異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

219話 『宴』の準備5 -1-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:3,170

 マグダをリーダーに据え、ロレッタを参謀、保護者としてノーマを置いてきた。

 何気に、あのメンバーがいればそれなりに店が回ってしまうから驚きだ。

 もっとも、ジネットの下ごしらえがあってこそ、ではあるが。

 

「なんだか久しぶりですね、ヤシロさんと二人でこの辺りを歩くのは」

 

 ジネットが俺の隣で嬉しそうにしている。

 仕事がある時間にジネットを連れ出すのは、確かに久しぶりかもしれない。

 

「あ、見てくださいヤシロさん。今、小さなお魚がいましたよ」

 

 畑の横を流れる水路を指さして、ジネットがはしゃいでいる。

 水路の水は、今のところ安定して流れているようだ。ここだけ見ると、水不足が嘘のようだ。

 

「みなさ~ん! ご精が出ますね~!」

「でまくりー!」

「だしまくりー!」

「だしおしみー!」

 

 とか思っていると、ジネットがモーマットの畑を手伝っているハムっ子たちを見かけて手を振っている。

 見るものすべてが楽しいとでも言わんばかりのはしゃぎっぷりだ。

 それにしても、すっかり馴染んでるな、ハムっ子も。最初は外壁側の一部分限定だったはずが、今ではほぼどこの畑でもハムっ子を見かけるようになった。

 頼めば手伝ってくれるからな、あいつらは。おまけに、仕事熱心で技術もそこそこあり、何より一緒にいて楽しいとなれば、引っ張りだこにもなるだろう。

 ちゃんと金をもらっているのかねぇ。

 

「あ、ヤシロさん! あそこにつくしが!」

「道草食い過ぎだろ!?」

 

 全然前進できない。

 一歩進むごとに何かを発見してはそちらに吸い寄せられていく。

 もっと適度に連れ出さないといけないよなぁ、やっぱ。

 

「すみません。なんだか楽しくて」

「いや、楽しんでくれてる分には全然構わないんだが」

「ところで、ミリィさんのお店に行くのではなかったんですか? こっちだと方向が……」

 

 昨晩、一緒にミリィの店へ行こうと約束していたのだが、その前に寄っておきたいところがあった。

 

「先にデリアのところへ行かせてくれ」

「足漕ぎ水車ですね」

「あぁ。あっちは放置しておくと怪我人が出るかもしれないからな」

 

 どうせデリアは、「危険だから使用を控えよう」みたいなことは考えないだろうからな。

 どちらかと言えば、「叩けば直んじゃね?」という思考の持ち主だ。

 あいつが叩くと、大概のものは大破するんだがな。

 

 ぽかぽかと暖かい日差しが降り注ぐ中、のんびりとした足取りで川へと向かう。

 途中、何度も道草を食いながら、ジネットは終始楽しそうにしていた。

 弁当でも持っていれば、完全にピクニックだな、これは。

 

「~♪」

 

 不意にこぼれた懐かしい童謡を聞き止められ、ジネットにしつこくリクエストされた。

 こんな歳になって童謡を真面目に歌えるはずもなく、適当にはぐらかすも、ジネットは諦めず、結局、二人で童謡を歌いながら川を目指して歩くこととなってしまった。

 くっ……なんたる羞恥プレイ。

 教会のガキどもに教えてあげてくださいとか、言い出さなければいいいけどな。

 

 

 

 

 

 

 川辺に着くと、すぐにデリアを発見した。

 タイミングよく、足漕ぎ水車のところにいてくれた。移動が少なくて助かる。

 

「お~! ヤシロ~! 店長も~!」

 

 遠くから声を上げて手を振るデリア。

 足下には、何人かのガキが群がっている。まだまだ足漕ぎ水車は人気なようだ。

 まぁ、全盛期に比べると随分数が減ったけどな。

 

「足漕ぎ水車をしに来たのか? ちゃんと順番に並んでくれよ」

「並ぶか」

 

 なんで俺がガキに混じって「うはは~い」しなきゃならんのだ。

 

「デリアお姉ちゃん。私たち、あとでもいーよ?」

「おぉ、そうか? よかったな、ヤシロ。先にやっていいって」

「違う。そんな気遣いを求めてたわけじゃない」

 

 オーナー特権を振りかざして優先されたかったわけじゃないんだ、俺は。

 つか、こんな濡れるもん、誰が好き好んでやるか。

 

「なんか、ガタついてるんだって?」

「おぉ! 直しに来てくれたのか!?」

 

 それ以外にないだろう。

 遊びに来るわけないんだから。

 

