「はぁ~、いいお湯だったぁ」
赤く火照った顔をして、エステラがフロアで髪を拭いている。
いいのか、嫁入り前の貴族の娘が風呂上がりの姿を男に晒して。
俺だけじゃなくて、ウーマロやベッコもいるんだぞ?
「いいよ。ヤシロに関しては、今さらだし」
それはそれでどうかと思うんだが……
「ウーマロは?」
「ウーマロは、どうせこっち見ないしね」
「ベッコは?」
「ベッコに見られて、何か困ることでもあるのかい?」
うわぁ……
ベッコ、男としてカウントされてない。
というか、人類のカテゴリーから外されてない?
まぁ、いいけども。
「ベッコさん。お風呂の食品サンプルをお作りなさいまし!」
「まず食品ではござらぬよ、イメルダ氏!?」
イメルダが、風呂上がりのほかほか顔で尊大に胸を反らす。
……美味かったのか、大浴場? お前、美味い物を食品サンプルにして集めてんじゃなかったっけ?
それから、ぞろぞろと女子たちがフロアへと出てくる。
あ、陽だまり亭はもう閉店しておいた。
店長とウェイトレスが風呂に入ったんだから、接客はもうムリだと判断したのだ。
「ヤシロさん。お先にお湯をいただきました」
濡れた髪をタオルで押さえながらジネットが俺の前へとやって来る。
「どうだった、風呂の具合は?」
「はい。とても気持ちよっかったです」
「全員、ちゃんと浸かる前に体を洗ったんだろうな?」
「そこは徹底していただきました。マナー、ですからね」
俺が、温泉大国の出身者として最低限のマナーを叩き込んでやったのだが、それはきちんと伝聞されたらしい。
一つ、浴槽に入る前には体を洗う。
二つ、タオルは浴槽に浸けない。
三つ、着衣での入浴など言語道断!
四つ、出来たら月一で混浴デーとか作ってくれると嬉しいな。
そんなルールを設けたのだ。
「四つ目以外は、みなさん守ってくださいましたよ」
「四つ目が大切なのにっ!」
江戸の庶民は混浴が当たり前だったのにぃ!
この街に徳川将軍が現れたりしないだろうか? カムバック江戸!
「みなさんも、よろしければいかがですか?」
ジネットがウーマロとベッコにも声をかける。
……って、俺にこいつらと一緒に入れって言ってるのか?
「いや、でもそろそろ時間も遅いッスし」
「うむ、確かに……魅力的なお誘いではござるけれど……」
とか言いながら、じぃっと俺を見つめてくるオッサン二人。
……ったく、入りたいなら入りたいと言えばいいのに。
「豪雪期は、たぶん俺らは狭い方になるだろうからな。堪能させてもらうか」
「では、ご相伴にあずかるッス!」
「拙者もしかりっ!」
やっぱり、オッサンでも風呂には興味があるものだ。
特に、ウーマロは頑張ったんだからしっかり疲れを取ればいい。
「では、少しお湯加減を見てきますね。少しぬるくしてしまいましたので」
おそらく、ぬるくしたのはマグダだろう。
お子様は熱い風呂が苦手だからな。
「めっちゃ熱くしておいてくれ」
「はい。熱い時は水瓶のお水か水道を使ってくださいね」
水道の水量は調整が出来ない。
なので微調整したい時は水瓶の水を使うようにした。
コックを半開きにするとか、調整する方法はあったんだが、水瓶の方が確実だったからな。
「じゃあ、お前らは早く帰った方がいいぞ。まだ暑いから湯冷めすることはないかもしれないが、髪が濡れてるから気を付けろよ。あと、夜だからな、酔っ払いどもにも気を付けろよ」
パウラとネフェリーは大通りを通って帰ることになる。
酔っ払いのうろつく道を、髪を濡らした風呂上がりの女子が無防備に歩くのは危険だ。
「アタシが送ってやるさね」
「それじゃ、ノーマが湯冷めするだろうが」
何より、この中で一番男に狙われそうなのはノーマだ。
……で、一番ふらふらついていきそうなのもノーマだ。
「しょうがねぇな、俺が……」
「大丈夫だよ」
「そうそう。ヤシロは心配し過ぎ」
パウラとネフェリーが笑いながら俺を止める。
いや、心配し過ぎと言うがな……
「それに、あそこら辺の酔っ払いは、ほとんど顔見知りだから」
「私も。パウラのお店のお手伝いで知り合い多いから、だから、ね? 平気だよ」
「けどなぁ……」
万が一が起こってからでは遅いんだが……
「では、私がお送りしましょうか?」
「ナタリアはエステラを送らなきゃいけないだろうが!」
「じゃあ、あたいが」
「家、正反対だろうが!」
お前ら、湯冷めを舐め過ぎだ!
