異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

30話 安心感 -1-

公開日時: 2020年10月29日(木) 20:01
文字数:2,321

「酷い目に遭ったぞ」

 

 レジーナの店を訪れた翌日。

 寄付に訪れた教会でエステラを見つけた俺は、さっそくクレームを入れた。

 もう少し事前情報が欲しかったところだ。

 せめて、レジーナが稀代の変人であることくらいは伝えておいてほしかった。

 

「でも、薬は手に入れられたようだね。うまくやったじゃないか」

 

 うまいものか。

 この薬を手に入れるために、俺の精神は限りなくすり減らされてしまったのだ。

「受け? 攻め? どっち!?」などと訳の分からん言葉を並べてヒートアップするレジーナに俺がいかに常識人であり、標準という枠から逸脱しない模範的な人物であるかを切々と語り納得させるのには相当な労力を要した。特別手当が欲しいくらいだ。つか「どっち!?」じゃねぇよ。

 

 俺は教会の敷地に沿って建てられている柵に身を預けつつため息を吐いた。

 俺とエステラは、二人で教会の庭に出てきている。

 談話室ではガキどもに絡まれて落ち着いて話が出来ないからだ。

 

 現在、教会の厨房でジネットとベルティーナが食事の準備をしている。

 ベルティーナは、レジーナの薬が効いたようで、昨日の夕方には完全復活していた。

「朝食べられなかった分、残っていますか?」――と、満面の笑みで陽だまり亭に現れた時は、思わずグーで殴ろうかと思った。まだ食うのかと……一日くらい、食休み期間として胃袋を休ませてやればいいのに、と。

 もっとも、よく食うベルティーナの姿を見て、ジネットが心底安心した表情を見せていたので、まぁ、いいっちゃいいか。

 

「シスターは何か言っていなかったかい? レジーナ・エングリンドの噂くらいは聞き及んでいただろうし……拒否反応を見せたとか」

「それはなかったな」

「そうなのかい?」

「あぁ」

 

 どうもベルティーナは、『俺が持ってくるもの = 美味しいもの』と認識しているようで、腹が痛いにもかかわらず、俺が差し出した薬を嬉々として飲んでいた。

 ……もっとも、その直後に「美味しくないじゃないですか!」と文句を言われたが……

 

「薬を使用した人が増えれば、悪評もどんどんなくなっていくだろうね」

「そうなればいいけどな」

 

 怪我や病気をする連中は掃いて捨てるほどいるからな。

 ウチだと、マグダなんかが怪我をしやすい。

 

 そうそう。

 昨日は夕方に戻ってきたマグダだが、森の中で地盤沈下した箇所があるとかで、飯を食った後再び出かけていってしまった。

 なんでも、自警団が地滑りを起こした箇所の補修を行う間、魔獣に襲われないように護衛を兼ねた見張りに駆り出されたらしい。森にいる魔獣の対応は自警団よりも狩猟ギルドの方が慣れているからな。

 マグダの話を聞いて、ジネットは大急ぎで大量の弁当を作り、マグダに持たせていた。トラ人族の力を使うと、マグダはお腹を空かせてしまうからだ。まぁ、狩りではないので、仕留めた獣を食い尽くしても問題はないと思うのだが……ジネットはマグダの力になりたいと思ったのだろう。

 

 そんなわけで、今ここにマグダはいない。予定では、朝の鐘が鳴る頃に戻ってくるはずだ。

 ちなみに、最初の鐘が『目覚めの鐘』、次が『朝の鐘』そして順に『昼の鐘』『終わりの鐘』と呼ばれている。『終わりの鐘』は一日の終わりという意味らしい。……十六時に鳴るんだけどな。

 

「でも、あのレジーナ・エングリンドを説得して薬を作らせたのは見事な手腕と言うべき功績だよ。ここ最近の彼女は、ちょっと人間不信に陥っているようだったからね」

 

 ちょっとじゃねぇよ。

 物凄ぇ警戒されたっての。

 

「けれど、ずっと独りでいると、精神的に不安定になるんじゃないかと心配もしていたんだ」

 

 残念だったな。すでに手遅れだったぞ。

 なにせ、見えもしないお客さんと仲良く会話するくらいには病が進行していたからな。

 

「少し変わり者ではあるけど、悪い人じゃなかったろう?」

「すげぇ変わり者で、頭の悪いヤツだったけどな」

「女性に向かって、酷い言い草だね」

 

 やかましい。

 俺は危うく強烈な精力増強剤を飲まされるところだったんだよ。

 これはジネットの危機でもあったんだぞ。多少酷く言われても、それは仕方がないことなのだ。

 

「あ、そういえば」

 

 ここで俺は、とても重要な話を思い出したので、それを伝えておくことにする。

 

「薬の料金はお前に請求するように言ってあるからな」

「……ちゃっかりしてるよね」

「当然だろう。なんで俺が立て替えなきゃならんのだ。お前が行かせたんだから、払いは持て」

 

 教会に金なんかないのは明白だし、ここはエステラに押しつけるのが得策というものだろう。

 

「それで、今日ここに来るように言ってある」

「こんな朝早く?」

「お前が確実にいるのはこの時間だけだろう? 最近はなんだか忙しそうにしてるしな」

「まぁ……確かに午後はちょっと時間を取られることが多いけどね」

 

 エステラの表情が濁る。

 なんだか面倒くさい連中の相手をしているのかなぁ、と、そんな勝手な想像をさせるような沈んだ表情をしている。

 今にもため息を吐きそうな雰囲気だ。……よくないな。ため息を吐くと幸せが逃げていくらしいからな。

 エステラにとっての幸せってなんだ?

 こいつが何に喜び、何に幸せを見出すのか、それを俺はよく知らない。知らないが、きっと胸が大きくなったら喜ぶだろうことは手に取るように分かる。こいつのコンプレックスはそれくらいだもんな。

 ってことは、ため息を吐くと胸が大きくなる可能性が逃げていく……つまり、それは…………

 

「エステラ。ため息を吐くと、おっぱいが小さくなるぞ」

「空気で膨らんでるわけじゃないんだけど!?」

 

 思いっきり胸倉を掴まれた。

 うっわ、顔怖っ!

 近い近い近い!

 乙女が接近していい距離を余裕で越えてるぞ。恥じらいを持て、な?

 ちょっと「笑ってくれるかな~?」って思っただけだから。

 

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