「ヤシロー! クリームパン美味いぞー!」
「おー! 食い過ぎるなよ、デリア」
「あぁ!」
「ヤシロさん。今日のメロンパンもさくさくで美味しいです」
「ベルティーナはホントメロンパン好きだよな」
「さくさくのもはもはですから」
「食い過ぎるなよ」
「はい。まだ五厘目です」
そうか、一分目にも達してないのか……八分目までは遠いなぁ。
「あっ、ヤシロ~!」
「よぅ、ネフェリー。食ってるか?」
「うん。それより、モリーちゃん見なかった? さっき会場で見かけたんだけど……」
「あぁ、たぶんパーシーと一緒なんじゃないか?」
「パーシー君と? なんでだろう?」
「仕事だよ。ちょっと頼んでおいたものがあってな」
「お仕事……で、なんでパーシー君と一緒なんだろ?」
おーい、パーシー。
お前、仕事してないと思われてるぞー。
まぁ、実際モリーだけいてくれりゃ問題ないんだけどな。
「ぁ、てんとうむしさん!」
「よぅ。ミリィもメロンパンか」
「ぅん。さっきしすたーと一緒に並んだの」
「今度メロンパンの髪飾り作ってやろうか? 大きいの」
「もぅ、みりぃ、そんな食いしん坊じゃないょぅ」
ぽふっと、俺の腕を叩くミリィ。
ミリィがさり気ないボディータッチを!?
ど、どこでそんな高等女子テクニックを!? まさか、合コンとか行ってないよね!?
行っちゃダメだぞ、ミリィは、そんな爛れた空間に!
「ミリィさん、ジャムパンが空きましたよ」
「ぁ、しすたー。でもみりぃ、まだメロンパン食べてるから、ぁとにします、ね」
「では、お先にいただいてきます」
と、クリームパンを握りしめてアンパンをもぐもぐしながら歩いていくベルティーナ。
いつの間にハシゴしてたんだよ……さっきメロンパン食ってたと思ったところなのに。
「あいつだけファストパス持ってんじゃねぇの?」
「ふぁすとぱす?」
「優先券みたいなもんだ。気にするな」
用意してないんだからファストパスなんかがあるわけないんだし。
「あ、シスター。よければお先にどうぞ」
「あら、よろしいんですか?」
「気にしないでくださいよシスター」
「そうですよ、シスターにはいつもお世話になっていますから」
「さぁ、お先にどうぞ」
「二つじゃ足りませんものね、さぁ、お早く」
「お腹空いちゃいますもんね」
「みなさん、ありがとうございます。では、ご厚意に感謝して――みなさんに精霊神様の加護がありますことを」
なんか、チート技使ってないか、あいつ!?
ベルティーナの食いしん坊もすっかり有名となり、街の人間も協力的だ。
「パン二個なんて、シスターが餓死しちゃう!」みたいな危機感があるのかもしれないが……もうすでにメロンパンを平らげているので二個じゃないんだけどな。
「しすたー、すごぃ。人徳、だね」
「人徳、なのかねぇ……」
ミリィがキラキラした目でベルティーナを見ているが、果たしてそれは尊敬していいものなのだろうか。
まぁ、ベルティーナが好かれているから譲ってもらえてるんだろうとは思うけどな。
あれは、同情なんじゃ?
嬉しそうにもらったジャムパンに齧りつく姿からは、もう筋肉痛の影は見えない。
完全復活だな。
「ヤシロ。パウラや店長たちは来てないんかぃね?」
餌付けされるベルティーナを眺めていると、ノーマがやって来た。
人でごった返す会場をきょろきょろと見渡している。
「みんな自分の店にいると思うぞ」
「カンタルチカと陽だまり亭にかい?」
「あぁ。ちょっと頼みごとをしておいたからな」
みんなパン祭りを楽しみにしていたから、ちょっとは嫌がられるかと思ったんだが……仕掛ける側になることの方が楽しいみたいで快く了承してくれた。
特にパウラは意気込んでいた。
こういう時は、大抵陽だまり亭だけで準備して行動するからな。先陣を切ってサプライズが出来ることを大いに喜んでいた。
「パウラは隠し玉なんだよ」
「店長たちは?」
「秘密兵器だ」
俺がわざわざパンのレシピを無償提供したのは、なにも人助けのためだけではない。
というか、人助けなんか、この俺がするわけないだろうが!
すべては俺の利益のためだ!
まぁ、ついでに儲けられるヤツは儲けておけばいいんじゃねぇの。
こっちの邪魔さえしなけりゃ、どこで誰が儲けようが俺はとやかく言うつもりはない。
経済が回っている方が、詐欺師は活動がしやすいからな。
「何を企んでいるのか知らないけどさ……アタシにも声をかけてほしかったさね……」
ふくれっ面で俺の肩を突っつくノーマ。
いや、ほら。お前には運動会の翌日の朝食ですげぇ世話になっちまったし、あんま頼り過ぎるのも悪いかなぁって。
「……今回は部外者なんさね…………部外者」
なんでそんな拗ねてんの!?
いや、頼みごとし過ぎるのもちょっとどうかって思っただけで……あぁ、もう! 今度はちゃんと声かけるから! 膨れるな!
