「ん? お前ぇ様はおサルさん様じゃねぇかですか」
「よぉ、アブラムシ! 元気か?」
「そっちこそどうなんだですか?」
「どっちも怪我してるから救護テントにいるんだろうが」
アホなのか、こいつらは?
あぁ、アホなんだっけな。失念してたぜ。
「へへんどーだよ、アブラムシ!」
モコカを認識した途端、バルバラが甘えん坊顔から元の厳つめの表情に戻る。
煽るような口調でモコカに言う。
「お前ぇの指示、ぜんんんんんっぶ、かんんんんっぺきにこなしてやったぜ!」
そして、そのおかげで勝てたのだ――と、かーちゃんと妹の前で誇りたいらしい。
……つくづく小物だな、お前は。
「どーんなもんだよ、えぇ、アブラムシぃ!」
そんな、煽りまくりのバルバラに対しモコカは。
「おう! たいしたもんだったぜですよ」
「…………へ?」
にかっと、突き抜けるような笑顔を浮かべてグッと親指を突きつける。
「あそこまでパワーがあるとは想像以上だったぜです! 正直、一緒に走っててこっちまで燃えちまったぜですよ!」
「お…………おぅ……だ、だろ?」
鉄門扉を押し開けようと腕を勢いよく突き出したところ、鉄門扉だと思っていた物が実はのれんだった――そんな鳩鉄砲顔(鳩が豆鉄砲を喰らったような顔の略だぜ☆)をさらして、バルバラは落ち着きをなくしていく。
「ただの直進バカかと思ったんだですが……いや、そこは変わりなく直進バカなんだけどよですけど」
「おっ!? なんだ! やんのか!?」
若干嬉しそうに腕を捲りバルバラが食らいつく。
「そうそう、こういうのを待ってたんだよ」みたいな顔で。
しかし、その顔は長くは続かない。
「けど、あそこまで突き抜けられるのは一種の才能だぜです。私も、ちょっと見習いたいと思っちまったぜですよ」
「な…………ん、だ……ょ…………」
顕わになった太ももをさすさす、体操服の裾をぐぃ~ん、腕を組んだり解いたり、あっちへきょろきょろ、こっちへうろうろ。
バルバラが飼育小屋の中のシロクマみたいになっている。
「怪我が治ったら、またタッグを組もうぜです! 扱い方さえ分かれば、テメェ様ほど頼もしいネーチャン様もそういねぇからよです!」
「おま……いや、……ち、ちがっ…………むぁぁああああ!」
どこに持っていっていいのか分からない感情が爆発し、バルバラが頭をかきむしる。
「なんだよ、お前えぇ! さっきと全然違うじゃねぇか! 褒めんなよぉ! なんかむずむずして気持ち悪ぃだろうが!」
「え……そーゆー病気なのかですか?」
「アーシにノミなんかついてねぇ!」
噛み合っていそうでまったく噛み合っていない二人の会話を眺めて、ウエラーがくすくすと体を震わせる。
「おねーしゃ、ぉびょーき? ぐぁい、わぅい?」
「そうじゃないのよ、テレサちゃん。大丈夫」
姉を心配するテレサをそっと抱き寄せ、ウエラーは囁くようにテレサに教えてやる。
「お姉ちゃんはね、照れているんですよ。新しく出来たお友達に褒めてもらって」
「んなっっぁぁあ!? それは違うぞかーちゃん! アーシは別に照れてなんか……!」
「なぁ、バルバラ」
そのむずむずの正体に気が付けないでいるバルバラに、しょーがないから回答を教えておいてやる。
「ジネットが言ってたろ? 『褒められるとくすぐったい』って」
「……あ。う、うん……」
「それが、ソレだよ」
アゴでバルバラを指してやると、バルバラは自身の両手を開いてじっと見つめる。
おのれの体を。その中の、謎の感情を。
「……これが、くすぐったい…………」
そして、開いていた手と腕をぎゅっと閉じて自身の体を抱きしめる。
力が入らないのか、ゆるゆるに緩んだ口で「にやぁ~」っと笑う。
「どうしていいのか、よく分かんねぇけど…………なんか、いいな、これっ!」
薄く頬を染めてはにかむバルバラは、これまでに見せたことがない『可憐さ』なんてものを感じさせるくらいに、可愛らしかった。
「よぉーし、モコカ! たった今からアーシらは親友だ! あんたはアーシが唯一認めた同志だぜ!」
デリアは格上なので同志には含まれないらしいな。
そして、そんな誘いの言葉を受けたモコカは。
「ん。考えておくぜです」
「今答えろよ!?」
「後日、文書で送るぜです」
「え、なに? 断る可能性もあんのかよ!? いや、なしだろ!? いいじゃねぇか! アーシの親友だぞ!? なぁ、モコカ!」
「…………くふふっ」
慌てふためくバルバラを見て、モコカが堪らずといった風に吹き出す。
そして、存分に肩を揺らした後で、屈託のない笑顔を浮かべる。
「そこまで頼まれちゃ、断れねぇぜですね。望むところだぜです、バルバラ!」
ガシッと握手を交わし、握った拳を互いにぶつけ合い、尻尾と触覚を「ふぁさぁ~」と擦り合わせた。……えっ、なに最後の!? ちょっと楽しそうだったんだけど!? いいなぁ、獣特徴持ち! 俺もそれしたい!
