異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

97話 何も言わなくても…… -1-

公開日時: 2021年1月2日(土) 20:01
文字数:3,497

 十二月十六日。地面をアイスピックでつつこうにも、地面が一切見えない銀世界。

 誰だ、こんな世界を構築しやがったのは……

 

「わは~! 雪の上を歩けるですよ~!」

「……沈まない」

 

 みんなで作ったかんじきを履き、ロレッタが大はしゃぎしている。マグダは一歩一歩確認するように雪の上を歩いている。

 

「すごいですね、ヤシロさん。雪に足が取られないなんて、魔法みたいです」

 

 ジネットが目をキラキラさせている。が、こんな古来よりの伝統が魔法呼ばわりされるとはな。北関東以北の人はビックリだろう。

 

「まるで、雲の上を歩いているようです」

 

 ぎゅぃっ、ぎゅぃっと、雪を踏みしめながら歩くジネット。心なしか、足取りが軽やかに見える。

 

「そりー!」

「ひくー!」

「笠地蔵のマネっ子やー!」

 

 弟たちが、食材を載せたソリを引いている。

 車輪で動く荷車は使えなくとも、ソリならいける。雪上の運搬に、これ以上の重宝する物があるだろうか。

 つか、笠地蔵の話、広まってんのか?

 

「……寒い。ヤシロ、抱っこ」

「雪の上でふざけんじゃねぇよ」

「……大真面目」

「…………もうちょい頑張ってくれ」

 

 俺はお前みたいに体力に自信があるタイプじゃないんでな。

 寒いのはとことん苦手なようで、マグダはずっと大人しい。多少はかんじきに興味を示してはいるが、はしゃぎ回るようなことはしない。弟たちは三人で協力してソリを引いてくれている。

 

「わっほ! わっほ! 雪、恐れるに足りずでぇ~っす!」

 

 ……なので、ロレッタ一人が大はしゃぎしているわけだ。

 

「お前も少しは手伝え!」

「わぶっ!?」

 

 拳大の雪玉がロレッタの顔面に命中する。

 ふむ。やっぱり俺の肩はまだまだ健在だな。さすが、ハンドボール投げクラス記録保持者だ。

 

「むゎっ! やったですね、お兄ちゃん!」

 

 ロレッタが瞳をキラリと輝かせて特大の雪玉を作り始める。

 が、俺の隣には「どんくさい」の代名詞、ジネットが歩いているのだ。俺がよければ確実にジネットが雪玉の餌食になる。

 

「……ジネットに当てたら朝ご飯抜きな」

「はぅっ!?」

 

 雪玉を取り落とすロレッタ。あぁ、無残……雪玉はパッカリと割れて小さな塊となり果てた。

 

「か、帰ったらリベンジです!」

「あぁ、帰ったらな」

 

 どうせ客も来ないんだ。雪合戦でもして遊ぶとしよう。

 

 畑の前に差しかかるも、当然モーマットは出てきていない。

 この雪じゃ、畑仕事も不可能だろうからな。

 

 俺は、畑に積もったまっさらな雪の上に飛び降り、足跡で『モーマットのバ~カ』と書いてやった。

 

「……もう、ヤシロさん」

 

 道へ戻ると、困り顔のジネットに諭された。

 まぁまぁ。これくらいの遊びはいいじゃないか。

 

「どうせ、俺が書いたってバレやしねぇよ」

「いや、たぶんソッコーでバレるですよ」

 

 自信たっぷりにロレッタが言う。なに、お前モーマットの生態に詳しいの? モーマット博士なの? 

 

 ふと見ると、マグダがロレッタにくっついている。

 耳がぺた~んと寝て、元気がない。

 

「マグダ」

「………………むぅ」

 

 返事も最小限だ。相当つらいらしい。

 

「教会に着いたら、いい物作ってやるから。もうちょい頑張れな」

「…………むぅ」

 

 ぺったりと寝てしまった耳を手で覆うように温めてやる。

 耳が冷たいのってつらいんだよなぁ。

 噛み合わせが痛くなってくるよな、耳が冷たいと。

 

「ヤシロさん。先ほど準備されていたのは、その『いい物』なんですか?」

「ん? あぁ。教会のガキどもも喜ぶと思うぞ」

 

 かんじきとソリ作りに時間を食われるかと思いきや、弟とロレッタののみ込みが早く、丸投げすることが出来た。

 なので、俺はあいた時間で『いい物』の準備に取りかかったのだ。

 もち米を蒸して、小豆を茹でた。

 

「あとはこれをもう一度煮込めば、お汁粉になる」

「おしるこ……というのは、スープなんですか?」

「スープ……と、言えばスープか」

 

 お汁粉のポジションってどこらへんなんだろうな?