「ヤシロさん!」
人混みの中でもはっきりそれと分かる、張りのある声が聞こえた。
「よぅ、イメルダ」
「見てくださいまし! 『メロンパンとワタクシ』ですわ!」
メロンパンを空へ掲げ、ズビシィ! ――とポーズを取るイメルダ。
うん。見る価値がないので目を逸らしておこう。
「ちょっと! 見てくださいましな!」
「遊んでないでさっさと食えよ」
「食べていますわよ、十分に。それにしてもすごい盛況ですわね」
「まぁ、タダだしな」
「確かに、タダでいろんな味を試せるのは嬉しいさね。売り出されるって言ったって、一つ50Rbじゃ、そうたくさんは買えないからねぇ」
ノーマが少しだけ難しそうな顔をする。
今回の新しいパンは、従来のパンを基準に値段設定されている。
柔らかい丸パンが30Rb、バターロールが35Rb、菓子パンは一個50Rbだ。
食パンは一斤で60Rb。半斤で30Rbとなっている。
高くて買えないというほどではないが、一般的な家庭ではそうそう毎日買い食いできるような物でもない。
毎食後に500円のデザートを買うかっていうと、ちょっと躊躇うだろう。
もしくは、菓子パン一個で一食とするかと言われると、これもまたちょっと悩む。
そんな価格設定だ。
硬い黒パンが20Rbだったので、それよりも高くはなっている。だが、かつての高級品白パンが70Rbだったことを考えると、求めやすい値段であると言えるかもしれない。
それもこれも、中央区付近で販売される『高級パン』のおかげだ。
作り方はほぼ一緒。
ただし使う材料が異なる。
使う小麦粉は、貴族御用達の超一流の小麦粉を使用し、使う砂糖は当然貴族砂糖。そして、クリームパンに使用する牛乳や、ジャムパンの苺、アンパンの小豆なんかも、すべて貴族御用達の高級食材を使用して作られる。
そのためお値段もちょこ~っとお高めに設定されている。
聞いて驚け。
中央区で売られる高級メロンパンのお値段は、ずばり、1000Rbもするのだ!
メロンパンよ。お前、いつの間にマスクメロンに肩を並べる存在になったんだ?
ベルティーナの伝手で試食した(考案者への味の確認ということで送られてきたらしい)のだが、味はそこまで変わらない。しいて言えば、小麦の香りが芳醇だなぁ~というくらいか。
けれども、貴族とはその特別性と価格に価値を見出すものだ。
高価で希少なものであれば、それはそれは至高の美味と思い込んでくれる。
それこそ、貧民たちが食べている『貧民パン(貴族の間での蔑称)』などとは比べ物にならない美味しさなのだ――と、しっかりと思い込んでくれているようだ。
外周区でも似たようなパンが発売されていることは教会から発表されて王族や崇高な貴族様(笑)たちもご存じなのだそうだが――
「あんな安物で幸せに浸れるのだから、幸せよねぇ庶民は」
「まがい物で貴族のマネごとをしたいのでしょう、可愛いものじゃないですか」
「本物を知らないって、不幸ですわねぇ」
「いえいえ、本物を知らないからこそ幸せなのですわ、あのモノたちは」
「まぁ。それもそうですわねぇ、おほほほ」
――ってな具合で、勝手に哀れんでくれてこちらに攻撃をしてくることはなさそうだ。
むしろ、「本物を知っているワタクシ」に浸りたいらしく、貴族の奥様方は進んで値段の張る物ばかりを買い求めているとか。
おかげさまで、新しいパンは中央区でも飛ぶように売れまくっているのだとか。
原価はやはり異なるが、利率で言えば『貴族パン』の方が高い。つまり、貴族パンが売れれば教会は大儲けが出来てうはうはなのだ。
これで、外周区でパンの売り上げが多少落ちても文句は言われないだろう。
「しかし、気になりますわね」
掲げていたメロンパンに齧りつきながら、イメルダがパンの露店を眺めて呟く。
「菓子パンの人気は凄まじいものがあるのですが……」
と、イメルダが視線を向けた先にはあまり人が集まっていない丸パン、食パンの露店が。
バターロールは、甘過ぎる菓子パンを避ける大人たちにそこそこの人気を博しているようだが、主食となる丸パンと食パンの人気はイマイチだ。
「以前のパンと比べると、柔らかいし小麦の香りと甘みがしっかりして確かに美味しんだけどねぇ……やっぱり、菓子パンと比べちまうと見劣りしちまうんさよねぇ」
ノーマの意見がこの会場にいるすべての領民の総意といって、まず間違いないだろう。
もし、今回誕生したのが丸パンのみであれば、人々はその丸パンの柔らかさと甘さに感激し、長蛇の列をなして買い求めただろう。
だが、今回は菓子パンがある。
子供はもちろん、スイーツ大好きマダムたちも、ついつい菓子パンに夢中になってしまっている。
あぁ、なんてことだ、俺の失策だ、大失敗だー……と、思った?
だからこそ、隠し玉を用意しておいたんじゃないか。
貴族どもがまだ知らないパンの美味しい食べ方。
この情報もくれてやれば、こっちの新しい商売に口出しもしてこなくなるだろう。
「ってわけで、あの余っている丸パンと食パンを美味しくいただく秘密レシピを投入する。――パウラ!」
「ま~かせてっ!」
俺の合図に、火の点いた松明を片手に掲げてパウラが答える。
ホットな火を持ったイヌ人族のパウラ。
うん、別にダジャレじゃない。ダジャレではないが、俺が今から作ろうとしているのはまさにそれだ。
ちなみに、マグダには食パンとピーマンとベーコン、トマトソースとチーズを使った料理を、ロレッタにはハムとチーズと卵とレタスと食パンを使った料理を教えてある。
さぁ、『遅咲き、春のパン祭り』第二部の開幕だ。
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