異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

335話 大方の予想通り -1-

公開日時: 2022年2月12日(土) 20:01
文字数:4,110

 馬車を受け取るために、ルシアの館へ向かう。

 まぁ、さすがにこの時間だ。ルシアはもう寝ているだろうから、馬番をしてくれていた使用人に挨拶をして、後日改めて礼を言いに来よう。

 今回は本当に急な話で迷惑をかけたからな。

 

 ジネットでも連れてくるか。そうすりゃ、あいつの怒りも四割ほど軽減されるだろう。

 俺一人だと何をされるか分からん。

 

 ぼんやりと白く光るレンガが並ぶ大きな道を歩く。

 領主の館から港へ続く道だからか、すごく入念に整備がされている。

 この道を通りやすくしちまったら、乗り込んできた海賊に襲撃されやすくなるだろうに。

 

 ……いや、逆か。

 綺麗に整備しておけば、不純物が紛れ込んだ時に発見しやすい。

 こんな時間でも、街門と通りを警備する兵士が立っているもんな。ご苦労なこった。

 

 領主の館までの道を歩きながら、一年前くらいまでは、この道もきっと真っ暗だったんだろうなと考える。

 そして、その暗い道をギルベルタが歩いたわけだ。

 いるはずもないホタル人族の先輩の姿を追って……

 

「いやぁぁああああああ!」

 

 想像したらぞくぞくってした!

 光るレンガで明るくなっても、怖いもんは怖い!

 四十二区なら歩き慣れているからそこまで怖くないけど、こんな見慣れない道は怖くて仕方ない!

 明るいだろうって? 薄ぼんやりなんだよ!

 夜の病院の薄暗い非常灯とか、めっちゃ怖いだろ!? あんな感じだよ!

 もうやだ、早く四十二区に帰るぅ!

 

「どうされました?」

「あんぎゃぁああ!」

 

 急に背後から声をかけられ心臓が「ぷちゅっ☆」って音を立てた。

 ……潰れた。絶対今の瞬間俺の心臓潰れたわ。

 俺がまだ生きているのはきっと、生への執着と性への執念の賜物だろう。

 この世におっぱいがなければ、今の瞬間俺は死んでいたに違いない。

 

 俺の心臓を潰そうとする不届き者の顔を拝んでやろうと振り返ると、真っ黒な顔をした虫人族が立っていた。

 鎧を着ていることから、この道を警備している兵士だと分かる。

 

 なんだ、ルシアんとこの兵士かよ……と、そいつの首を見ると、首の両側がビビッドな赤色をしていた。

 

「ひぃぃい!? ホタル人族の幽霊ぃぃいー!」

 

 ナンマンダブナンマンダブ!

 成仏しろー!

 オン、カカカ、ソワカ!

 出ていけー! ここはお前のいるべき場所ではない! 出ていけー!

 はんにゃーはーらーみーたー!

 

「ご安心を、自分は生きております」

「幽霊はみんなそう言う!」

「そうなのですか?」

「知らんけど!」

 

 困り顔の兵士……まぁ、顔がホタルなんで困ってんだかどうだかよく分からんが……が、ぽりぽりと頭をかく。

 そして、ぽんっと手を打って嬉しそうな顔をする。……まぁ、顔がホタルなんで(略)

 

「もしかして、『希望の道』の話ですか?」

「脂肪のお乳?」

 

 そりゃお乳は脂肪だろうけれど。

 

「希望の道です。ある虫人族の少女がこの道を通り、人間たちに認められ領主様の給仕長まで上り詰めたという逸話があるんです」

 

 ギルベルタの話じゃねぇか。

 現給仕長だよ。なに昔話風に語ってんだ。

 

「亜種と呼ばれていた者が領主様のお側に仕えるなんて、これまでは考えられませんでした」

 

 その奇跡を起こしたのが、この道――ということになっているらしい。

 そうか。ギルベルタのあの話は、そんないい話として虫人族たちに伝わっているのか。

 ……俺にとってはマジで怖い怪談でしかなかったけどな。

 

「それ以来、この道を歩けば願いが叶うと、虫人族の間では有名になったんです」

 

 ギルベルタが給仕長をやってるのは、主の度し難い性癖の影響が大きいとは思うが……

 虫人族の希望になってるなら、そういうことにしておけばいいだろう。

 俺にとっては、ただの心霊スポットだけどな、ここ!

