異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

171話 馬車の中も外も騒がしい -2-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:2,902

 やがて、徐々に減速を始めた馬車が停まる。

 大きな花屋の前だ。

 すげぇデカい。

 ファミレスが丸ごと花屋になったような大きさだ。ぐるっと回るだけでも大変そうだ。

 

「それでは、少し見させていただきます」

 

 セロンとウェンディが恭しくお辞儀をして馬車を降り、花屋へと入っていく。

 

「お前らも見てくるか?」

「結構だ。豆はいらぬ」

「ボクもやめとく」

 

 ルシアもエステラも、花には興味を示しつつも、豆のことを思って店には入りたくないらしい。

 確かに、入った瞬間『お客様』認定されて、豆をどっさり持たされそうだもんな。

 

「あ、いえ。結構です」

「まぁまぁ、そう言わずに!」

 

 馬車の前がなんだか騒がしい。

 セロンたちを降ろすために真っ先に馬車を降り、ドアの開閉を請け負っていたナタリアが、馬車の外で店のオッサンに声をかけられているらしい。

 ……店の前に立っただけで豆を押しつけられているのか?

 

 助け舟でも出してやろうかと腰を上げたのだが……

 

「……そうですか。では、遠慮なく」

 

 なんだか決着がついてしまったようだ。

 あぁ……また豆地獄か。馬車が豆臭くなるんだよなぁ……

 

「おい、ナタリア。今度は何豆をもらったんだ」

 

 半ば辟易とした気持ちで馬車の外に顔を出すと――

 

「あぁ、ヤシロ様。見てください。こんなにいただいてしまいました」

 

 ナタリアが、色鮮やかな花々に埋もれていた。

 バラや胡蝶蘭。ユリやガーベラ、マリーゴールド。

 見たことのある花から、見たこともない花、見たことはあるけど名前を知らない花まで、多種多様の花に囲まれていた。

 

「こんなにいただいても持て余すとお断りしたのですが……」

 

 冷静さの中にやや呆れたような表情を浮かべ、ナタリアが山と積まれた花々を見下ろしている。

 

「……えっと、どしたの、それ?」

「いただきました」

「……誰に?」

「あちらの……」

 

 と、ナタリアが大きな花屋の店先を手で指し示す。

 そこには二十人くらいの男が、緑のエプロンをして店内からこちらを……ナタリアを窺っていた。

 あの中の誰かか?

 

「従業員の方、全員から」

「全員から!?」

 

 おいおい、ナタリア。なに急にモテ期到来しちゃってんの?

 などと思っていると、花屋の隣の肉屋から、初老のジジイと、口髭のオッサンが巨大なハムを握りしめて出てこようとして、入り口でつっかえて、ハムで互いを殴り合う大喧嘩を始めていた。

 

 ……なんだ? どうなってんだ?

 

 戸惑う俺の後ろを、何人もの街の人が通り過ぎていく。

 

「うぉっ!? めっちゃ美人!?」

「まぁ、なんてお美しいのかしら……」

「マジキレーじゃん!」

「あぁ……お姉さま」

「婆さんの若い頃の七十四倍キレイじゃ……」

 

 などなど。

 あっちで「はふぅ~……」こっちで「ほふぅ~……」と、誰も彼もがナタリアを褒め称え、見惚れ、ため息を漏らしていく。

 

 え、なになに? 怖い怖い怖い!

 

「お姉さん! どうかウチの肉を!」

「いや、捕れたてのウチの魚を!」

「ワシの作った桐箪笥をっ!」

 

 老若男女問わず、手に手に贈り物を携えて人が集まってくる。

 

「ヤバい! ナタリア、乗れ!」

「えっ、でも……」

「いいから!」

 

 このまま放置すればパニックになりかねない。

 俺は強引にナタリアの手を引き、馬車へと引っ張り上げる。

 群がってくる者たちをシャットアウトするように馬車のドアを力任せに閉じた。

 

 ………………はぁ、はぁ、はぁ……。

 

「……ナタリア。何か心当たりは?」

「さて……」

 

 ナタリア自身、なんでこんな騒動になってしまったのか、思い当たる節はないらしい。

 

「ですが、まぁ……」

 

 自信なさげに小首を傾げて、ナタリアは言う。

 

「物凄く美人であるという自覚はありますね」

 

 ……くっ、街の連中の反応を見るに、否定し難いっ!

