異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚34 打ち上げ練習 -2-

公開日時: 2021年3月7日(日) 20:01
文字数:3,908

「ほ~い、おまっとさ~ん」

 

 奇妙な言葉と共に、レジーナが木箱を持って戻ってくる。

 箱の中には砲丸くらいの大きさをした玉が入っていた。

 

「これが花火の素や。もっとも、今回は練習用っちゅうことで、爆発は最小限に抑えたぁるけどな」

「爆発はどんなもんなんだ?」

「広がっても10メートル程度や。本物の十分の一っちゅうところやな」

 

 150メートルも上空に投げるのだ。ある程度は広がってくれないと目視は出来ない。

 

「爆発までの時間は?」

「十秒や。導火線に仕込んだ火の粉を発火させてからキッカリ十秒で『どーん!』や」

 

 着火して、構えて、勢いよく放り投げ、花火が上空150メートルに達するまでで十秒。結構カツカツだな。

 

「な……なんか、怖いですね…………」

「お、おぅ……爆発ってのがどんなもんか分からねぇからな……」

 

 マルクスがビビリ、カブリエルも頬から汗の粒を垂らす。

 

「んだよ、だらしねぇなぁ。ヤシロが作ったものなら危険なわけないだろう?」

 

 ビビる大男を呆れ顔で見つめるデリア。

 いや、俺が作ったわけじゃないし、俺が作ったとしても花火は結構危ないものだぞ。

 

「んじゃ、あたいが最初に投げてやるよ」

 

 意気揚々と、デリアが花火を一つ木箱から取り出す。

 ぽんぽんと手のひらで弄び、花火の重さを確認する。

 ……怖い怖い。火の粉って、結構すぐ着火するんだからな? 扱いには気を付けてくれよ。

 

「けど、真上に思いっきり物を投げるなんてやったことないからなぁ……感覚がうまく掴めないんだよなぁ」

「なら、火をつけずに一回投げてみるか?」

「お、いいのか? んじゃ……」

 

 デリアは、どう投げるのが最適かを確認するように何度となくフォームを変える。

 砲丸投げスタイルや、上投げ下投げ、様々なフォームを試してみた結果、体を傾けて上から腕を振り下ろす最もスタンダードなフォームに落ち着いた。

 

「ぅう~………………りゃっ!」

 

 着火されていない花火が空へと放り投げられる。

 

 唸りを上げてまっすぐ上に飛んでいく花火の玉は、あっという間に目視できる限界を超えていった。

 爆発しないから静かなもんだ。

 どうなったのか、どれくらい飛んだのか、まったく分からない。

 

 首が痛くなるほどジッと空を見上げ続け…………しばらくして花火が落下してきた。

 

「うおっ、危ねっ!? なんか落ちてきた!」

「ぅぉおおいっ! 拾え拾え!」

 

 真上に飛んだ花火は、そのままデリア目掛けて落下してきたのだが……デリアが避けたために俺がスライディングキャッチする羽目になった。

 地面に激突した拍子に爆発したらどうする!?

 ……っぶなかったぁ。よく取れたよ、マジで。

 

「なんか、思ってたより簡単だな」

「いやいやいや……」

 

 今のはただ投げただけだから。

 これから、投げる速度とか角度とか、爆発までの時間とか、連続して同じ高度に投げ続けるための工夫とか、そういう調整をしていかなきゃいけないんだよ。

 だがまぁ、まず何より……取り扱いに気を付けるよう徹底的に教え込まなきゃな。

 

「……デリア。今の球速ではおそらくダメ。爆発までに150メートルに達しない」

「そうか?」

「……それから、モーションに入るのが遅い。十秒は、思っている以上にすぐ過ぎてしまう」

「ん~……そっか。そうかもなぁ」

 

 デリアの一投を見て、マグダが細かな分析をしてくれたようだ。

 さすがと言うか、こちらが求めているものを瞬時に理解してくれる頭のいいヤツだ。

 

「よし! 今の感覚を忘れないうちに、もう一回投げるぞ! 今度はちゃんと爆発させる!」

「ほなら、これをみんなに渡しとくわ」

 

 レジーナがカードのようなものを全員に配る。

 中央に穴があいているだけのカード。……なんだ?

 

「爆発した花火の直径が、この穴と同じやったら、ちょうど150メートルで爆発したっちゅう証や」

 

 花火の直径と、150メートルの距離を元に、どれくらいの大きさで見えるかを計算したのか。便利なもんだな。

 

「小っちゃぇな。こんなもんなのか?」

「本物は、この十倍広がるんや。迫力満点やで」

「そうかなぁ……」

 

 花火をぽんぽんとお手玉して、デリアが退屈そうに口をへの字に曲げる。

 だから、扱い方っ!

 こいつは、ちょっとばかり危機感がなさ過ぎる。火の粉と鱗粉と光の粉は混ぜると本当に危険なんだぞ?

 そこんところをよく言い聞かせる必要がありそうだ。

 

「よし、じゃあ投げるぞ! どうやって火をつけるんだ?」

「導火線を指で摘まんでこすったら火ぃつくわ」

「ははっ、簡単だな。んじゃ、まずは着火してっと……」

 

 導火線に火がつけられる。

 燃え上がるようなことはなく、導火線がじんわりと赤く染まってじりじりと燃えていく。

 

「……なんか、地味だな」

「バカッ、デリア! 早く投げろ!」

「ん? あ、そっか。よぉし、いっくぞぉ!」

 

 導火線に火がついた花火を構え、デリアが大きく振りかぶる。

 ……さっきとフォームが違うけど大丈夫か!?

