「というわけで! 絶対に成功させなければいけないのだ! 分かるなセロン!?」
「は、はい! …………『というわけで』と、いうのは……どういうわけなのでしょうか?」
細かいことは気にするな。
お前らはただ俺のために素晴らしい結婚式を見せてくれればいい。
「準備は俺たちでやるとして……セロン、お前は自分たちのことをきちんと済ませておけ」
「自分たちのこと……と言いますと?」
「分かりましたよ、英雄様!」
よく分からない風なセロンに代わり、ウェンディが元気よく手を上げる。
よし、じゃあウェンディ君。答えてみたまえ。
「それまでに、もっとも~っと愛を深めておけということですねっ!」
「爆ぜろっ!」
「なんで僕にっ!?」
ウェンディの幸せオーラがあまりに眩しかったので、思わずセロンの脇腹にグーを叩き込んでしまった。
『なんで僕に』?
阿呆! ウェンディを殴れないからに決まってるだろうが!
男への制裁は鉄拳! 女へはパイ揉み! ないし、お尻ぺんぺん!
が、相手のいる女性には遠慮しちゃうので、男の方に罪を着てもらう!
「ボジェクのアホはどうでもいいとして……」
「あの、英雄様……脇腹の痛みに耐えてあえて申し上げますが……ウチの父をアホ呼ばわりは……」
「間違っているか?」
「いえ。微塵も。ですが、最近は丸くなりましたので、どうか穏便に……」
脇腹を押さえるセロン。脂汗を浮かべる姿もイケメンだな。
『脇も抉れるいい男』ってのは、こういうことを言うんだろうな…………うん、そんな言葉ねぇけど。
「セロンの親じゃなくて、ウェンディの親に挨拶に行っておけよ」
と、俺が至極まっとうな発言をした直後――
バチィッ!
――ウェンディがスパークした。
「何事っ!?」
「……あ。申し訳ありません」
当のウェンディは、たった今自分の身に起こった現象に戸惑うような素振りを見せつつも、少し居心地の悪そうな表情を見せる。
……え、俺、地雷、踏んだ?
「あ、あのですね。私の家族は……その……遠いところにおりますので、わざわざ挨拶に行くほどのことでも……」
なるほど。
セロンの言っていた通りだな。
「なんだ、ウェンディ。家族のことが嫌いなのか」
『仲が悪い』という表現はあえて避けた。『仲が悪い』だと、『そうですね、あまりよくはないですね』と逃げられてしまうからだ。
「い、いえ……嫌い……では、ないのですが……」
そう取り繕うように言う間も、ウェンディの体は微か~に発光していた。
蓄光塗料くらいの淡い光だ。
「なら、是非両親にも結婚式に出……」
言いかけたところで、またしてもウェンディがバチバチッとスパークする。
…………もしかして、キレてる?
穏やかな心を持ちながら、激しい怒りで目覚め始めてる?
「今回の結婚式は、四十二区の新しい文化を広めるためのデモンストレーションという側面もあるんだ。利用するみたいで悪いが、その代わり素晴らしい式典を領主の金で開いてやる」
「えっ、ボクの!? ……まぁ、いいけど。それで、四十二区で結婚式をしようって人が増えてくれれば、経済効果も望めるだろうし……」
「は、はい。デモンストレーションというものに関しては、私は全然気にしません。というか、英雄様や領主様が私たちのために式典をしてくださるだけで幸せで……」
恐縮する、ウェンディ。
怒っている素振りは見えない。
だが……
「だからな。どこから見ても完璧に幸せであるとアピールするためには、両家の家族が勢揃いして……」
バリバリバリッ!
ウェンディの体が激しく輝き、髪の毛がブワッと逆立つ。
ウェンディ……お前、やっぱりアレなの? クリリンのことなの?
「ウ、ウェンディ! 落ち着いて!」
「はっ!? も、申し訳ありません! ……私ってば」
セロンがウェンディの肩を揺すると、ウェンディはハッとした表情を見せ、同時にスパークは収まる。
……えっと…………無意識、なのか?
ちょっと、試してみるか。
「ウェンディ」
「はい」
俺の呼びかけに素直に答えるウェンディ。
怒りの表情は見て取れない。
さて……
「両親」
バチィッ!
「セロン」
にこにこ。
「俺」
ぺこり。
「ジネット」
にっこり。
「抉れちゃん」
「コラッ!」
エステラの余計な介入を挟んで、もう一度……
「母親」
バチバチッ!
「父親」
バチィッ!
「パパ、ママ、オヤジ、お袋、ダディーマミー!」
バリバリバリバリッ!
