異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

64話 レンガ職人の親子 -1-

公開日時: 2020年12月2日(水) 20:01
文字数:2,006

「……ごめんなさいです。ちょっとばかり調子に乗っていたです。反省してるですから、レンガの上での正座やめてもいいですか?」


 俺は、ちょっとばかり調子に乗り過ぎたと言うロレッタを説教している。

 レンガの上に正座だ。

 何がちょっとだ。この無制限暴走娘め。


「でも、レンガ工房が潰れるのは可哀想です。それに、お祭りに出店してもらうことも出来なくなるです。お兄ちゃんも困るです」

「だからって、家族間のいざこざに首を突っ込んでいいことにはならんだろうが!」

「なんとかしてあげてほしいです」

「無茶言うな。他人が言ってどうこうなる問題じゃない」

「レンガがなくなれば、店長さんの花壇も作れなくなるです!」

「う…………」

「…………店長さん、あんなに楽しみにしてたですのに」

「………………」

「お花いっぱいで、お客さんに喜んでほしいって、キラキラした顔で言ってたですのに!」

「あぁっ! 分かったよ、うっせぇな!」

「それじゃあ!?」

「話聞くだけだからな!」

「さすがお兄ちゃんです! 話が分かるです!」


 ……こいつは、わざとやってんじゃないだろうな?

 ジネットを利用するなど、卑怯にもほどがある。

 だいたいあいつは、物凄く悲しいのに「平気です」とか言うからズルいんだ。

 そうでなければ、もう少しこう……慰めようもあるってのに、端っから慰める必要がないですみたいな態度を取るからこっちも手を打ちにくくてだな…………

 とにかく、ジネットを使うのは卑怯だ。

 ……今回だけだぞ、それで俺が動くのは。


「じゃあ、まずは各々の言い分を聞かせてもらおうか」

「では、お兄ちゃんはまずは親方さんの話から聞くです。若い方はあたしが先に話を聞くです」

「マンツーマンで話すのか?」

「そうです。その後で交代してそれぞれの話を精査するです」

「………………」

「どうしたです?」

「……イケメンと二人きりか………………危険だな」

「ほよ?」


 イケメンと二人きりになると、女子は不思議な毒にやられてイケメン至上主義病を発症してしまうことがあるのだ。

 どんなに偏った思想であっても、「イケメンさんが言うなら、そうに違いない!」という短絡的な思考にさせられる恐ろしい病なのだ。


「心配してるですか?」

「いや、別に、心配とかじゃないんだが……」

「おにぃ~ちゃんっ!」

「ぅおいっ!?」


 何を思ったのか、唐突にロレッタが俺に抱きついてきた。

 こいつがここまで露骨に甘えてくるのは初めてだ。ボディタッチが多いヤツだとは思っていたが……


「ど、どうしたんだよ、急に!?」

「もうもうもうっ! お兄ちゃん可愛いです!」

「はぁ!?」

「心配しなくても、あたしは、男の人の中ではお兄ちゃんが一番好きですよ」

「は、はぁっ!? お前、何言って……!?」

「取られちゃったりしないですよぉ~!」

「誰がそんな心配してるかっ!」


 俺はただ、ロレッタが深刻な病に侵されてしまったら傍迷惑だなとか、そういうことをだな……ただでさえロレッタは厄介な『気になったら首を突っ込みたくなる病』を患っているというのに……俺の手に負えなくなるから、そういうところを心配してるんだよ!

 ………………えぇいっ! ニヤニヤしながら顔をグリグリ押しつけるな!


「あぁ……マグダっちょの気持ちが分かるですぅ……」


 どんな気持ちだ。


「むふっ! なんかやる気が出たです!」

「……俺はちょっと疲れちゃったけどな」

「それでは、元気よく事情聴取するです! お兄ちゃんはオッサンを頼むです!」


 なんだか妙にやる気が出てきたロレッタが、つやつやした顔で言う。

 じゃあ、まぁ、オッサンの話を聞くとするか。


「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「…………オッサンに取られるのは、嫌ですよ?」

「誰が取られるか! さっさと行ってこい!」

「はいです! では、後ほどです!」


 ピシッと敬礼をして、ロレッタが作業場へと駆けていった。


「じゃ、俺は竈場の方だな」


 オッサンとイケメンにはそれぞれ作業場と竈場に待機してもらっている。

 イケメンのいる作業場は粘土をこねてレンガを成形する場所で、オッサンのいる竈場は成形したレンガを焼く竃のある場所だ。


 俺は竈場へと足を踏み入れる。

 大きさは公民館の会議室くらいか……思っていたよりも手狭な印象を受けた。

 周りには焼いた後のレンガや、レンガを焼くために使うのであろうよく分からない道具が置かれている。


「おぅ、よく来てくれたな。まぁ、座ってくれ」


 竃の前の低いレンガ塀を指し示される。

 スネくらいの高さで、そこに腰を下ろすと、竃の中を覗き込みやすくなるであろう低さだった。


 そんな低いレンガの上に、俺とオッサンは差し向かいで座る。

 ……何この光景。シュール。


「俺は、ボジェク・オイラー。見ての通りのレンガ職人だ」


 ボジェクと名乗ったオッサンは、顔に刻み込まれたシワを深くして笑みを零す。

 朴訥だが人のよさそうなオッサンだ。

 それがあんなに怒鳴るなんて、よほどのことがあったのだろう。


 俺は名を名乗り、今日ここに来た理由を手短に話した。


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