会場が出来れば、次に必要になるのは食材と調理器具だ。
「アッスント。三日後に必要な物をすべてここへ集めてくれ」
「やはり、私が自ら赴いて正解でしたね。近隣を巻き込んで、確実にご用意致しましょう」
「ジネット。必要な物をアッスントに教えてやってくれるか? ラーメンと餃子とケーキ、たこ焼きの鉄板はこの後ノーマに言うから除外で、それ以外でたこ焼きに必要な物を」
「はい。えっと、かなりの量になりますが、アッスントさん、大丈夫ですか?」
「もちろんです。ただ、自前の方が使いやすそうなものはピックアップして今のうちに領主様にお伝えしましょう」
「そうですね。各区の料理人たちに伝えてもらって持参してもらった方がいいですね」
これで舞台と大道具、小道具は揃う。
「エステラ。下水工事の契約をオルフェンと済ませてくれ。金はテーマパークの建設費からもらえばいい」
「うん。ちょっと順番を抜かすことになるから二十五区の領主とも話を付けてくるよ」
どうやら、この後トルベック工務店の手が空いたら二十五区の下水工事を行う予定だったようだ。
二十五区か…………うん、名前も覚えてない領主のところだし大丈夫!
文句が出たらドニスに抑え付けてもらえば問題は起こらない。
「リカルド。宿の利用状況はどうなってる?」
「ん? 最近は満室になることも増えてきてるぞ。素敵やんアベニューが完成したからな。最近じゃ四十二区街門を目当てに集まってくる客より、素敵やんアベニュー目当ての客の方が多いくらいだ」
「んじゃあ、講習会に来る料理人を宿泊されることは難しいか」
「ん~……厳しいだろうな。十数人ならなんとか出来ると思うが」
宿不足か。
そもそも、外周区は観光客を呼び込もうなんて発想自体が根付いていないから、宿が少ないんだよなぁ。
「講習会場に仮眠室でも作ってもらうか」
「領主数人であれば、領内の貴族の館で引き受けられると思うぞ」
ゲラーシーが話に割って入ってくる。
「二十九区に貴族なんかいるのか?」
「いるわ! 領主一族がどうしようもないくらいに腐敗した際は、領内の貴族に領主の座を明け渡せるように、大抵の区には有力な貴族が数家存在している」
四十二区にはいなかったけどな。
最近になって、イメルダが引っ越してきたくらいだ。
それでも分家というか別宅みたいな扱いで、四十区の貴族という立場になるらしい。
「じゃあ、三十区にも貴族はいたんだな?」
「あぁ。もっとも、とっくにウィシャートに吸収され、すべての貴族がウィシャート家と言っても過言じゃなかったがな」
ゲラーシーが言うには、ウィシャートを監視、または補佐する立場の貴族がいくつもいたはずだが、その貴族たちはすっかりウィシャートに浸食されていたらしい。
そういえば、ウィシャートは本家じゃない人間の中から優秀な者を側近にしてたんだっけな。
まったく機能してないじゃねぇか、監視体制。
「まぁ、必ずしも必要というわけではないから、新生三十区に無理やり招き入れる必要はないだろう。放っておけば王族の許可を得た貴族が勝手に住みつく」
「勝手にやって来て居座られるのは面倒だな」
「嫌なら許可を出さなければいい。王族は貴族の移住に許可を出すだけで命令じゃないからな。正当な理由があれば真正面から突っぱねることが出来る」
侵略の意思がありありの貴族を追い払うことは可能なのか。
「だが、少しは貴族を抱えておいた方がいい時もある。……まぁ、四十二区にはあまり向かない話になるが」
後継者争いや他区間で勢力争いが起こった際、後ろ盾がいると有利に事を運ぶことが出来る。
そのために、金と発言権を持つ貴族を多く抱えておくことは有利になる。
確かに、エステラには関係がない話だな。
他区が四十二区に攻めてきたら全力で潰すし、庇護を乞うために他区へすり寄る予定もない。
後継者争いも、エステラの息子や娘なら起こりそうな気がしない。
エステラの子は、きっとエステラっぽいだろうからな。
「それに、未来の四十二区は、最も乳の大きい者が継ぐって決まってるからな」
「決めてないよ、そんなこと!」
向こうでオルフェンと契約を交わしている最中のエステラが顔だけこちらへ向けて口を挟んでくる。
「そんなヤツが生まれるのか、あの血統から?」
「やかましいよ、リカルド!」
「そのような基準では男児が不利ではないか……いや、待てよ。一概には……」
「今考えたことを口に出してみなよ、ゲラーシー!」
エステラが元気だ。
いつの間にかゲラーシーにも同じ勢いでツッコミを入れるようになっている。
「オオバ君。宿が必要なのかい?」
エステラが面白く騒いでいるところへ、デミリーが割って入ってくる。
