翌日。
朝から物凄く忙しかった。
他の区同様、まずはガキを取り込み、次いでお好み焼きで大人を取り込んだ……まではよかったのだが…………ちょっと取り込み過ぎた。
思いもよらぬ大繁盛で、俺たちは全員目も回るような忙しさに見舞われた。
さらに、時間の都合で昼過ぎには店を畳むと言ったら、そこからさらに鬼のように客が押し寄せてきやがった。
よく見たらシラハやニッカなんかも食いに来てて……ニッカとカールに手伝わせたりした。
「なんでお前にアゴで使われなきゃならないデスカ!?」
「そうダゾ! 納得いかないダゾ!」
「ほらほら! 口動かしてる暇があったら手を動かす!」
「分かったデスヨッ!」
「やってやるダゾ!」
ルシアに用意してもらった食材は、正午過ぎに完売した。
それでも客が引かないので、少しだけ買い足して、店を畳んだのは十五時頃だった。
予定よりも押していたため、俺たちは急ぎ足で来た道を順々に引き返し四十二区を目指した。……なのだが。
「今日は売ってくれないの!?」
「次いつ来るの!?」
「一枚だけ! お願い! 一枚だけ!」
と、行く先々で昨日の客たちに呼び止められ、しまいには――
「我が主様がお会いになられたいと……」
「領主様が出店に関して聞きたいことがあると……」
「マイマスターの館に、YOUたち来ちゃいなよ」
などなど。各区の領主たちが俺たちに接触を試みてきたもんだから余計に時間を食ってしまった。
領主関係者には、「詳しい説明は四十二区の領主が説明会を行うからそれに出席するように!」とだけ伝え、逃げるようにして俺たちは帰路を急いだ。
ここまで反響があるとは、正直思わなかったな。
ジネットなんか、ポップコーンが食べられないと悲しそうな顔をする子供たちを見る度に振り返り、足を止め、「……あの、ヤシロさん」と俺の名を呼んでいた。
だからな、ジネット。
それをいちいち相手にしてたら、陽だまり亭に帰るのが三日後くらいになるからな?
この次の楽しみにしてもらえと説得し、なんとかかんとかジネットを引っ張って四十区に逃げ込んだ。
通い慣れた四十区。不思議なもので、陽だまり亭はまだ先なのに、ここまで来ると「帰ってきた」みたいな、ほっとした気持ちになる。
この付近の連中は、ケーキもポップコーンも、祭りの出店も経験済みだから、俺たちに群がるようなこともない。
ようやく安心して歩けるようになった頃には、俺たちは全員疲弊しきっていた。
「もう少しで四十二区だぞー!」
「まだ、四十一区があるです……邪魔です、四十一区」
「……しょーもない領主が治めているから、こういう時に邪魔になる」
疲れから、ロレッタとマグダが八つ当たりを始める。
まぁ、確かにリカルドはしょーもないけどよ。そう言ってやるなよ。
「四十一区は、裏道を通ってショートカットするぞ」
かつて、砂糖やら木こりやらの一件で何度も往復したショートカットコースを進む。
峠道で、多少のアップダウンはあるが、遠回りするよりも楽だ。
空はすでに夕闇を超え、夜の帳がおり始めている。
「……すんすん。四十二区の匂いがする」
「くんくん……あ、ホントです! 懐かしい匂いです!」
「え? え? そんな香りしますか? くんか! くんか! ……分かりません」
獣人族二人には、四十二区の匂いというものが分かるらしい。
俺やジネットにはよく分からんが……だが、なんとなくホッとする空気ってのは分かる。
ジネットも、四十二区に入った途端表情をほころばせていた。
「あぁ……やっぱりいいですね。この感じ、落ち着きます」
「そういうのは我が家に着いてから言うもんだろ?」
「うふふ……そうでしたね。少し気が早かったですね」
くすくすと笑いながら、馴染みのある道を歩く。
確かに、ここまで来たらもう家も同然ではあるけどな。目をつぶってたって歩けそうだ。
「懐かしの、風景やー!」
屋台の中で眠っていたハム摩呂が四十二区の空気を感じて目を覚ます。
「英雄像の、広場やー!」
「余計なことを思い出させるな」
確かに、今歩いてる広場は、昔ベッコがしょーもない蝋像を建て続けていた場所だけども!