 

「ぅう~………………りゃっ!」

 

 威勢のいい声と共に、デリアの腕が大きく振り抜かれ、勢いよく花火が放り投げられた。

 

 …………真横に。

 

 勢いよく放たれた花火は、数十メートル離れたレジーナの店の壁に激突し、跳ね返る。

 角度をやや斜め上方へと変え、直進してきた方向へと引き返していく。

 つまり、花火は俺たちがいる方向へ向かって、放物線を描くように「ぽ~ん」と戻ってきたのだ。

 

「全員逃げろぉ!」

 

 俺の合図で、密集していた面々が散り散りに逃げ出す。

 ドーナツ状に人が拡散され、中心部にぽっかりとスペースが出来る。

 狙いすましたように、そのスペースへと花火が落下して…………爆発。

 

「のゎぁあああっ!?」

 

 凄まじい破裂音と共に、鱗粉と火の粉が炎を撒き散らし、光の粉が広範囲に亘ってスパークを起こす。

 直径10メートルにも及ぶ危険な火花が目もくらむような光の奔流となり辺り一帯を包み込んだ。

 

 その後、一瞬の静寂――

 

 跡形もなく吹き飛んだ花火の代わりに、地面に黒い焦げが広がっていた。

 立ち上がり、俺は開口一番、全力で叫ぶ。

 

「危うく死ぬとこだ!」

 

 力み過ぎたデリアは、花火を手放すタイミングを誤ってしまったようだ。

 それにしてもよく弾んだな、花火……まぁ、レジーナの店のそばで破裂しなくてよかったけども。

 

「みんな……無事か?」

「無事なんが不思議なくらいやけどなぁ……」

「ぅん……みりぃも、へいき、だよ…………怖かったけど」

 

 ミリィとレジーナの隣にマグダが立っている。

 一瞬で判断して二人を抱えて逃げてくれたようだ。お前を連れてきてよかったよ、マジで。

 

「……こ、こんなもん、放り投げるのか、俺たちは……」

「ヤ、ヤバいっすね! こいつぁ、マジヤバですねっ!?」

 

 カブリエルとマルクスが頭上の角から汗をダラダラ流している。そんなとこからも汗って出るんだな……奇妙な連中め。

 

 ぐるっと見渡した結果、怪我人は出ていないようだ。

 肉体派の連中を集めておいてよかったぜ。

 

 ……で。

 この大惨事の、まさに火付け役となったデリアはといえば……

 

「…………こ、怖い……花火怖い…………」

 

 頭を押さえて地面に蹲っていた。

 いやいや。怖いの、お前だから。

 

「……デリアには加減や計算といったものはちょっと難しいだけ。最初から分かっていた。気にすることはない」

 

 蹲るデリアの頭を撫でて、マグダが慰めている。

 ……いや、それ慰めになってないからな?

 

「……ここはマグダの出番」

 

 ふんすと腕捲りをするマグダ。

 うつろな瞳がこちらを向く。

 

「……二の腕は、おっぱいと同じ柔らかさ」

「どこで聞いてきたのか知らんが、今関係ないから」

「……ガン見推奨」

「早く投げてくれるかな?」

 

 店のこともあるし、なるべく早く終わらせたいんだよな。

 

 少々不満げながらも、マグダは木箱から花火を取り出す。

 指先を咥え、湿った人差し指を頭上に掲げる。風向きを見ているのか。

 

「……風向きよし……いける」

 

 言うや、マグダは導火線を摘まんで摩擦した。

 火の粉が着火し、導火線の先端が赤く光る。

 

「……十……九…………」

 

 落ち着いてカウントを取り、ゆっくりと大きなモーションで振りかぶる。

 

「……七…………六っ」

 

『六』で勢いよく花火を放り投げたマグダ。

 急速は速く、風との摩擦で「ひゅるる……」と甲高い音が鳴る。おぉ、なんか花火っぽい。

 

「……三…………二……」

 

 投げ終わった後もカウントを続けるマグダ。

 そして――

 

「……一…………ゼロ」

 

『ゼロ』と同時に花火が破裂した。

 カウントばっちりだ。

 やっぱり、マグダの体内時計はかなり正確なようだ。すげぇな。

 

「うん。オーケーや。今の高さがベストやな」

 

 自作のカードで花火が開いた高さを計測していたレジーナ。

 文句なしの高度だったらしい。

 

「……デリアの初球を見て、花火が飛んでいく速度を、二投目で爆発までの時間を計算していた」

 

 いや、ホント凄過ぎるな、マグダ……

 

「……デリアの失敗も、無駄ではなかった。おかげで、微調整がやりやすかった」

「マグダ……あたい、役に立ったか?」

「……無論」

「お前、いいヤツだなっ!」

 

 デリアがマグダに飛びつき抱きつく。

 デリアの大きな体がマグダの小さな体に覆い被さり、大方の予想通りに二人揃って地面へと倒れ込む。

 それでも飽き足らずデリアはマグダの懐に顔をグリグリ押しつけている。

 懐き過ぎてるゴールデンレトリバーにじゃれつかれるとあんな感じになるよな。

 

「……デリアは、マグダが寂しい時にずっといてくれたから」

 

 ジネット不在の二日間、そして俺とジネットが三十五区へ行っている間、陽だまり亭にはデリアがいてくれた。それがマグダにとっては嬉しいことだったのだろう。

 そういえば、ロレッタにも優しくしてたっけな、マグダのヤツ。

 

 マグダは、少し大人になったのかもしれない。

 甘えることと、それに対する恩返しを素直に出来るようになっていた。

 

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