「なんでついてくるんだ?」
「今日は一日暇だから、ジネットちゃんのお手伝いをと思ってね」
教会を出た俺たちの後を、エステラがつけてくる。
こいつのせいで俺だけ冷えた朝食を食わされたのだ。こいつは疫病神だ。
「(それに、君の行動も監視したいしね)」
エステラが俺の耳元でぼそりと呟く。
「えぇい、顔が近い! 耳元でしゃべるな、ちょっといい匂いがして驚いたじゃねぇか!」
「君って、本当に素直な人なんだな」
エステラが呆れたような顔で俺を見る。
俺が素直に見えるなら、お前こそが素直だ。
素直に見せているだけだからな、俺は。……香辛料のことを知っていやがったこいつは油断できない相手だ。どういうつもりか知らんが、あれ以降一切そのことには触れないし、普通に話しかけてきやがる。
とりあえずは出方を窺うべきだろう。
が、気分的にあまり一緒にいたくないヤツではあるんだよな。
「あ、そうだ。ヤシロさん」
荷車を引く俺の前をとことこと歩いていたジネットが、くるりとこちらを振り返る。
「今朝の海魚、くださったのはエステラさんなんですよ」
「へぇ、そうなのか。おい、おかわり」
「君には感謝という感情がないのかい?」
バカモノ。海の魚が美味いのは海のおかげだ。お前に感謝する理由がない。
「そういえば、海で魚を捕ってきた場合、どこで金が取られるんだ?」
エステラがあの魚を捕ってきたというのなら、海魚が高くなる理由を知っているだろう。
一体どこに税がかけられているのか、興味があった。
「どこって、普通に入門税だよ」
「ってことは、魚を持ち込む際に税金がかけられるんだな」
「そうだよ。魚と、人にね」
エステラは、俺の聞きたかったことを汲み取ったのか、補足までしてくれた。
住人でも、門を通る際には金がかかるらしい。いやらしいシステムだ。
どれくらいいやらしいかと言うと、遊園地の入場料を客からだけでなく、店内で働くスタッフからも取るようなものだ。入場料を支払わなければ金を稼ぐことが出来ないのだから、尚更たちが悪い。
「海に近いのは三十五区で、そこの門を通るのに結構な税をかけられてしまうんだ」
「じゃあ、違う門から入ったらいいじゃねぇか」
たしか、この街の門はいろいろな区にあったはずだ。
俺が入った三十区の門とかな。
三十五区が海に近いということは、三十五区が魚に多めの税をかけたとしても利用する者が多いだろう。そうなれば、税をかけない手はない。
なら逆に、海から遠い門を使えば、魚にかかる税金を節約できるはずだ。
「そんなこと……考えたこともなかったな」
エステラが感心して頷く。
「移動距離を考えて、最もコスパのいい門を通れば、海魚はもっと市場に安く出回るかもしれないね」
キラキラとした目でエステラが言うものだから、俺はきっぱりと否定してやった。
「いや、それはない」
税金が浮いたら、浮いた分は懐にしまいたいのが人情だ。
市場価格は、競合他社でも現れない限りは下がらんだろうよ。
「でも、海魚が安く手に入るようになれば、みなさん喜ぶと思いますけど」
「漁師や商人は人を喜ばせるために商売をしているんじゃない。己の私腹を肥やすためにやってるんだよ」
「……わたしは、お客さんに喜んでもらえればそれで……」
それは稀有な存在だよ。
仮に俺なら、仕入れ値が下がっても料金は据え置きだ。
「俺が言いたかったのは、門を超える前に魚を仕入れれば利益が上げられるかもしれないという話だ」
門の中で魚を買えば、どうしても課税後の料金になってしまう。
ならば、門の外で買い付け、税の安い門から街へ入れば安く上がるのではないか、と思ったのだ。
だが、人にも入門税がかけられているとなると、これはあまり良い方法ではないかもしれんな。
「君……すごいな」
エステラが真顔で俺を見つめる。
