を机にドンと置く。

 中にはやや黄土色っぽい、目の粗い砂、もしくは欠けた米粒くらいの大きさの茶色い物が入っていた。

 瓶の口をしっかりと塞ぐコルクを引き抜くと……懐かしい香りがした。

 

「シャンバリーレか」

「自分、何もんやねんな……正解や」

 

 別名をフェヌグリークと言い、こちらは女性にはなじみ深い名前かもしれない。

 バストラインを綺麗にすると言われており、サプリメントとしてコンビニやドラッグストアに並んでいたりする。

 ……まぁ、あと、マカやスッポンと並んで男性の夜の活力をみなぎらせる強壮剤として売られていたりするな。

 

「さすが、詳しいなぁ、自分~?(意味深)」

「やめてくれ」

 

 顔に(意味深)とはっきり書かれている。

 

 が、しかし。

 これはいい物を見せてもらった。

 何よりシャンバリーレから漂う『懐かしいアノ香り』……俺がまさに欲していた物だ。……強壮剤じゃないぞ?

 

「ちょっと見せてもらってもいいか?」

「マカか?」

「マカまであんのかよ? 違ぇよ……」

「スッポンは飼ってへんで?」

「そこから離れろ。でなきゃその脳みそ、腐り落ちてしまえ」

 

 俺は必要としてないです、その薬!

 

「下着とか、ないで?」

「えぇ……ヤダぁ、そんな薬臭いパンツ……欲しくな~い」

 

 あのさぁ、普通に見せてくれないかなぁ?

 

「まぁ、えぇけど。混ぜんといてや? ホンマ、この棚はウチの命みたいなもんなんやさかいな? 自分だけやで、ここ触らせんの? 自分だけ特別にウチの大事なところに触らしたるんやさかいな?」

「おい、やめろ、その卑猥な誤解を誘発する発言」

 

 こいつのエロは枯渇することがないのだろうか。

 

 木製の薬品棚は年季が入っており、明らかにこの建物よりも古いものだった。

 この街に来る前から使っていたヤツなのだろうな。薬の匂いが染み込んでいる、深みのある色調の、重厚な棚だ。

 

「じゃあ、見せてもらうな」

「しゃあないなぁ、ちょっとだけやで」

 

 とか言いながら、なんだか物凄く嬉しそうだ。

 これまでは誰も興味を示さない代物だったんだろうな。

 まぁ、植物の種を見せられても、普通のヤツはピンと来ないもんな。

 

「おぉ、やっぱりあったかクミンシード!」

「あぁ、それな。香りがえぇからウチも気に入っとるねん」

「乾燥唐辛子だ」

「気ぃ付けや? それメッチャ辛いさかい、『絶対齧ったらアカンで?』」

「……そんなネタフリしても齧らないからな?」

 

 唐辛子の辛さくらい知ってるっつの。

 しかも鷹の爪だしな、これ。シャレにならん。

 

 しかし、俺の予想通り、ここには全部が揃っている。

 俺が必要とする香辛料がすべて。

 

「バオクリエアってのは、本当に香辛料の名産地なんだな」

「せやで。揃わへんもんなんかあらへんねん」

 

 シャンバリーレから感じた、懐かしい『アノ香り』。

 これにクミンシードを混ぜれば尚更深い香りになるだろう。

 ターメリックにコリアンダー、それに唐辛子にフェンネル…………

 

 これだけいろいろ揃ってりゃ、いいガラムマサラが作れることだろう。

 そして、ガラムマサラがあれば『アレ』が作れる。

 

 そう。お子様ランチの種類を増やそうとして真っ先に思いついたメニュー。

 こっちの世界に来て一度も食べてない、日本人の大好物。

 

 カレーだ!!

 

「レジーナ」

「なんやのん、嬉しそうな顔してからに」

 

 にこにこと俺を見るレジーナの頭をわっしゃわっしゃと撫でてやる。

 

「いい女だな、お前は!」

 

 実にいい『目』を持っている。

 称賛に値する。

 褒めて遣わすぜ、惜しみなくな!

 

「…………せ、せやったら…………介護は、自分に頼もっかな……」

 

 顔を真っ赤に染め、もごもごと口の中でくぐもった言葉を呟くレジーナ。

 あはは、それはちょっとごめんかなぁ。介護は無理だわぁ。

 よし、聞かなかったことにしよう。

 

「ある程度まとまった数が欲しいんだけど、どうにか手に入らないか?」

「ここにあるのでよかったら持っていってもえぇけど、もっと必要なんやったら……二週間くらいかかるかなぁ……ちょうどバオクリエアから行商がくんねん」

「あれ? 香辛料の流通始まったのか?」

「まぁ、事件があったんも結構前やさかいな。あ、でも、ここの行商ギルドが取り扱っとらへんのもあるさかい、ウチ個人のルートで仕入れたるわ。そっちの方が安上がりやさかいな」

 

 本当、よく出来たヤツだ。

 いい嫁になれるんじゃないか? いや、それは無いか。親友が部屋の片隅に溜まったホコリだしな。いい嫁にはなれないだろう。うん、無理だな。

 

 今ここにあるスパイスを使わせてもらって、試作を作り、本格的に始めるのは二週間後……大会の後か。まぁ、いい頃合いかもな。

 

「何するつもりか知らんけど、ウチに出来ることがあったらなんでも言うてな。協力したるさかいに」

「そうか。んじゃあ……」

 

 頼もしいレジーナに向かって、俺はどうしてもやってほしいことを告げておく。

 

「大会の救護班よろしくな」

「それはどうやろなぁ……人多いしなぁ……」

 

 てめぇ……

 

 意地でもやらせてやると心に誓った、ある日の午後だった。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート