「ウィシャートに会わせろ」
「貴様。我が主様に対して無礼であるぞ」
「うるせぇ! 俺のバックに誰が付いているのか、よく考えて物を言うんだな!」
「……チッ! 第一王子の威を借る小物風情が」
「その小物に吹っ飛ばされる程度のウィシャートに仕えてる小虫が言うかよ? いいからウィシャートを呼んでこい」
ゴッフレードが悪人面全開でドールマンジュニアと交渉している。
……交渉か、これ?
日が昇ったばかりの朝の時間。
非常識な時間帯の訪問に、ドールマンジュニアは不機嫌な顔を隠そうともしない。
それでも、ウィシャートの立場を考えれば邪険にすることも出来ない。
もっとも、ゴッフレードが暴れ出せばその限りではないだろうがな。
「いいから、ウィシャートのもとへ連れて行きやがれ!」
喚き散らし、持参した戦槌で裏門の門柱を叩き壊す。
凄まじい破壊力だな。よく一回であの頑丈そうな門柱を破壊したもんだ。
「貴様っ! 賊だ、出合え!」
ドールマンジュニアが声を上げ、敷地内からわらわらと兵士が湧いて出てくる。
やっぱ、たくさんいるんだなぁ兵士。
「捕らえますか!?」
「構わぬ、殺せ!」
「やれるもんなら、やってみやがれ!」
これ見よがしに建物を破壊していくゴッフレード。
ドールマンジュニアの表情に焦りが見て取れる。
この後、朝の鐘が鳴ればエステラがやって来る。
その時に荒れた敷地を見られれば、何を言われるか分からない。
「やはり、何かを隠しているのですね」と、探られたくない腹の内を探られるかもしれない。
ゴッフレードは斬りかかってくる兵士を遠慮なく戦槌でぶん殴る。
……うぎゃ、痛そう。
一人、二人と、兵士が倒れていく。
数に物を言わせる戦法は、自軍にも甚大な損害を生む。
それでも、ドールマンジュニアは手を止めるわけにはいかない。
統括裁判所への提訴をチラつかせるエステラがやって来るのだ。
ゴッフレードとの繋がりなどがバレればウィシャートの立場は悪くなる。
何度もウィシャートの思惑をひっくり返してきたエステラだけに、油断は出来ないという思いが強いのだろう。
ただの新米領主なら、今頃ウィシャートは港の全権を掌握していてもおかしくはなかった。
それが、利権どころか協力関係すら結べていない。
エステラなど容易いという思い込みが、完全に間違いだったと痛感しているだろう。
そんな相手が攻め込んでくる日にゴッフレードだ。
俺がドールマンジュニアの立場だったら胃に穴が開いてるかもしれん。
「なんで今なんだよ!」ってな。
兵士を八人ほどぶちのめしたところで、ゴッフレードがチラッと懐に視線を向けた。
そこには、小さな砂時計がぶら下がっている。
あいつ、時間を気にしながら暴れてたのか。思った以上に几帳面なヤツなんだな。
そして、見て分かるレベルで、急に動きが鈍くなる。
その隙を突いて、兵士が三人ゴッフレードに飛びかかる。
「ぐっ! 離しやがれ!」
「誰が離すか!」
「よくやった! 死んでも離すな! ワシ自らが貴様の首を切り落としてくれるわ!」
ドールマンジュニアが腰のショートソードを抜きゴッフレードに近付く。
それも読んでいたのか、ゴッフレードは余裕の表情を浮かべている。
「長い付き合いではあったが、ここでお別れだ――死ねっ!」
「いいのか?」
ドールマンジュニアの剣が止まる。
「俺を殺せば、テメェらはクレアモナに飲み込まれるぞ?」
「な……んだと!?」
「俺が、なぜ、今日の、この時間に訪れたと思ってやがる? 前回俺がここに来た時、表には誰が来ていた? よく思い出してみろよ」
「ぐっ……貴様、クレアモナとグルなのか!?」
「さぁ、どうする? 俺を殺せば、クレアモナはその事実をもって統括裁判所へ駆け込むぜ」
「貴様の命にどれだけの価値がある!? ゴロツキの悪党を一人殺したくらいで揺らぐようなウィシャート家ではないわ!」
「新米領主の小娘一人押さえつけられないウィシャートが何を言ってやがる」
「黙れっ!」
「知りたくねぇか? クレアモナがなぜここまで強気に出られるのか? 連中が何を握っているのか。……なぁ、聞きたくねぇか?」
「貴様……何を知っている?」
「さぁな」
「吐け!」
「ならウィシャートを連れてこい」
「それは出来ぬ!」
「だったら、精々クレアモナに怯えるこった。ウィシャート家始まって以来の、この危機にな」
役者だねぇ。
ゴッフレードに細かいことは教えていない。
それでも、わずか一部分でも知っていればすべてを知っているような顔を貫ける。
