異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

54話 木こりギルドのお嬢様 -4-

公開日時: 2020年11月22日(日) 20:01
文字数:1,838

 ハビエルの館を出て、俺たちは四十二区へと戻ってきた。

 途中で休憩がてら弁当を食うことになったのだが、俺は一口も口にしなかった。食欲など湧いてこなかった。


 一度……たったの一度…………それであのわがままお嬢様を納得させることが出来なければ、陽だまり亭の立地条件は改善されない。

 物価が正常化され、今後飲食店の競争は激化していくだろう。

 ジネットのことだ、陽だまり亭の移転など納得しないに違いない。

 あの場所で、あの店で、俺たちは他の店とやり合わなければいけないのだ……


 くっそ…………目の前が真っ暗だ。


「もう、すっかり真っ暗だね」


 隣を歩くエステラの声に顔を上げると、本当に目の前が真っ暗だった。

 いつの間にか日が落ちていたらしい。

 木こりギルドに寄ったせいで、帰るのが随分と遅くなってしまった。

 当初は夕方には戻れるはずだったのだがな。


「おや? アレは……」


 四十二区に入り、間もなく中央広場に出るというところでナタリアが何かを見つけたようだ。

 前方を指さし目を凝らしている。

 そちらに視線を向けると…………


「あっ! ヤシロさ~ん!」


 ジネットがいた。

 小さなランタンを片手にぶら下げて、中央広場の前でこちらに手を振っている。


「ジネット。お前どうしたんだよ、こんなところで?」


 そばまで行くと、ジネットが駆け寄ってくる。

 そして、どこか嬉しそうな顔をして俺を見上げてくる。


「その……夕方には戻られるとおっしゃっていたのに、少し遅いなと思いまして……」

「それで、様子を見に来てくれたのか?」

「あ、あの……わたしは、あまり出歩いたことがありませんので、ここまでしか来られませんでしたけれど……」


 知らない場所に一人で行かれるよりずっとマシだ。


「随分と待たせたか?」

「いいえ。さっき着いたところですよ。このランタンが証拠です」


 ランタンを持っているということは、暗くなってから店を出たということだ……という主張らしい。


 あんまりこういう無茶なことはしてほしくはないのだが…………今は礼を言うべきだろう。


「ありがとうな、迎えに来てくれて」

「はい! みなさん、お疲れ様でした。どうでしたか? お話はうまくまとまりましたか?」

「それがね、ジネットちゃん」


 エステラが今日あったことをかいつまんで説明していく。

 話しながら、俺たちは中央広場へと入り、歩き続ける。


「そうですか。木こりギルドさんがそんなことを…………でも、下水が決まってよかったですよね」

「うん。それだけでも一安心だよ」


 ほっこりとした笑みを浮かべるジネットとエステラ。

 ……下水だけじゃダメなんだよ。

 木こりギルドが誘致できないと…………陽だまり亭……は……………………


「んぬぁぁぁああっ!?」

「きゃっ!?」

「なっ、ど、どうしたんだい、ヤシロ!?」


 俺は中央広場のど真ん中に佇む不気味な影に向かって全力で駆け寄った。


「あ、また……」


 ジネットも今気が付いたようなので、もしかしたらつい今し方置かれたのかもしれない。


 今朝撤去したばかりだというのに……大急ぎで作ってきやがったのだろうか…………そこには、俺の姿を模した等身大の蝋像が堂々と立っていた。


「これで三体目ですね」

「しょうがない。ナタリア、運ぶのを手伝ってあげて」

「かしこまりました。切り刻んで手分けをいたしましょう」

「……いや、それは…………見栄え的にも…………」


 ナタリアが恐ろしいことを言っているが、そんなことはどうでもいい。

 そう、どうでもいいのだ。



 俺は、この蝋像を見て………………閃いてしまったのだから。



 いける…………

 これは…………いけるぞっ!


「ふ…………ふふふふふ………………ふはははははははっ! いい! いいぞ! これはいい! 最高だ! いける! こいつがあれば、いけるったらいけるぞぉぉぉぉおおおおっ!」

「ヤ、ヤシロさん!?」

「ちょ、どうしたのさ、ヤシロ!?」


 俺の隣でわたわたするジネットとエステラも、うるさい俺を力技で黙らせようとそっとナイフを構えるナタリアも、今はもうどうでもいい! ……あ、いや、ナタリアは止めておこう。


 とにかく、勝機が見えた!

 神はまだ、俺を見放してはいなかった!

 いいとこあんじゃねぇか神よぉ!


「ジネット!」

「はいっ!」

「エステラ!」

「な、なにっ!?」

「ついでにナタリアも!」

「なんでしょう?」


 俺はその場にいる一同を見渡して、見え始めた勝機の尻尾をガッチリ掴むための指示を出す。


「犯人を捕まえる! この蝋像を作り、ここに設置したヤツを、何がなんでも捕まえるんだっ!」



 こうして、俺は謎の彫刻家捕獲作戦を開始したのだ。






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