くしゃみ一つでもしたら、明日の川遊び出禁にするぞ!?
「誰のお父さんなんだい、君は?」
「うっせぇ」
けらけらとエステラが俺を笑う。
お前らが危機管理能力なさ過ぎなんだよ!
いくら獣人族といえど、男が本気を出したら危ないだろうが!
「大丈夫。何かされそうになったら、『デリアとノーマに言いつけるぞ』って言ってやるから」
「では、そこに私も含めておいてください」
「うわぁ~……四十二区でデリアとノーマとナタリアに睨まれたら生きていけないじゃない」
そんなもんで安心なんか出来ないんだが……そうか、脅迫か。
よし、分かった。
「ちょっと待ってろ」
俺は大きめの紙に太い筆でさらさらと文字を書く。
そして、パウラとネフェリー、ついでにノーマとデリアとイメルダの背中に同じ物を貼りつけた。
『湯上がり美人
拝観料500Rb
支払窓口、オオバヤシロ』
「うわぁ~……これは、ボクならすぐさま目を逸らすね」
「地獄の底まで集金に来そうですわね」
俺の書いた文言を見て、女子たちがくすくす笑う。
「ねぇねぇ、美人だって」
「ヤシロはそう思ってるんだぁ~、ふぅ~ん」
からかうようにこちらを見て笑うネフェリーとパウラ。
あぁ、はいはい。美人だから夜道に気を付けてな。
……ネフェリーは『美鶏』の方がよかったか?
「男が近付いてきたら『チャリーン、チャリーン』って言ってやれ」
「うわっ、拝観料一回じゃなくて毎秒なんだ……」
エステラの頬が引き攣る。
当たり前だろうが。
500Rbごときで一日占有されたのでは商売にならん。毎秒だ。スマイルは別料金だ。
「じゃあ、これで安心だね? あたしたち帰るからね」
「ヤシロも、安心してお風呂に入ってね」
「アタシは大通りを往復して小遣い稼ぎをしてこよぅかぃねぇ。くふふ」
「あたい、明日の川遊びにもこの紙貼っていこっと」
いや、それは置いてこい。
つか、使い捨てだから、それ。
「……ヤシロは激甘」
「お兄ちゃん属性がお父さん属性にパワーアップしたです」
うるさいよ、ロレッタ。
つかいい加減お前んとこの子泣き爺引き取ってくんね?
俺、風呂に入るからさ。
「おにーちゃん! 僕も美人になるー!」
「なんつータイミングで起きるんだよ、お前は?」
ロレッタに引き渡そうと思ったら、ハム摩呂が起き出してしまった。
こいつも風呂に入れてやるか。広いし。
「それじゃ、ボクたちは帰るね。あ、大衆浴場の設計図預かっていくよ? じっくり見せてもらうから」
「おう、好きにしろ」
どうせ、アイデアを出し合って詰め込んだだけのプロトタイプだ。
ブラッシュアップしないと使い物にならないだろう。好きなだけ眺めて、お前も何か要望を考えとけ。
「とりあえず、混浴はなしで」
俺が書いた文字をふっとい『×』で消しやがった。
ちっ!
……まぁ、分かってたけどな。
「それではヤシロ様」
女子たちが帰り支度を始める中、ナタリアが俺の前に立つ。
背筋を伸ばして恭しく目礼を寄越してくる。
濡れた髪が艶やかで、妙に色っぽい。
「わざわざ書かれなくとも美人である私が、責任を持ってエステラ様を館まで護衛致しますので、ご安心ください」
「うん、それがなきゃ手放しで称賛できるんだけどなぁ、惜しいよなぁ、お前は」
口々に帰りの挨拶を寄越し、湯上がり美人たちがぞろぞろと陽だまり亭を出て行く。
風呂の感想を互いに言い合って、満足げな顔で。
風呂の需要は確認できたが、懸案事項もいろいろ出てきちまったなぁ。
要検討だな、これは。
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