ウェンディの体が眩く明滅し、全身を覆うように火花が飛び散る。
……これは、想像以上に重症かもしれんな。
「あ、あのっ! 違うんです! 決して家族のことが嫌いとか疎ましいとかいい加減黙ればいいのにとかいつまでも古臭い概念に縛られてしょーもないとか、そんなことを思っているわけではないんですっ!」
「ウェンディ……実家に帰ると、結構口論するタイプだろう?」
「どうしてご存じなんですかっ!?」
なんだろう……この夫婦(予定)、分かりやす過ぎるぞ。
「けど、憎いわけではないんだろ?」
「それは…………はい。やはり、家族……ですから」
そう言って、寂しげな表情を見せるウェンディ。が、その額にはくっきりと青筋が浮かんでいた…………あれぇ?
「え、恨みとか、ある?」
「恨んではいませんよ」(眉間、ピクピク……)
んん~? ちょ~っとよく分かんなくなってきたぞぉ?
「も、ももも、申し訳ありません! ど、どうも、実家の話をされますと、私、情緒が不安定に……っ!」
「うん……なんか、ちょっと深刻な感じだね……」
なんだろうこの拒否反応……意外と根深いのか?
「あの……折角、式をしてくださるのに……もし、私の家族が失礼なことをしたら……」
ウェンディの表情が曇る。
そして、どこか諦めたような顔を俺に向ける。
「やはり、私の家族は呼ばない方が……」
「そうか」
なので、あっさりと引き下がってみる。
「ま、ウェンディが嫌だって言うならしょうがないな」
「ぁ…………はい。申し訳ありません、……お気遣いいただいたのに……」
「じゃあセロン。ウェンディの家族には内緒で、こっそり結婚するか」
「こっそり……」
セロンの眉間にしわが寄る。
それを見て……ウェンディは胸を押さえた。張り裂けそうになるのをこらえるように。
「その表情が、答えなんじゃないのか?」
つらそうな顔をする二人に、俺は言う。
「本当は分かり合いたい……そして、セロンにそんな顔をさせたくない…………それが、お前の本心だろう。ウェンディ」
「…………」
ウェンディは答えない。
「セロンもな」
ウェンディに、こんな顔をさせたくないと思っているのは、セロンも同じなのだ。
だからこそ、俺を頼ってきたのだ。
今なら分かる。
セロンはウェンディの気持ちを薄々気付いていた。だが、自分では踏み込むことが出来ずにいた。ウェンディを傷付けてしまうのではないかと、不安になって。
そこですがったのが俺ってわけだ。
……あんま期待されても困るんだが…………まぁ、今回だけは特別にな。
「今のお前たちの表情は、これから結婚しようっていう、前途洋々なカップルのしていい顔じゃねぇよ」
しっかりしろよ。と、セロンの背中を力いっぱい張り倒す。
「痛っ……」
セロンが苦痛に顔を歪めるが、すぐに表情を整え、まっすぐウェンディを見つめる。
「これは、僕のわがままかもしれない。けれど……」
そっと、ウェンディの肩に手を載せる。
両腕を左右それぞれの肩に載せ、真正面から見つめ合う格好になり、セロンはウェンディに語りかける。
「ウェンディには、世界で一番幸せなお嫁さんになってほしい。ほんの少しのわだかまりもないほど、完璧な」
「……セロン」
ウェンディの瞳が細かく震える。
「でも…………英雄様たちに、ご迷惑をおかけするかも……ううん、きっとそうなる…………そうなったら、私……」
「アホか」
俺に迷惑がかかると言われてしまうと、セロンとしては「気にすんな、そんなもん!」とは言えないだろう。だから、これは俺がはっきりと言ってやらなきゃいかんことだ。
「そもそも、この街で俺に迷惑をかけてないヤツが一人でもいるかっての」
今さら、迷惑の一つや二つなんだってんだ。
そんな気持ちで胸を張る。
今にも泣きそうなウェンディに、感動でもしているように俺を見つめるセロン。
その向こうで、ジネットが嬉しそうに微笑んでいた。
「ついでに言うと、ヤシロに迷惑をかけられていない領民もいないけどね」
「うっさいな。いいところで話の腰を折るなよ」
してやったりな顔をするエステラにクレームを入れておく。
だが、それがいい援護射撃になったのか、ウェンディはくすりと笑い……目尻の涙を指で拭った。
「英雄様、領主様。並びに、みなさん。そして……セロン」
ウェンディはセロンの手をそっと下ろして、背筋をすっと伸ばす。
そして俺たちに向かってゆっくりと頭を下げた。
「よろしく、お願いいたします」
はっきり言ってしまえば、お節介なことこの上ない。
だが、予感がするんだ。
今回の結婚式は、四十二区の価値観を大きく変える有意義なものになる。ってな。
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