やっぱ、悪党ってのは人間に備わっている基本的な感情のうち、大切な何かが欠損してるんだろうな。
「今すぐ判断できねぇってんなら、少し時間をやってもいいぜ。クレアモナと会って話を聞き、もう一度よく考えればいい。そうすりゃきっと、俺の力が嫌でも借りたくなるだろうよ」
「…………ぐっ! この者を地下牢に閉じ込めておけ!」
「丁重に扱えよ? 俺様は繊細なんだ。ヘソを曲げたら、情報を吐き出すのに時間がかかっちまうぜ?」
「チッ! 連れて行け!」
ショートソードを鞘に収め、ドールマンジュニアが兵士に命令を出す。
「負傷した兵を運ばせろ」
「……間に合わない者は?」
「こんな場所に捨て置けるか! 連れて行け!」
「はっ!」
倒れた兵士を抱えて兵士が敷地内へと移動する。
八人を抱えるのに十六人の兵士が借り出されていた。
壊れた門柱の前には兵士が立ち、閉まらない門扉に代わって侵入者を排除する任に就く。
これで、敷地内の兵士は幾分減ったか。
大した働きだ。
なのに、ぜ~んぜん褒めてやる気にはなれない。
……やっぱ、あいつは危険だな。
ゴッフレードの暴れっぷりを見届け、裏門近くの抜け道へと潜り込む。
ここは、館を包囲した敵兵の背後に兵士を送り込むための隠し通路だ。
正門と裏門を押さえ挟み撃ちにしていると油断した敵兵を挟み撃ちに仕返すための通路。
館が包囲された時以外、人はほとんどやって来ない場所だ。
埃の溜まり具合と行き届いていない整備状況からそう推察される。
つまり、俺が忍び込むには打って付けの通路ってわけだ。
「んじゃ、ぜ~んぜん気が進まないが……始めますかねぇ」
ゴッフレードとノルベール。
二人の悪党の救出作戦を。
あと三十分ほどで朝の鐘が鳴る。
それまでに、ノルベールを見つけ出さなきゃな。
通路を駆け抜けながら経路を予測する。
用心深く臆病なウィシャートは、ゴッフレードのような悪党を建物の中へ入れたがらない。
外から見えないように壁を作り、人が入る応接室へ続く廊下には扉を設けているくらいだ。
連行される通路も室内には作らないだろう。
ほんの一部であろうと、館の内部を記憶させたくないからだ。
館の裏口にも、正門と同じように途中までは外部の者が入れるスペースがある。行商人や裏取引のある連中が使うスペースだ。
だから、連行されたゴッフレードはそのスペースを通って中庭へと連れ出される。
そして、中庭を通って地下牢がある部屋の前まで連れて行かれる。
二重壁の部屋だ。
おそらく、そこは中庭から入れる扉があるはずだ。
ベッコの作った模型にそれっぽいものがなかったことから、壁に偽装した隠し扉だろう。
どんだけ用心深いんだよ。
で、その隠し扉を抜けて、二重壁の内側へ続く扉をくぐる。
その先に、地下へ通じる階段があり、降りた先が地下牢だ。
「時間との勝負だな」
もたもたしていれば、兵士に嗅ぎつけられる。
十分に周りを警戒して、俺は隠し通路を抜けた。
抜けた先は、館の裏口近くだった。
おそらく、外部の者が入っても許されるスペースだろう。
石で出来た床を見れば、ゴッフレードのデッカい足跡がくっきりと付いていた。
小さな個室には扉が四つ。
裏口へと通じる扉。中庭へと通じる扉。で、たぶん身内が使う館内部へ繋がる扉が一つ。
そして、今俺が出てきた隠し通路へと繋がる扉だ。
じゃ、さっさと中庭に出るか。
「おい、貴様! そこで何をしている!」
中庭へ続くドアを開けようとした俺は、背後から声をかけられた。
振り返れば、若干設えのいい兵士の格好をした男が、こちらを睨み付けるようにして立っている。
……うん。
まぁ、こんな朝の時間に見つからないように侵入なんて、ムリだよな。
分かってた分かってた。
分かってたから――
「はっ! 先ほどの賊が落としたと思われる薬をドールマンジュニア様に届けるよう上官に命じられました!」
「そうか。どれ、俺が預かっておこう、貴様は持ち場へ戻れ。裏門の警備を固め、アリの子一匹通すな」
「はっ!」
――ちゃ~んと対策を立ててきた。
ベッコにスケッチさせたウィシャート家の兵士の服装を寸分違わずコピーして作ってきたぜ。経年劣化も綺麗に再現してな。
顔の半分を覆う兜を付けているから、俺だということはバレないだろう。
ウィシャートの臆病さが裏目に出たな。
兵士を増やせば、紛れ込むのも容易になるんだぜ。覚えておきな。
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