「じゃあバルバラ。ちょっと手伝え……あれ? バルバラは?」
「……バルバラなら、あそこ」
マグダが指差す先、カウンターの陰にバルバラが身を潜めて震えていた。
……何やってんだよ、あいつは?
「おい、バルバラ」
「え、英雄! そ、そいつ、そいつ、怖い話するヤツだ! 追い出してくれ!」
あぁ~、そうか。
オバケコンペの中でも群を抜いて怖い話をしたのがこいつらだからな。バルバラは苦手意識を持ってしまったのか。
「こら、サル人族の少女よ」
カウンターに隠れるバルバラに、ルシアが近付いていく。
「人を見て怯えるとは失敬ではないか。貴族として敬えとは言わぬが、せめて人として相手の尊厳を傷付けるような態度は取るべきではないのではないか?」
「ぎゃー! 近付いてきたー!」
ルシアをかわして、テーブルを蹴って、俺の背後へと飛び込んできたバルバラ。
こら、テーブル踏むんじゃねぇよ!
「バルバラ……」
「ご、ごごご、ごめんって! ごめんなさい! あとでめっちゃ拭くから!」
一応、何を怒られたかは分かっているようだ。
まぁ、ちょっとは進歩してるのかな、こいつも。
「ルシア。このように怖がっているヤツがいるから、今日はもう帰れ。肉は今度食わせてやるから」
どうせ、そう遠くないうちに再来するんだからな。
……と、さっさと帰るように促したのに。
「ギルベルタ。最長でどれくらいの滞在が可能だ?」
「おそらく平気、月が真上を過ぎるくらいまでは。明日、しんどいけれど、朝起きるのが」
「そうか。それは仕方ないが、甘受するしかあるまい」
ルシアの目が妖しく、挑発的に光った。
……あ、居座る気だ。
「カタクチイワシ。今日、今晩、まさにその肉を食して帰ることに決まったぞ」
「なに決めてんだよ。帰れよ。明日に差し支えるぞ」
「私は領主だ。会談中に粗相をするようなことはない。たとえ体調が万全でなかろうともな」
「プロ意識があるなら、当日に備えて万全を期せよ」
どこに向かってる、お前のプロ意識?
発揮する場所、そこじゃないだろう。
一体、何を考えているのやら……
「以前より、見境なく美女にちょっかいをかける男だとは思っていたのだが……」
ルシアの手が、俺の頭を掴む。
そして、俺の顔を間近から覗き込んでくる。
「こうまでべたべたひっつく女は、これまでにはいなかったのではないか? ん? まさか恋仲にあるなどと申したりはしないだろうな? 貴様、カタクチイワシのクセに調子に乗っているのではないか?」
なんだなんだ?
何に因縁を付けられてるんだ、俺は?
べたべたも何も、お前らが怖がらせるからバルバラがこうなったんだろうが。俺はむしろ被害者だ。
「妬いている、ルシア様は、ヤキモチを」
「ぬぁあ!? それは違うぞ、ギルベルタ! だ、誰がカタクチイワシなんぞに! 私はただ、カタクチイワシの毒牙にかかりそうな不憫な美少女を救うためにだな……! えぇい、こっちを見るなカタクチイワシ!」
「テメェが俺の頭を拘束してんだろうが」
なら手を離せ。
ルシアの手を振り解き、エステラとジネットにバルバラを引き剥がしてもらい、一息吐く。
毒牙だのべたべたしてるだの、勘違いも甚だしい。
……で、そこで拗ねるなよ、ルシア。お前がそういう態度とか顔をするから、妙な噂が……
「ヤシロさん……すごいなぁ」
モリー。その呟きの意味するとこはなんだ?
口には出すな?