 

「自分も、この奇跡の道の警備が出来て幸せです! オルキオ様には感謝しかありません」

「オルキオ? あいつ、なんかしたのか?」

「保証人のいない虫人族の保証人となり、領主様や各ギルドのギルド長へ働きかけてくださったのです。おかげで、仕事にあぶれていた虫人族たちは新たな職と安定した生活を手に入れることが出来ました」

 

 あいつ、こっちに引っ越してきてからそんなことしてたのか。

 そういや、ウェンディの結婚直前まで、ウェンディの父親のチボーとか虫人族はきったない集落に住んでニートやってたもんなぁ。

 半裸タイツのニートって……チボー、数え役満で極刑になってもおかしくないんじゃね?

 

「なんにせよ、お前は今の仕事に誇りを持ってるってわけだな?」

「はい! この道の安全は自分が守ります!」

「よし! ……じゃあ悪いんだけど、領主の館まで俺を警護してくんない?」

 

 いや、もう、怖くて怖くて。

 

「領主様の館へ、このような時間にですか?」

「アポイントは取ってある。馬車を預けてるんでな」

「えっ、こんな時間に領主様にアポイントが取れるって……も、もしかして、カタクチイワシ様ですか!?」

 

 わぁ、敬われてんだが馬鹿にされてんだか判断に悩むぅ。

 

「すっげっ、初めて見た! 生カタクチイワシだ! うわうわっ、動いてる!」

 

 興奮して口調が戻ってるのはまぁよしとしよう。

 だが、『生カタクチイワシ』ってなんだ!? 動いてるってなんだ!?

 

「というか、俺、三十五区でそんな有名なの?」

 

 会ったこともないこいつが俺のことを知っていたこともさることながら、まさか「もしかしてカタクチイワシ様!?」なんて言われるとは思わなかった。

 

「そりゃあ、将来我が区の領主様になられるかもしれない方ですからね!」

「ねぇーよ!?」

 

 ビックリした!?

 ビックリし過ぎて1オクターブ上の声で突っ込んじゃった!

 俺が三十五区の領主?

 なんでそんな話になってんだ?

 

「港の運営を学ぶために、現在滞在している四十二区に小さな港を作っておられるんですよね?」

 

 違うけど!?

 で、『滞在』ってなに? 「いつかはこっちに帰ってくるんでしょ?」的なポジションで言葉をチョイスするのやめてくれる?

 

「しかし、これまで一度たりとて浮いた噂がなかったルシア様の初スキャンダルですし、最近ではルシア様の噂を聞かない日はないほどです」

 

 なんか、俺の知らないところで奇妙な噂が広がっているっぽい!

 

「その噂、全部デタラメだぞ」

「そうなのですか?」

「そうなのですよ」

「では、四十二区に別荘を建てられるという噂も?」

「それは……本当、かなぁ……」

 

 建てるんだろうなぁ、あいつは。マジで。

 

「やはり、ひとときでも長くご一緒にいるために」

「あいつのターゲット、俺じゃねぇんだわ」

 

 バラしちゃおうかなぁ。

 もう四十二区では周知の事実になってんだし、地元でバラしてもいいだろう、あいつの性癖と痴態の数々。

 

「まぁ、噂は所詮噂ですよね」

 

 ホタル人族の兵士がすっきりとした顔でそんなことを言う。

 まぁ、顔がホタルなんで(略)

 

「自分は、真実だけを信用しますよ!」

 