「二日にかけてやりたいんだよ。教えるだけじゃきっと不十分だし、時間が足りない。初日に教えて、翌日の下準備を済ませ、二日目にそれぞれの料理人に実際作ってもらって、それで注意やアドバイスをしたいと思っている」
「なるほど。それなら、かなり技術を吸収できそうだね」
「しかしヤシぴっぴよ」
ドニスが話に入ってくる。
「聞けば聞くほど、そなたらの持ち出しが大き過ぎると感じる。利益の分配が不平等に感じられる」
「たぶんエステラは、お前らに感謝してると思うんだ」
港の誕生や、それに伴うトラブル。
ウィシャートとの対決や、『湿地帯の大病』を含むバオクリエアとのアレコレ。
そして、今現在四十二区からの呼びかけで行われる大きな事業。
四十二区から発信する新しい料理やブーム。
四十二区が中心、または先頭に立った出来事が立て続けに起こり、その過程で『BU』と外周区のほぼすべての領主がこうして集まってくれる。
ほんの一年前までは、他区の領主に会うというだけで胃を痛めるくらい緊張して青い顔をしていたエステラが、今ではこれだけ大勢の領主を呼びつけている。
まぁ、呼びつけてるのは俺だけど。
「ここらで大きく還元しておかないと、小心者のエステラは胃を溶かしきっちまうかもしれないだろ」
「ふふふ。エステラは、よくも悪くも普通の女の子だからね」
「しかし、それは本音ではなかろう?」
笑顔ながらも、デミリーもドニスも誤魔化されまいと俺を見ている。
……ったく。なんでもかんでも教えてもらえると思うなっつの。
「もし、俺が明日――事故や病気、暗殺によって死んだら、四十二区はどうなると思う?」
「む……?」
ドニスが目を丸くして言葉を詰まらせる。
「四十二区内はいい感じにまとまってきている。きっと、俺がいなくなっても、四十二区の連中は一丸となって領主であるエステラを支えるだろう。だが、四十二区は長らく最貧区、最下層と言われていた区だ。外からの攻撃にあまりに弱く、脆い」
四十二区が一丸となったところで、ウィシャートや『BU』なんて外敵に狙われたら、対抗は出来なかっただろう。
「だが、今ならルシアやお前らがエステラを助けてくれる」
そして、三日後に迫る講習会に向け、領主同士で情報交換を行っている領主たちを見つめる。
「今度の計画がうまくいけば、三十一区は立ち直れる。それと比例するように各区に利益が流れ込んでいく」
四十二区と組めば、今までなかった利益が生み出される。そんな認識が根付けば、四十二区と敵対する区は出ないし、想定外の外敵に狙われた時もきっと守ってくれる。
「何より、お前らのようにエステラに好感を持つ者が増えれば、四十二区の守りは頑強になる」
四十二区はよくも悪くも目立ち過ぎた。
今、四十二区は一番狙われやすい立ち位置にいる。
「今の状況じゃ、俺はおちおち死ぬことも出来ない」
もちろん、死ぬ気などないが、人間はいつ死ぬか分からない。
今日眠って、明日の朝目覚められるという保証はどこにもないのだ。
現に俺は一度、なんてことはない普通の日に命を落としている。
けったいな魔草に寄生されて記憶を失いかけたこともあった。
あれも突然だった。
記憶を失うというのは、ある種別人になるのと同義だ。
俺が俺でなくなれば、四十二区をうまく守れるとは限らない。
「四十二区が得る利益は金じゃない。安全だ。平穏と言い換えることも出来るか」
もし明日、俺がいなくなったとしたら、きっとメドラにハビエルにマーシャ、ルシアにリカルドにデミリーにドニス、そしてマーゥルなんて心強い連中がエステラを守ってくれる。
エステラが守られ、四十二区の平穏が保たれるなら――
きっと陽だまり亭も守られる。
あの店はあの場所になければいけない。
今も、これからも。何十年先も。
アッスントから蒸し餃子に関して質問を受けているジネットを見る。
とても楽しそうに料理の工程を話している。
俺がいなくなっても、もう以前のように困窮することはないだろう。
「オオバ君」
デミリーが俺を呼ぶ。
『ぽぃん』から『つるん』へ視線を移す。
「一つアドバイスをするとね、大きな利益よりも、こうやって君の素直な気持ちを聞かせてもらえる方が、四十二区に対する好感度は上がると思うよ」
したり顔で言うデミリーの隣で、ドニスが頷いている。揃って嬉しそうな顔をしやがって。
リカルドとゲラーシーまでにやついてやがる。
「ばーか。出し惜しみするから価値が出るんだっつーの」
にやけるオッサンどもから顔を背けると、「ふふふ」っと、癪に障るような笑い声が聞こえた。
……うっせぇわ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!