「飲食店が増えると言っても、大会が終わるまで間借りするだけですわよね? それが終われば、また元の武器屋に戻るんじゃありませんの?」
「イメルダ。人間が一番好むのは『現状維持』なんだよ」
「なんですの、エステラさん。訳知り顔で」
エステラも、四十二区を改善しようとあれこれ手を尽くしていたはずだ。それで改善できていなかったのだから、何かと苦い思いもしたのだろう。
エステラの言う通り、人間は現状維持を好む。「改善したい」と強く望みながらも、現状維持に固執するおかしな生き物なのだ。
日常が変化する時、人は不安と、慣れた環境外への抵抗から不満を爆発させる。時には意地になって反発する者もいる。
だが、実際変更して、状況が変わって、少し時間が経てば……それに順応してしまうのだ。そして、改革してよかったと徐々に思い始め、慣れたことにまた現状維持に走る。
「つまり、今四十一区の領民は現状維持に固執している状態なんだよ。それを無理やり破壊して大通りに外からの顧客に向けた店を作るとするだろう? そうなれば、あの大通りは見違えるほど人でごった返すようになる」
ある一定の確信を持ってエステラが言う。
「そっちの方がうまくいくって状況を誰の目にも明らかなように見せつければ、元に戻そうという力より、新しくなった現状を維持しようとする力が勝るんだよ」
かつての日本が、一斉に近代化したように。いいものとして受け入れられた文化は一気に拡大する。
まぁ、四十一区の場合は近代化というより最適化って感じだけどな。
「……確かに、あんな臭い三本目まで行かなければ食事が出来ない街なんてあり得ませんものね……」
以前の視察が相当苦痛だったのだろう。イメルダの顔が盛大に歪む。
マンゴーは美味かったからまた食いに行きたいが、あの三本目に行くのは嫌だ。そんなヤツも少なからずいるだろう。
そんな連中を呼び込むことに成功すれば。もっと多くの者に四十一区の魅力を発信することが出来れば……
「うまく大通りを機能させれば四十一区は今よりもっと、経済的に潤うことになる。そうなりゃ、リカルドのバカも税収がどうとか言ってこっちの利益を妬むようなしみったれた真似はしなくなるだろうよ」
要するに貧乏が悪いのだ。
四十区の連中は、四十二区がケーキに浮かれていても文句を言ってこない。自分たちの区にもそれがあるからだ。そして、四十二区がどんなに盛り上がろうと、まだ自分たちの方が上だという余裕がある。
だが四十一区はそうはいかない。
四十二区に抜かれれば最貧区になる上に、現状、四十二区の方が盛り上がっているのだ。焦るし、苛立つし、妬ましく思う。
だから『四十二区から利益を奪う』ような発想しか生まれてこないのだ。
「四十二区に街門が出来た後、四十一区の大通り付近はそれを利用する者たち用の宿場町になってくれればいいと思うんだ。ほら、四十二区は畑が多くて、宿屋は極端に少ないだろ?」
「四十二区にやって来る外のお客さんなんか、年間で二桁程度だからね」
おまけに、新しく宿屋を建てられるような場所もさほどない。
街門が出来れば多くの者が行き交うようになる。宿と飯屋は必須なのだ。
「その部分を全部四十一区にくれてやる」
「なんとも、もったいない話ですね。私なら、なんとしてでも四十二区内に宿を詰め込みますが」
アッスントは理解できないとでもいうように肩をすくめる。
「ウチの領主は領民に対して立ち退きや土地の接収なんかが出来るタイプじゃないからな。現状維持派なんだよ」
「……う、悪かったね。その通りだよ」
狩猟ギルドに傾倒し、狩猟ギルドありきで街を維持しようとしているリカルドとは対照的に、エステラは領民全体を平等に救おうとする。
四十二区内では、リカルドにやらせようとしているような大胆な改革は難しい。精々余っている土地を有効活用するくらいが関の山だ。
で、それはもう俺がやり尽くしてしまった。
「四十一区に客が来て利益が上がれば、いくらリカルドが度し難い愚か者でもその恩恵に気が付くだろう。ウチの街門にケチをつけようなんてことはしなくなる」
ならば盛大に盛り上がってくれればいい。
宿場街がそばに出来れば外から客も呼び込みやすいし、四十区までの道が整備されれば運搬も楽になる。狩猟ギルドや木こりギルドにとってもメリットは大きい。
そこらの理解が得られれば四十二区の街門に文句を言う者はいなくなる。これで堂々と建設できるわけだ。
結局んところ、今回の騒動の根底は『なんだか気に入らない』ってことだったんだ。気に入らないのは、自分が劣ってるように感じるからさ。向こうの方が優れているように思えて妬みが生まれているからだ。
ならばその妬みをなくしてやれば、文句を言うヤツもいなくなる。
「だったら、俺の利益のために……『ついでに』四十一区にも儲けさせてやるよ」
そう言うと、車内にいる連中が一斉に俺の顔を覗き込んできやがった。
……なんだよ。何ニヤニヤしてやがんだよ、お前ら?