……なんか、思い出したらムカついてきたな。明日にでも嫌がらせしに行ってやろう。
「あたし、今日はさすがにもう限界です」
「……マグダも。帰ったら寝る」
「そうですね。みなさんお疲れですもんね」
俺もくたくただ。
ベッドに転がれば二秒で眠れる自信がある。
今日は早々と寝て、また明日に備えないと……
「あっ……」
光るレンガに照らされる四十二区の街道を歩いていると、不意にジネットが声を漏らした。
それは、ちょうど陽だまり亭が見えてきたタイミングで……
「…………お客さんが、います」
陽だまり亭の前にたむろする、複数の人影を視認したタイミングでもあった。
……なんだあいつら。嫌な予感しかしないんだが。
「お~い! 遅かったなぁ~!」
「おかえり~!」
「待ってたよ~!」
どいつもこいつも馴染みの客ばかりで、なんとも嫌な感じでワクテカした顔をしてやがる。
「いやぁ、今日帰ってくるって聞いたからよ」
「やっぱ一日空くと恋しくなっちゃってさ」
「オレ、もうお腹ぺこぺこだよぉ……」
口々に、思い思いに、好き勝手なことを抜かしやがる。
つまり、こいつらは……ジネットの言う通り、客、なのだ。
「……あの、みなさん」
そして、いつものジネットのあの顔だ。
「……これが、ヤシロキラーの破壊力」
「あたし、今初めて店長さんの本気を垣間見たです……」
「拒絶は、不可能やー!」
俺以外の連中にも分かったらしい。
『あ、これ、断れないヤツだ』って。
「みなさんは、休み休みで構いませんので、お店を……」
「……店長が働いている時に休むのは不許可」
「あたし、まだもうちょっと頑張れるですよ!」
「陽だまり亭での労働は、別腹やー!」
まったく。どいつもこいつもジネットに毒されやがって……
俺は盛大に頭をかきむしり、ここぞとばかりにドデカいため息を吐く。
……これくらいしなきゃ、やってらんねぇんだっての。
「しょうがねぇなぁ! ただしテメェら! 面倒くさい料理を注文しやがったヤツは、向こう一週間出禁だからな!」
「じゃあオレ、パスタ!」
「私、ケーキが食べたい!」
「焼きおにぎりー!」
「お好み焼きだよ、お好み焼き! 今ブームなんだから!」
「オイラ、マグダたんがいればなんだっていいッス!」
「鮭食いてぇー!」
「では、みなさん。もうしばらくお待ちください! 開店準備を始めますので!」
自分勝手に喚く客どもを制し、ジネットが陽だまり亭のドアを開ける。
ドアを開けると同時に、懐かしい匂いがした。これは、俺にもはっきりと分かる、落ち着く匂いだ。
「……順番に入って、席に着くこと」
「お水も順番にお持ちするです!」
「ウーマロ、手伝えー!」
「呼び捨てにするなッス、ハム摩呂!」
「はむまろ?」
どやどやとなだれ込む客を、マグダとロレッタがうまく捌いていく。
仕込みなんかまったくしてないが、満員になるほどの入り数ではないので、まぁ、なんとかなるだろう。
「ではみなさん。改めまして」
ジネットの声に、従業員一同が横一列に整列し、客に向かって笑顔を向ける。
「「「陽だまり亭へようこそ!」」」
あぁ、懐かしき、いつもの風景。
いつもの、社畜店長のいる風景だ……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!