異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

212話 思い出と手紙と -2-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:4,272

「そうそう。二十四区の領主様と言えば……ヤシぴっぴ、彼に何か言ったわね?」

 

 それは、ほんの少し責めるような感情のこもった口調だった。

 何か…………まぁ、言ったけど。

 

「お手紙が来たのよ。名目上は、私がヤシぴっぴたちを紹介するために書いたお手紙への返事ということでね」

 

 そう言って、一通の手紙を差し出してくる。

 達筆な字で書かれた、質実剛健な印象を与える手紙だ。

 封をしていた蝋には二十四区領主の紋章が刻まれている。

 

「そのうち手紙を書くとは言っていたが……早速書いたんだな、あの一本毛」

「ぷふっ!」

 

 わざとらしく怒ったような表情を作っていたマーゥルが、堪らず吹き出した。

 やっぱりマーゥルも気になってたんだな、あの一本毛。

 

「くすくす……も、もう、ヤシぴっぴ……笑わさないで。少しだけ叱ってあげようと思ってたのに……くすくす」

 

 はて、叱られるような覚えはないのだが。

 などと惚けつつ、俺は差し出された手紙を受け取る。読んでもいいということだろうから、早速手紙を開く。

 

 

『親愛なる、我が旧知の友へ――』

 

 

 そんな一文から、手紙は始まっていた。

 そして、時候の挨拶から貴族的な挨拶が続く。

 そして。

 

 

『貴女の手紙にあった者たち、特にオオバという者は非常に興味深い者であった』

 

 

「へぇ。気に入られてたんだね、ヤシロ」

「うるさい、黙って読め」

 

 俺の肩越しに手紙を覗き込むエステラがにやにやとしながら余計なことを口にする。

 なぜ背中に寄り添うような格好で肩越しに手紙を読んでいるのにもかかわらず俺の背中に柔らかい物が一切触れていないのか、俺はその点を小一時間問い質したい。

 

 さらにドニスの手紙は、フィルマンが俺たちに影響され変わり始めたことや、自身の積年の悩みがやがて解消されるかもしれないことなどが堅苦しい言い回しで綴られていた。

 内容だけ見れば、俺たちは随分と認めてもらっているようだ。

 

 もっともそれは、「貴女が紹介した者たちを、ワシは評価しているぞ」というアピールなのかもしれないのだが。……まぁ、おそらくそうなんだろう。

 そして、話の流れは「もうすぐワシの悩みは解決し、そうなれば時間も取れるだろう」という方向へと導かれていく。

 まぁ、つまりアレだな。

「時間が出来たらお茶でも飲もうぜ」というお誘いのための前振りと言ったところだ。

 

 そんな内容を「汲み取ってね~」とばかりに遠回しに遠回しに匂わせまくって、手紙は結びの挨拶へと移る。

 

 

『時候不順の折、体調など崩されぬよう。

 

 追伸 まもなく、我が区で新たなる調味料が誕生するそうだ。貴女の口に入ることがあるならば、是非感想などを聞かせていただきたく候。

 

 ではまた、いずれ。

 

 

 

 

 ドニぴっぴ 』

 

 

「ごふっ!」

「ぶふぅーっ!」

 

 なんか、変な塊が気管に入った!

 咳が止まらない……っ!

 

「ね? ヤシぴっぴが何か言ったとしか思えない手紙でしょう? 私も、三十分くらい苦しんだのよ?」

 

 マーゥルの不満の根源はそれか……確かに、これはつらい。

 つか、何書いてやがるんだ、あの一本毛ジジイ!

 なぁ~にがドニぴっぴだ!