やめろ……おっぱい触ってからお前の中の女子をちょっとばかり意識し始めちゃってんだから、照れるだろうが。
「すごく、せこい」
「利口と言ってくれ!」
誰がせこいか。
浪費が嫌いなだけだ。
浪費はバカのすることだからな。
しかし、海の幸はゆくゆくは手に入れたいものだ。
その際に無駄金を払わなくていいようにしておきたい。
なんなら自分で行って素潜りとかしたいくらいだしな。
「それから、もう一つ。海魚が高くなる要因がある」
俺が自己漁を考え始めたところで、エステラがさらなる情報をもたらしてきた。
「こいつにお金がかかるんだよ」
そう言って、一つの巻紙を取り出す。
双頭の鷲と蛇が描かれたエンブレム。
そんなエンブレムが記された羊皮紙だ。
「領主の許可証だ」
「海魚を捕るには許可がいるのか?」
「そうだよ。自分が所属するギルドか、住んでる地区の領主のね」
いくら海が広かろうと、誰構わず漁を許せば生態系に悪影響を与えてしまう。
……いや、この場合は、漁師の権利を守るという建前のもとに己の利権を確保してるって感じだろうな。
たしか、香辛料を売るためにはギルドに所属しているか、どこかの区の住人になっている必要があった。この街で身元を保証してくれるのはギルドと領主ってことか。
『強制翻訳魔法』みたいな強制力を考慮してみると……
教会が国で、領主が地方自治体で、ギルドが企業ってところか。
国の定める絶対的な法律(教会の戒律)があり、地方自治体の定める条例(領主の権限)があり、企業には企業のルール(ギルドの規則)がある。また、どの地方自治体に所属していようとも、ギルドに所属する者はギルドの規則にも縛られることになる。
東京や千葉や埼玉に住む者が同一の会社に勤めているケースを例にとると……地方税を払う場所は違っても同じ会社の社員であれば、同じ規則に縛られ、同じ恩恵を享受できる、ということだ。
システム的には、そう違いはなさそうだ。
「で、そのマークが四十二区の領主のエンブレムなのか?」
「あぁ。四十二区に住むのなら、これから度々目にすることになると思うよ。契約書や許可証には必ず入っている紋章だからね」
「許可証ってのは、他にもあるのか?」
「いろいろあるさ。取引許可証に出店許可証。生活する上で許可が必要なものは路傍の石ほどもある」
「そのエンブレムの焼印でも模造すれば楽に許可証が捏造できるな」
「滅多なことは言わないことだよ、旅人君」
俺の鼻頭に指先を突きつけ、エステラは語気を強める。
「領主のエンブレムを悪用することは重罪。精霊神の呪いで人生を終了させるか、人間による刑罰で人生を終了させるか……そんな二択なんて御免でしょ?」
「……勉強になった、気を付けるよ」
無知な旅人の世間知らずな発言は一度だけ大目に見る。と、そういう気遣いのもと、エステラは俺を『旅人君』と呼んだのだろう。
エンブレムの悪用は重罪、か。
まぁ、公文書偽造は日本でも重罪だしな。
そこは厳罰を科しておかなければ、秩序が崩壊してしまう。
公文書と通貨の偽造はどの世界でも重罪なのだ。
とはいえ……
「その許可証、見せてもらってもいいか?」
「欲しけりゃあげるよ。こいつはもう失効している許可証だからね」
許可証には、『失効』という大きな判が押されていた。
どうやら、一回使い切りの許可証のようだ。……使い捨ての羊皮紙? なんてもったいない。
しかし、都合がいいことにエンブレムにインクは被っていなかった。
これで、細かい文様まで見ることが出来る。
見ることが出来れば…………複製は容易だ。
悪用しなければいいのだ。
イザという時のために持っておいて損はない。
俺は、もらった許可証を懐へとしまった。
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