 

「美人だからか、ナタリアさんが、贈り物をもらえた理由は」

「分からん。……が、そうかもしれない。認めたくないが……なんかめっちゃ悔しいから出来る限り認めたくはないのだが…………そうかもしれない可能性が否定しきれない…………っ!」

 

 なんだろう、この悔しさ。

 ナタリアは確かに美人だし、器量もいい。

 黙ってさえいれば、男が寄ってくるのも頷ける。黙ってさえいれば。

 

 だがっ!

 

「そのドヤ顔がものっすげぇムカつくから認めたくないんだよな!」

「すみませんねぇ、ドヤ顔までもが美人で」

 

 くぅっ! なぜだ!? なぜこいつがモテる!?

 これがミリィやジネットならすんなり受け入れられただろうに!

 なんとなく、ナタリアとレジーナがモテるのはイヤだ! なぜか俺が悔しいから!

 

「エステラ様も、少しの間外に立たれてみますか?」

「……やめとく。ボクは『そういう目』で見られにくい外見だと自覚しているからね」

 

 エステラがナタリアと目を合わせようとしない。

 顔を背けるその様は、敗者であると認めてしまっている者の悲哀を滲ませていた。

 

「しかし、そうなるとウェンたんが心配だな」

 

 ルシアが険しい表情で呟く。

 確かに。ウェンディは儚げな印象の美少女だ。飢えた獣の中に放り込めば一瞬のうちに襲いかかられ捕食されてしまいかねない。

 セロンが付いているから安心だとは思うが……

 

「少し様子を見てくる」

 

 言うや否や、ルシアは立ち上がり馬車のドアを開け放つ。

 幸い、先ほど群がっていた連中はいなくなっていた。

 

 美しく長い髪をふわりとなびかせて、馬車から降り立つルシア。

 太陽の光を浴びて、絵画のような美しさを誇るルシアの美貌が一層際立つ。

 

 ……が。

 

「あ、こんにちは」

「観光ですか? ごゆっくり」

 

 人の好さそうなお婆ちゃん二人組に笑顔で会釈をされただけだった。

 

 花屋で働く男たちも、肉屋のジジイもオッサンも、桐箪笥屋のご長寿さんも、み~んなルシアには見向きもせずに通常業務に戻っている。

 

 ルシア…………これは、恥ずかしい!

 

「…………」

 

 無言で俯き、足早に馬車へと戻ってくるルシア。

 後ろ手でドアを閉めると、全身から暗黒色のオーラを噴出させる。

 

「エステラ……宣戦布告の申請はどうすればいいんだったかな?」

「ルシアさん落ち着いて! 大丈夫! 好みってありますから!」

 

 エステラが必死にルシアを宥める。

 ギルベルタがルシアの頭を撫でるも、その苛立ちは収まらないようだ。

 

「お待たせして申し訳ありませんでした。ただ今戻り…………何があったんですかっ!?」

 

 ドアを開けたウェンディが、車内のカオスな空気に目を見開く。

 

「ウェンディ。なんともなかったかい?」

「え? なんのお話でしょうか?」

 

 エステラの問いに首を傾げるウェンディ。

 この様子では、男どもにもみくちゃにされたなんてことはなさそうだ。

 

「ちなみにセロンは、何か変わったことはなかったかな?」

 

 イケメン代表のセロンにも、同じ質問を投げるエステラ。

 だが、同様に、セロンも特に異常はなかったと言う。

 

「…………ナタリアだけが、異常にモテる街……」

 

 エステラが、自分の発言に身震いをする。

 一体、この街はどうなっているんだ……謎が多過ぎる。

 

「とにかく、マーゥル様のお屋敷へ向かいましょう…………ふふん!」

 

 ナタリアが、物凄く勝ち誇った顔で提案し、俺たちは……それに従うほかなかった。

 

 

 ちなみに、花を購入してきたウェンディとセロンは、お揃いの『ソラマメの指輪』(42カラット)をもらっていた。……42カラットってなんだよ。ソラマメのくせに。

 

 

 

 

 

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