 

「……あの、ジジイ…………賠償請求してやろうか」

 

 ノドの奥が「ひぃー」と掠れた音を鳴らす。肺の奥の方がちくちくとむず痒い。

 俺の背後ではエステラが「こほっこほっ」とむせている。

 

「でもそうね、ヤシぴっぴはとってもいい娘を紹介してくれたし……お手紙にはお返事を出さなきゃいけないわね」

 

 おそらくというか、まぁ間違いなく、マーゥルはこちらが望んでいることを正確に理解している。

「お返事」ってのには、そこら辺を汲み取っていい感じに働きかけてくれると、そういう意味が含まれているのだ。

 

「それに、そうね……私も、一人くらいはお茶飲み友達がいてもいいかもしれないわねぇ」

 

 そう言ったマーゥルは、これまでは見せたこともないような幼い笑みを浮かべていた。

 自身も、領主になるべくすべてを捨てて人生を歩んできた。そんな中で、自分に好意を寄せ続けている相手のことを憎からず思っているのだろう。

 

 茶飲み友達になることを、こいつは楽しみにしているように見える。

 

 まさかとは思うが……そこにもなんらかの意図があったんじゃないだろうな?

 だからつまりは、結婚なんかとうに諦めていた――けれど、セロンのレンガを見て、一つの手段としての結婚を考えた。

 それは縁がなく実を結ぶことはなかったが、一度可能性を見出した結婚というものに、今さらながらに心が躍り…………もし出来ることなら、ずっと自分を思い続けていたあの人と………………なんてな。

 

 最初にトレーシーに会わせることで、「マーゥルの紹介なら話が持ち込みやすい」という実績を作り、こちらの警戒心をなくさせる。

 そして、自分の望む未来をたぐり寄せるために満を持して二十四区へ俺たちを送り込んだ――随分とややこしい状況になっていることを承知で、そんな二十四区を俺たちになんとかさせるために――ってのは、勘ぐり過ぎか?

 

「あら、ダメよヤシぴっぴ」

 

 マーゥルの心を読もうと見つめ過ぎたのかもしれない。マーゥルはドニスからの手紙を受け取りがてら、俺にこんな苦言を呈してきた。

 

「秘密は女を美しくするものよ。なんでもかんでも見透かそうなんて、紳士のすることじゃないわ」

 

 それは、俺の仮定がそう遠くはないだろうということの証明になり得る発言だった。

 マーゥルにしても、「これくらいのところまでは読まれたのだろう」と仮定しての発言だ。

 裏を返せば、「取り繕いようがない事実なので、詮索するな」という自白とも取れる。

 

「悪いなとも、思っているのよ」

 

 誤魔化すように、マーゥルがこちらを見ずに話を続ける。

 手紙を丁寧に折りたたみ、宝物を扱うように大切に封筒へしまい込む。

 

「あの人、私に出会ってからずっと独り身だったから」

「あの人というのは、ミスター・ドナーティですよね?」

 

 空咳をした後、エステラが確認を取るが、マーゥルは視線を向けただけで何も言わなかった。

 野暮な質問はするなということだ。

 

「私も、もっとはっきり答えを出していれば、違った道もあったのかもしれないわね」

 

 違った道とは、マーゥルにとっての道なのか、ドニスにとっての道なのか……

 

「なんだか怖かったのよ、返事をするのが。だから先延ばしにしちゃったのね……ずっと、ずぅ~っと、先延ばしに」

 

 封筒にしまった手紙を胸に抱き、窓の外へと視線を投げる。

 なんとも乙女チックな表情を見せるマーゥル。意外と言えば意外なのだが……脈あり、だったのか、ドニスは?

 

「怖かったというのは、他区の領主との、その……そのような関係になることが、ですか?」

 

 領主同士の恋愛ともなれば、周りを巻き込んだ大騒動になるだろう。

 政略的なあれこれや、しがらみ、思惑、策略と、胡散臭い暗躍が目白押しとなることだろう。

 エステラも領主という立場上からか、真剣みを帯びた瞳でマーゥルを見つめている。

 

 だが、マーゥルは薄く頬を染め、照れ笑いを浮かべて手を振った。

 

「ううん。そうじゃないの。……恋、そのものが、怖かったのよね」

 

 薄紅色に染まる頬を押さえ、腰をくねらせて肩を揺するマーゥルを見て、俺は呟く。

 

