四十区でハビエルに大型の馬車を借り、俺たちは三十五区を目指していた。
「うぅ……なんだか、頭が寂しいです……」
ジネットが自身の頭頂部を押さえてしょげている。
別に薄くなったわけではない。
この馬車に乗り換える直前まで頭につけていたラベンダーの疑似触角が萎れてしまったために取り外したのだ。
さっきまでそこにあったものがなくなって、なんとなく寂しい気分になっているのだろう。
「ミリィがドライフラワーにしてくれるっていうんだから、そうしょげるなよ」
「それはそうなんですが……」
「あのまま枯らせちまうよりいいだろ?」
萎れたラベンダーを見て、ミリィが申し出てくれたのだ。
ドライフラワーにして、後日陽だまり亭へ持ってきてくれるらしい。
「……はい。そうですね」
少し考えた後、ジネットは寂しそうながらもしっかりと笑みを浮かべた。
「少し寂しいですけど、先に楽しみが出来たと思えば耐えられます」
この次、ミリィがラベンダーを持ってきてくれた時に、こいつは大喜びをするのだろう。
さっき、俺が疑似触角を作ってやった時と同じように。
「一つの花で二度喜べるんだ。お得だな」
「確かに。そう言われてみればそうですね。うふふ」
ジネットは沈んでいた表情をすっかり払拭し、窓の外へと視線を向けた。
流れていく景色を楽しそうに見つめる。
俺は窓の外ではなく天井を見上げた。ぐでっと体を預け、ずり落ちるようにして背もたれにもたれかかる。……あぁ、この脱力感が気持ちいい。
この馬車の座席は、座り心地がすげぇいいのだ。
心地よい揺れと相まって、眠気を誘発する。
今、車内にいるのは、俺、ジネット、エステラ、そしてセロンとウェンディだけだ。
イメルダは実家に用事があり、ミリィも四十区に着くなり自分の仕事へと戻っていった。
ナタリアはハビエルの館に残り、エステラの馬車の番をすることになっている。帰りもその馬車を使うので、しばらくの間置かせてもらうのだ。
そこで馬の世話まで丸投げってわけには、いかないもんな。
そんなわけで、大きな馬車に乗り換えた俺たちは、ゆったりとした座席でまったりと過ごしている。
ハビエルが貸してくれたのは、八人乗りの非常に安定感のある大きな馬車だ。乗合馬車を貸し切りにしているような、そんな贅沢な気分を味わえる。
さすが木こりギルドというべきか、美しい木目調の車体は芸術的なまでに洗練されており、その上性能も申し分ない。金ってのは、こういう使い方をしたいものだ。
「あぁ……俺、木こりギルドでも始めようかなぁ」
「えっ!?」
あまりの乗り心地のよさに、馬車の座席でだらけきっていた俺の口から、他愛の無い戯言が漏れ落ちていく。
だが、それを耳聡く聞きつけたジネットが慌てた様子で俺の腕をキュッと掴む。
「あ、あの……ヤ、ヤシ、ヤシロさん……あの、えと……その、ヤシロさんには、陽だまり亭が……あの、その……」
俺の袖を掴む指に『きゅぅぅぅうっ!』と力が入る。
半泣きになった大きな瞳が俺を見つめる。
「いや……冗談、だぞ?」
「本当ですか? ……よかったぁ」
俺が陽だまり亭を辞めて木こりになると本気で思ったのか、ジネットは心底安堵したような表情を見せる。
そんなわけないだろうに。
「てっきり、馬車の中でイメルダさんとそういうお話があったのかと……」
ほぼ無意識に発せられたのであろう言葉に、俺は小首を傾げざるを得なかった。
イメルダと?
そういう…………って、まさか。
俺がイメルダと結婚して木こりギルドを継ぐ、なんて話が持ち上がったとでも思ったのか?
ねぇよ! あり得ないから!
なんで俺が貴族の仲間入りなんかするんだよ!?
貴族ってのは、俺ら詐欺師のカモであって、間違っても身内に持ってはいけない連中なんだよ! 金持ちは常に詐欺師に狙われてるからな。面倒くさいったらありゃしない。
……詐欺師、か。
実を言うと、そこのところは正直微妙な感じなのだ。
俺にとっての詐欺師というものは、ただの『職業』ではなく、もうほとんど『生き方』であると言える。それを全部なかったことにするのは……やっぱ、どう考えても無理だ。
率先して誰かれ構わず詐欺にかけて私腹を肥やそうとは思わない。だが、だからと言って「俺はもう詐欺師じゃないから」とは、言えない。
それはきっと無責任なことだから。
俺は詐欺師だったし、たぶんこれからも、俺の性根の部分は腐った詐欺師野郎のままなのだ。
そいつと向き合って、いつか自分が許せるようになるまでは…………きっと俺は詐欺師のままなんだろうな。
だから。
そういうわけだから。
まぁ、なんだ……俺は陽だまり亭を辞めるわけにはいかないっつうか、他の仕事に就くわけにはいかないっつうか……ジネットほど騙しやすいヤツは他にはいないし、まだまだ利用価値はありそうだし、そんなわけで――
俺はまだまだジネットのそばを離れるつもりはない。
あくまで、俺の利益のためにな。
地盤は、固め過ぎても悪いことはない。地盤なんてもんは、安定すればするほど大きな物をおっ建てることが出来るわけだしな。うん、うん。
「え~っと……な。ジネット」
「はい」
「…………そういうことは、ないから」
「へ……? あっ。…………はい」
少し間があき過ぎたせいで、会話のテンポが悪くなっていた。
おかげで、ジネットはなんの話かを瞬時に判断できなかったらしく……少し考えた後で、安心したように相好を崩した。
……ほんの少しだけ嬉しそうに見えるのは、俺の思い込みか?
なんとなく気恥ずかしい。
しかし、照れていると悟られるのはもっと恥ずかしい。
なので俺は、少々自虐的ながらも、ちょっとしたジョークでその場を有耶無耶にする選択をした。
「だいたい。俺が貴族なんて、似合わないだろう? なぁ、エステラ?」
「そんなことないと思うけどね」
…………あれ?
『 そりゃそうだよ。君が貴族の真似事なんかしたら、それこそギャグだよ~! えぐ~れ、えぐれえぐれ(←笑い声) 』
みたいな反応を期待したのだが……
予想に反し、エステラは否定の言葉を寄越してきた。それも即答で。ほんの少し、不機嫌そうに。
なんでだ?
え……?
『俺が』『貴族』『似合わない』……『なぁ、エステラ』………………
「どこにも貧乳を思わせる言葉は入ってないじゃねぇか!?」
「何について文句言われているのか、皆目見当がつかないんだけれど!?」
おかしい。
エステラが不機嫌になるのなんて、貧乳いじりをした時くらいのもんなのに……
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