 と、言いながら、俺に期待のこもった視線を向けるな。

 ねぇよ、お前らの区に「どーも、新しい領主です!」なんてやってくる日はな。

 

「ではご案内いたします。大丈夫です、自分、口は堅い方ですので!」

「だから、そんな誤解されるような訪問じゃねぇんだよ!」

「まぁ、口が堅いのは物理的にですけどね☆」

「言い触らす気満々じゃねぇか!? なんもないから! マジだから!」

 

 口が酸っぱくなってしわっしわになるくらいに反論したにもかかわらず、ホタル人族の兵士は「分かってますって☆」みたいな、若干イラッてする顔のまま俺をルシアの館のそばまで送ってくれた。

 まぁ、顔ホタ(略)!

 

「……ったく、人の話を聞きやがらねぇ、あの虫ヤロウ」

「おかえりなさいませ、カタクチイワシ様」

 

 門をくぐると、馬番が迎えてくれる。

 

「おかえりじゃねぇよ。今すぐおかえりになるよ、俺は」

「港より無事に戻られましたのでそのように申しましたが、お気に障りましたでしょうか?」

 

 う……っ、まぁ、そうか、そうだよな。

 こいつに他意はないんだよな。

 ったく、さっきのホタル人族がしつこかったせいで、こっちまで変に気を回しちまったじゃねぇか。

 

「もし、ここへお戻りになるのが日常となりました暁には、『旦那様』とお呼びさせていただく所存でございます」

「縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇよ」

 

 押しつけるな、お前んとこの問題児を。

 そっちで適切に処理しといてくれ。俺の手には余る。

 

「それじゃあ、ルシアによろしく言っておいてくれ。時間も時間だから会っていくわけにもいかないだろ? また改めて礼を言いに来るよ」

「その件なのですが……少々難しい問題が生じまして」

 

 馬番の爺さんが俯き加減で渋い顔を見せる。

 いつもにこにこと笑っている気のいい爺さんなのだが、そいつがこんな難しそうな顔をするなんて……

 

「何があった?」

 

 まさか、ウィシャート関連でどこぞの貴族から攻撃を受けているのか?

 それで、俺との接触を減らして三十五区の平穏を守りたいと、そういうことか?

 もしそうなら、礼は手紙か、この爺さんから伝言してもらう形でも構わんが。

 なんにせよ、自分や自分の区が危険だと判断したなら身を引くといい。

 こっちに妙な義理立てをする必要はない。ここまでのことでも、十分力になってくれたと思っているくらいだ。

 

「とにかく、一度馬車へ。お話は、その後で」

 

 どこで誰に聞かれているか分からない、そういうことか。

 もしかしたら、ルシアの館にウィシャートの息のかかった者が潜伏しているのかもしれない。

 もしそうなら厄介なことになるが……

 

 とにかく、言われたとおりに馬車へ向かう。

 御者はイメルダのところから二人借りてきている。

 ベテランの陽気な爺さんと、新人の元気な女の子だ。

 

 二人が俺を見て、さっと視線を逸らす。

 やはり何かあったようだ。

 

 下手に会話をするのは避け、馬車へと乗り込む。

 扉を開け、ステップに足をかけると――

 

「遅いぞ、カタクチイワシ!」

 

 馬車の中にルシアがいた。

 

「申し訳ございません。会って話をするまで寝ないと駄々を捏られまして……」

 

 お前の「申し訳ない」、そっちかよ!?

 ルシアを守るためじゃなく、ルシアの暴走を止められなくてすみませんかよ!?

 そんなもん、謝る暇があったら鈍器で後頭部を『ごんっ!』とやっとけよ。

 

「まぁ、乗れ」

 

 俺が借りてきた馬車で偉そうにふんぞり返るルシア。

 

「詳しい話を、聞かせてもらうぞ」

 

 俺の夜は、まだまだ長そうだ。

 

 

 

 

 

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