「まぁ、直すというか、その前の診断だな」

 

 おそらく、水車を支える軸が摩耗してしまったのだろう。

 状態を見て、必要があればイメルダに新しい軸を発注することになる。

 軸以外に問題があるのなら、そちらを交換することになる。そうなら、ウーマロにも頼まないといけない。

 

「ウーマロに見てもらおうと思ったんだけどさぁ、あいつ人の話聞かないんだよなぁ。『目ぇ見て話を聞け!』って追い回してるうちに日が暮れてさぁ」

 

 まぁ、そりゃそうなるだろう。お前とウーマロじゃ。

 ウーマロはもはや病気だし、デリアは妥協を知らないし、ここまで相性の悪い二人もそうそういない。

 

「しょうがないから今朝オメロに伝言させたんだけど、『屋台の準備がある』とか言ってたらしくてな、今日は無理なんだって断られたんだとよ」

 

 まぁ、タイミングが悪いよな。

 それよりも気になるのは……

 

「で、任務に失敗したオメロは?」

「ん? あぁ、オメロなら今頃上流で…………って、どうでもいいだろう、そんなこと」

 

 沈んでるの!?

 洗われちゃったの!?

 

 深い意味はないんだろうが、そこで話を濁されるとすごく不安になるんだけど!?

 

「鯛に負けない、美味しい鮭を捕まえるって張り切ってらっしゃいましたよ」

 

 にこにことジネットがそんな補足を挟んでくる。

 いつ仕入れた情報だよ……つか、今捕まえても意味ねぇぞ。『宴』はまだ先だからな。

 

「あ、そうです! 鯛といえば」

 

 この話題に持っていきたかったからさっきの話をしたんじゃないかと思えるほど、ジネットの顔がわくわくと輝いている。

 自信作を自慢したいようだ。

 

「新しい料理が完成したんです。是非試食をしてみてください」

「おっ、いいのか? へぇ、新しい料理かぁ、楽しみだな」

「料理というよりも、おやつなんですが」

「ホントにいいのかっ!? やったぁー! 開けていいか!?」

 

 おやつと聞いてテンションが四倍くらい上がったな。

 まぁ、そういう反応をしてくれるだろうと思ったから持ってきたんだけどな。

 

「おぉ!? なんだこれ!?」

 

 ジネットから手渡された弁当箱を開けて、デリアの目がきらりんと輝く。

 中にはたい焼きがぎっしりと並んでいる。

 半分はミリィの分だ。

 

「なんか可愛いなぁ!」

 

 たい焼きを一つ手に取って、顔の前に掲げて眺める。

 うん。デリアも「可愛いから食べるのが可哀想」とは思わないようだ。

 ウサギさんリンゴとの違いは分からんが、たい焼きは販売しても大丈夫そうだな。

 

「この形は…………鮭だな!」

「鯛だよ!」

「いやでも、目とか鱗とかあるし」

 

 そんなもん、どんな魚にでもあるだろうが!

 

「えら蓋とか鮭そっくりじゃねぇか」

「もっと全体を見て!?」

 

 アゴとかしゃくれてないよね!?

 細長くもないよね!?

 

「これはたい焼きという名前なんですよ」

「たい焼き? 鮭焼きの方がよくないか?」

「鮭の要素がねぇんだよ、だから!」

「『やぁ、こんにちは。ぼく、鮭だよぉ』」

「誰のマネだ、それ!?」

 

 顔の前にたい焼きを持ってきて、腹話術のようにアフレコをする。

 一瞬、千葉方面の夢の国を思い出すような声だったな。

 

「とにかく、それは鮭じゃなくて鯛だ」

「なんだよぉ……絶対鮭の方がいいのに…………食べる気なくした」

「そう言わずに、お一つだけでも、是非」

 

 がくりと肩を落とすデリアを宥めつつ、ジネットがたい焼きを勧める。

 一尾手に取り、デリアの口元へと持っていく。

 

 脱力したまま、デリアは首を傾けてたい焼きを一口囓る。――瞬間。

 

「うまっ!? なんだこれ!? めっちゃ美味い!」

 

 いや、なんだこれって……たい焼きだっつってんだろうが。

 

「うわっ!? こっちも美味い! これも美味い!」

 

 手に持っていたたい焼きに齧りつき、弁当箱の中のたい焼きに齧りつき、いちいち声を上げるデリア。

 みんな同じ味だっつの。

 

「うはぁ~! あたい、これ好きだなぁ~!」

 

 意見、「くるーん!」ってひっくり返したな。

 意見が900度くらいひっくり返ったぞ。二回転半だ。

 

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