口に出すと、とばっちりが全部パーシーに向かうことになるぞ。
まぁ、俺はそれでも構わないのだが……とりあえず黙っておくといいと思うぞ。
「ルシア姉~、よ~く見てみなよぉ~☆ その娘、運動会の時のあの娘だよぉ」
「運動会の時の……? あぁ! あの、恋の芽生え娘か!」
「こ、こいのめばえむすめ!? って、アーシの、こと、か?」
「うむ! 人が恋に落ちる瞬間というのはなんとも美しいものだと痛感したぞ」
「うんうん。可愛かったよねぇ~☆」
「そ、そんな……可愛いとか…………あ、ありえねーし!」
「あらあら~? ちょっと彼の口調が移っちゃってな~い?☆」
「むきゅう……」
「よし、連れて帰ろう!」
「自重してほしい、ルシア様。そろそろ出る、手が」
バルバラから引っぺがされるルシア。
この人、三十五区の領主なんだよなぁ。
俺が言うのもなんだけど、扱い、酷いもんだな。
「おねーしゃ、つれてっちゃ、めー!」
「ぐっはぁ可愛い! なんだこの可愛い生き物は!? 妖精か!? ミリィたんの親族か!?」
「バルバラの妹だ」
「よし、セットでもらおう!」
「出す、手を、私は!」
「ちょっと待ってです! 店内で流血沙汰はやめてです!」
ロレッタがルシアの命を守り、マグダがテレサを変質者から守っている。
なぁ、もうホント帰ってくれよ……下拵えしたいんだわぁ。
「えっとじゃあ……バルバラを生け贄にしてルシアを黙らせるとして、ギルベルタ、ちょっと手伝ってくれ」
「ちょっと待てよ、英雄! まだちょっと怖いから一緒にいてよぅ!」
えぇい、甘えるな。
いまだにお前の甘えにはちょっと鳥肌立つんだよ。慣れてなさ過ぎて。
「私が手伝ってやってもいいぞ? 貴様に出来ることなら、まず間違いなく私にも出来るであろうからな」
「そうかい。んじゃあ、モツの下処理を頼むぜ」
言いながら、肉の塊とは別の袋に詰め込んだモツを引きずり出す。
でろ~ん。
と、乳白色や薄ピンクの内臓が姿を現す。
マーシャは「きゃっ!」と可愛らしい悲鳴を上げ、ギルベルタは一瞬肩を震わせ、マグダは無表情で見つめているが耳がぺたーんと寝ていて、ロレッタが「うわっ、グロいです!?」と率直な意見を述べて、イメルダが眉間にシワを寄せ、バルバラが「ぎゃー!」と分かりやすく騒いで、テレサが「おねーしゃ、だーじょーぶ、ょ?」とバルバラに抱きついて、モリーが両手で顔を覆い隠した。
一様に、この見た目は受け付けないらしい。
で、反応がなかったルシアはというと。
「……ふぅ」
「倒れた!?」
「意外と苦手、ルシア様は、スプラッター系が」
鉄のメンタルを持つ無敵の女領主にも苦手なものがあったらしい。
とりあえず、騒がしいのが大人しくなったのでフロアの端っこの席に座らせておく。
そんな間にも、ギルベルタはモツの見た目を克服したようで、興味深そうな視線で覗き込んでいた。
テレサも興味があるのか、近付いて観察している。
マーシャは忌避感を見せてはいないが、近付こうとはしていない。
エステラも苦笑いだ。
ロレッタは「キモいですね~、うわ~、ぐちゃぐちゃです~」とか言いながらも普通に観察している。
一方のマグダはフロアの壁際でこちらに背を向けていた。
「マグダ。お前魔獣の解体とかしたことなかったっけ?」
「……解体はあまりしない。狩猟ギルドに依頼しているから」
「そっか。じゃあこういうのを見るのは苦手なのか」
「……見るのは平気。ただ……そこは臭くて美味しくない。見ているだけであの不快感が蘇ってくる」
見るの、平気じゃねぇじゃねぇか。
もっとも、気持ち悪いって感じじゃなくて、嫌いな食べ物を見るような感じで見たくないようだが。
そっか。『赤モヤ』状態のマグダは生で魔獣を食うからな。内臓系は臭みが酷く美味しくは感じなかったのだろう。
とりあえず、モツの見た目に忌避感を感じていない――下処理で触るのに抵抗がなさそうなのは、ジネットとギルベルタくらいか。
ん? イメルダ?
言う必要もないだろう。あいつは視界にすら入れようとしていない。
「あの、ヤシロさん……これを、食べるんですか?」
モリーが青い顔で尋ねてくる。
「これって、内臓……ですよね?」
「おう、牛のな」
「…………お肉を食べた方が美味しいんじゃないかと?」
もちろん肉も食うけどさ。
「モツは肉よりもローカロリーでビタミンとミネラルが豊富なんだ。コラーゲンも含まれているし、美容にはいいんだぞ」
もっとも、プリン体も多いからほどほどにしないといけないけどな。
「食感はこりこりしていて、ふわっ、とろっとしていて、下処理を正しくしておけば臭みもなくなる。美味いぞ、モツは」
焼いてもいいし、鍋にしてもいい。
土手焼きなんか作ったら、ハビエルがまた泣いて喜ぶだろうな。
「亜鉛も豊富だから、テレサは頑張って食べてみような」
「ぅ、ぅん。たべて、みゆ」
ちょっとおっかなびっくりという風ではあるが、テレサは前向きだ。
バルバラは再びカウンターの陰に入り込んで顔を伏せてぷるぷる震えている。
料理しないヤツは、滅多に目にしないもんな、内臓。
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