「ヤシロって、やっぱりさぁ……」
「えぇ。そうですね」
エステラとアッスントがにまにました笑みを浮かべる。
……こっち見んな、気持ちの悪い。
「はぁ~……これが巷で噂のツンデレってやつか。初めて見たぜ」
バカ面をさらしてウッセが息をもらす。
どこでどんな噂が立ってるってんだよ。
「ヤシロさんは、懐の深い方ですわね。さすがは、ワタクシの見込んだ方ですわ」
なぜか誇らしげにイメルダが胸を張る。……そんなに突き出すと揉むぞ、こら。
「……狙われてるよ、イメルダ」
「きゃっ! …………もぅ、ヤシロさんってば」
胸を押さえて頬を薄く染めるイメルダ。……が、なんだ、その妙に色っぽい目は? その気になってんじゃねぇよ。
「お前ぇはすげぇな……狩猟ギルドに続いて木こりギルドまで制覇する気かよ」
「おい、ウッセ。誰がいつ狩猟ギルドを制覇した?」
おかしいなぁ、俺の記憶にはそんなデータは残ってないんだけどなぁ。
「まぁ、この状況では致し方ありませんわね。なにせ、この車内で唯一のおっぱいですもの」
「唯一じゃないよね、イメルダ?」
エステラがイメルダの首に腕を回して怒り満面の笑みを近付ける。
なんてギスギスした百合映像……需要なさそうだな。
「しかしですね、ヤシロさん」
アホが蔓延する馬車の中で、アッスントが真面目な表情を見せる。
「経済的恩恵を与え、近隣区との摩擦をなくそうとする計画は分かりましたが、実際の大食い大会はどうするんです? まぁ、大会さえ開ければ経済は動いて、話し合いで街門の設置を認めさせることも可能かもしれませんが……」
「何言ってんだよ。もちろん勝ちに行くぜ」
確かに説得することは出来るかもしれんが、それじゃ街門の設置がどんどん遅くなる。
ここはスッキリ勝負に勝って、さっさと建てちまうのがいいだろう。
「おそらく、他の区にも大食い自慢のヤツはいるだろう。バケモノ級が潜んでいるかもしれん」
デミリーもリカルドも、大食い大会と聞いても、余裕の表情を崩さなかった。
心当たりがあるのだろう、領内にいる大食い自慢に。
その証拠に、団体戦と言った時に双方に若干の焦りが見えたのだ。
一人が勝てても、残りすべてに敗れれば意味がない。
その焦りが表情に出たのだろう。
バケモノなら、ウチにもいる。
それも、二人もな。
「ウチにはベルティーナとマグダがいる。これで二勝は堅い」
「なるほどね。あの二人ならいけるな!」
エステラが興奮気味に身を乗り出し、その反動でイメルダが軽く突き飛ばされ、そしておっぱいが揺れる。車内『唯一の』おっぱいが。
「メドラを避けてその二人を投入すれば二勝一敗でこちらが有利になる」
あと一人、そこそこ食えるヤツを見つければいいのだ。
最悪の場合、とっておきの切り札もあるしな。
「ま、ウチの優勝はカタいな」
「うん、カタいね」
「区の代表者の胸に比例して、ですわね」
「オジ様とリカルドの胸の方がボクの胸よりカタいよっ! ……の、前に、ボクの胸カタくないよっ!?」
イメルダの肩をガシリと掴み、力任せに揺するエステラ。
イメルダのおっぱいだけが揺れている。イメルダのおっぱい『だけ』が!
「そんなにすごいのですか、そのお二人は?」
アッスントがビックリな発言をする。
え、なに、お前知らないの? あの二人の異常な食欲……
「よし! 領民に説明するために大食いのデモンストレーションをしよう。アッスント、飯の用意を頼む。いいもの見せてやるから」
「は、はぁ……まぁ、それくらいでしたらご用意させていただきますが……」
「……うわぁ……」
「……げっ」
「ご愁傷様……」
「……あんな大人しそうなシスターと、あんな小さな少女が、そんなに食べられるとは、とても……」
アッスントは、途中に挟み込まれたエステラのドン引きの吐息とウッセの素直な呟きとイメルダのお悔やみには気が付かなかったようだ。
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