「何言ってんだ、このオバハン?」

「……ヤシロ。め」

「身悶えてる今のお前の方がよっぽど怖いわ」

「……ヤシロ。彼女もかつては少女だった」

「あぁ、分かっている。分かってはいるんだが、視覚的な情報が強烈過ぎてな」

 

 マグダが静かに諫めてくるが、致し方ない部分も理解してもらいたい。

 頬を染め体をくねらせるオバハンの破壊力たるや……平和主義で温厚な俺がかかと落としをお見舞いしたくなるレベルだ。

 

「彼は――すごく真剣だったから。恋を知らなかった私には、その一途な思いが少し怖かったのよね」

 

 ドニスの一途な思いは重いからなぁ……怖がられても仕方ないか。

 

「あの頃は、彼も私も若かったから……不器用だったのよね、お互いに」

「おいくつくらいの頃だったんですか?」

 

 どこにそこまで興味を引かれているのか、エステラがぐいぐいと食いついている。

 まぁ、隣でマグダも耳をピンと立てているから、女子はこういう話が好きなんだろうな。……俺は、オバハンの恋愛話なんぞにまったく興味をそそられないのだが。

 

「彼が二十歳で……私が九歳の頃だったわね」

「お前もかドニスー!」

 

 窓の外に向かって思わず叫んだ。

 叫ばずにいられようか。

 

「……ヤシロ。め」

「いやまて、マグダ。きっと俺は悪くない」

 

 なんだ?

 ドナーティ一族のストライクゾーンは九歳限定なのか?

 そういう掟でもあるのか!?

 

「……一族に受け継がれている病気なんだな、あそこのロリコンは……フィルマン、本当はドニスの息子なんじゃねぇの?」

「それはないよ。ミスター・ドナーティは未婚だし」

 

 フォローをするエステラだが、顔は素直に引き攣っている。

 年齢差で見れば、まだフィルマンの方がまともに見える。十四歳と九歳だ。年齢差五歳なら、まぁよくある話だ。相手が九歳ってのはちょっとどうかと思うがな。

 

 だが、ドニス! オメェはダメだ!

 

 二十歳で九歳の娘に言い寄ったって……犯罪じゃねぇか!

 

「あいつはハビエルか!」

「ヤシロ、大ギルドの責任者を犯罪者の代名詞みたいに言わないように」

 

 似たようなもんだ。

 いや、むしろ代名詞だ。

『強制翻訳魔法』だって、そのうち「ろりこん」って言葉を言ったら「もしかしてハビエル?」って聞き返してくるに違いない。そうに違いない。

 

「九歳で二十歳の男性に言い寄られたら、それは、怖い……ですよね」

「でしょう?」

 

 一定の理解を示したエステラに、マーゥルは嬉しそうに頷いた。嬉し恥ずかしラブモード全開で……満更でもなかったのかよ。

 

「他区の領主にプロポーズされたのは、その時が初めてだったわねぇ」

「プロポーズしたのか!?」

「それくらい、本気だったのよ……きゃっ」

 

「きゃっ」をやめろ!

 硬く握られた俺の拳は、マグダの小さな手によって拘束され、振り下ろされることはなかった。マグダに感謝するんだな、マーゥル。マグダがいなかったら、今頃お前の前歯はなくなっていたことだろう。

 

「でも、当時の私は幼くて、おまけに次期領主で……結局、そのお話はなかったことになったのよね」

 

 二十九区としても、次期領主を他区に嫁がせる訳にはいかなかったのだろう。

 

「そして、弟が生まれて私が次期領主でなくなった時には……私の方が少し荒れていたから…………ふふ。本当に、恋愛が下手で嫌になっちゃうわ」

「タイミングというのは、ありますよね」

 

 自嘲気味に笑うマーゥルにエステラが声をかける。

 そうした後で、ちらりとこちらへ視線を向けてきた。

 

 ……なんだよ。

 同意を求めてんのか?

 俺に聞くなよ、んなこと。

 

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