 自動販売機に入ってるから『飲み物』と言えなくもないし、『スープ』と言われればそうかもしれないが……やはりどちらもしっくりこない。

 お汁粉は結局『お汁粉』なのだ。それ以上でも以下でもない。

 

 そういえば、昨日の川遊びにパーシーは大量の砂糖を持ってきてくれていた。……もしかしたら、これは賄賂なのかもしれない。……ネフェリーとうまくいくように仲を取り持てって感じの……ま、言われてないから知ったこっちゃないけどな。

 

 そんなわけで、お汁粉の準備は万端なのだ。

 餅は、ついている時間がなく、おはぎみたいに軽く潰しただけの簡単なものになったが……まぁ、美味さに違いはないだろう。

 

 これでマグダが元気になってくれればいいのだ……がっ!?

 

「マグダっ!?」

 

 突然マグダが雪の中に倒れ込んだ。

 前のめりで、バターンと。

 

「どうした? 限界か?」

 

 慌てて抱き起こすと、マグダは小刻みにぷるぷる震えていた。

 これは、まずいんじゃないのか!?

 

「……は、はな……」

「花?」

 

 マグダが震える声で言う。

 なんだ? 何が言いたいんだ?

 

「……鼻を、かぷって……してほしい」

「………………は?」

「………………して、ほしい……」

 

 鼻を、かぷ?

 

「……鼻を、かぷってすればいいのか?」

「………………そう」

「………………臭いぞ?」

「……平気」

 

 いや、歯磨き粉とかないしさ、一応口をゆすいだりはしてるけど…………え、マジで?

 

「…………ヤシロ……」

 

 いつもの無表情ながら、どこか弱々しい瞳で俺を見上げてくる。

 俺の服を掴む手に力が入る……が、いつものマグダからは想像も出来ないような弱々しさだ。

 

 こいつがしてほしいと言っているんだ。きっと、何か意味があるのだろう……

 何より、こんな状況でふざけるとも思えない…………

 

「分かった。じゃ、じゃあ……行くぞ」

「…………」

 

 すぅ……と、息が漏れただけだった。

 なんだか、今にも眠ってしまいそうだ……そのまま目を覚まさない感じの眠りに……

 

 嫌な想像に、一瞬背筋が冷える。

 鼻をかぷってすることになんの意味があるのかは分からない。分からないが……

 

「………………かぷ」

 

 俺は、そっとマグダの小さな鼻を噛んだ。

 ちょっと、キスするみたいでドキッとしたが、相手はマグダだ。間違って唇が触れても、子供だからセーフと言える。

 

 さぁ、鼻をかぷってしたぞ。……これで、どうなるんだ?

 

 ――と。

 

 ゾクゾクゾクッ! と、マグダの身体が振動した。

 水に濡れた後、犬が水しぶきを飛ばすような、人間には真似の出来ない、あの超高速振動だ。

 

 な、なんだ? 

 そんなに臭かったか、俺の口!?

 

「…………ママ」

「……え?」

 

 マグダがギュッと俺にしがみついてくる。

 俺の胸に顔を埋めて頭をこすりつけてくる。

 

 マグダの腕に、力が戻っている。

 

「…………にゃあ」

 

 小さく鳴いて、動きが止まる…………

 

「………………はぅっ」

 

 突然耳がピンと立ち、ぴるぴるぴるっと小刻みに震え、そしてまたピンッと立つ。

 耳は、俺の方を向いている。

 

「……マグダ?」

「……ちょっと………………待って」

 

 俺の胸に顔を押しつけ、なんだかもじもじと体をよじる。

 落ち着きなく、忙しなく、グリグリと頭をこすりつけてくる。

 

「…………ママ親に甘えるような真似を…………恥ずかしい……」

 

 どうやら、照れているようだ。

 ……で、ママ親って……

 

「…………マグダ、もう大人なのに」

「まだ未成年だからセーフだろ」

 

 どうやら、極度の寒さに精神の方が参っていたようだ。

 心細かったのかもしれない。

 鼻かぷをした後、マグダの腕にはしっかりとした力がこもっている。

 

 もしかしたら、マグダたちトラ人族にとっての鼻かぷとは、親が子にする愛情表現の一環なのかもしれない。で、そうされた子供は頭をこすりつけたり、柔らかいところを揉み揉みしたりするわけだ。今、マグダが俺にしているように。

 

「…………大人になれば、こんなことは……なくなる」

 

 どうも、マグダ的に今のこの甘えん坊モードは恥ずかしいらしい。

 普段から割と甘えてきているような気もするが……頭をこすりつけたり、俺の腹をぷにぷに揉んだりするのは初めてか。……なんか、止まらないっぽいな、これ。

 

「…………でも、今は未成年だから……」

「はいはい。そうだな」

「…………ヤシロだから」

「はいはい」

「………………ありがとう」

「ん」

 

 こいつは、もしかしたら雪に嫌な思い出でもあるのかもしれない。

 トラウマが蘇ると、急に意識を失ったり倒れたりすることがあるらしいしな。

 まぁ、追及するつもりはないが、気には留めておこう。

 

 で、こいつがおかしな行動を取っていたら、こうやって甘えさせてやろう。

 こいつにはきっと、そういうもんが絶対的に足りていないんだ。

 

 そうしていれば、こいつもいつかは……馬鹿笑いしたりするようになるのかね。ちょっと見てみたい気がするな、それは。

 

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