「モコカ、化けたね」
「あぁ。イネスたちに何か吹き込まれたんだろ」
我が道を行き、おのれが目立つことに心血を注ぐ人間が多い中、給仕たちはその空間を制御することに重きを置く。
主を立て、影に徹し、それでいておのれの思い描く流れに周り全部を巻き込んでしまう。
そして、そんな完成された美しさを、連中は好むのだ。
「モコカ。イネスたちに何を言われたんだい?」
「ん? あぁ、それはだなですね。給仕の心構えとか、給仕のあるべき姿とか、そーゆー基本的なことと、あと――」
と、モコカが俺を見る。
「ヤシぴっぴに恩を売れるような給仕になれば、主がすげぇ幸せになれるだろうぜってことだよです」
あいつら……俺に恩を売って何をさせようってんだ。
言っておくが、俺は先に恩を売ってその見返りを何倍にも膨らませて返してもらうのが基本スタイルだからな?
そうそう簡単に恩を売れると思うなよ。
あと、変な期待と買いかぶりをやめろ。
「今、給仕の間では、ナタリア・オーウェンがちょっと話題なんだぜです」
「ナタリアが?」
「おうです! イネス先輩やデボラ先輩も言ってやがったぜです」
自分付きの給仕長がイネスたちに噂されていると知り、エステラが目を丸くする。
『BU』で美人給仕として話題になったとか、そういうことか?
「ナタリア・オーウェンは、給仕たちの憧れの的なんだぜです。なぜなら――」
ここで、ビシッとエステラを指差し、モコカがデカい声で言い放つ。
「微笑みの領主様の大躍進の陰には、いつもナタリア・オーウェンがいやがったですから!」
そして、エステラを指していた指を俺に向け――
「ヤシぴっぴとも懇意で、四十二区の発展に貢献したって、もっぱらの噂なんだぜです」
――などと抜かしやがった。
まるで、四十二区を発展させたのが俺であるみたいに……
やめろ。俺を表舞台に引きずり出すな。
「ナタリアが俺に取り入ってエステラを助けさせているって話になってんのか?」
「そうじゃねぇんだがですけど……」
俺がエステラを助けてるのは、別にナタリアの存在によるものではない。まぁ、仲はいい方だとは思うが、「よぉし、ナタリア。お前のためにお前の主を助けてやるぜ☆」なんて態度は見せたことはない。思ってもないしな。…………つか、助けてるつもりなんかねぇわ! 利用してんの! 領主の権限おいしーから!
「微笑みの領主様とヤシぴっぴの親密さは、貴族の間では割かし有名なんだぜです」
「そっ、それは誤解だよ! は、甚だしく不名誉な誤解だ! ボクは、別に……親密とか……っ!」
焦るなエステラ。
……余計恥ずかしくなる。
「そしてヤシぴっぴのことも……」
えぇ……俺有名なの?
マジあり得ないんですけどぉ。
「だから、『あの巨乳大魔神があんな真っ平らな残念おっぱいの領主に優しいのは、給仕長であるナタリア・オーウェンのおっぱい力によるものに違いない!』って話になってんだぜです」
「よぉし、その噂を一度でも口にしたことがある貴族をリストアップしてくれるかい? 端から順々に制裁を科してやる! えぇ、一人たりとも逃さずにね!」
噂というものは、大なり小なり尾ひれを付けて広まっていくものだというが……とんでもない噂が流れているらしいな。
まるで俺がナタリアのおっぱいに陥落しているかのような……触らしてもらったことねーわ!
「けどまぁ、この噂をしてやがる貴族連中様方は、比較的微笑みの領主様と近しい、何度か顔を合わせたことがある連中様方ですから、そこまで心配しなくていいんじゃねぇかですかね?」
「見知った人たちがそんなことを言っているわけだね……ふふっ、絶対リストアップしてやる」
俺が暗躍しているだ、エステラと親密だなんて噂は、顔見知りの間だけで囁かれているものらしい。
噂なんてもんはあまり好ましくはない。どこかで歯止めを掛けておかなけりゃな。
これが外に出て俺の名前が一人歩きなんかした日にゃ、どんな面倒ごとが舞い込んでくるか分かったもんじゃない。
「あと、モコカ。ずっと言おうと思ってたんだけど…………『微笑みの領主』、やめて」
「ん? なんでだですか? よく似合ってるぜですけど?」
「うん……なんでもいいから、とりあえず……やめて」
「検討してやるぜです!」
モコカは返事を濁すなぁ。
そーゆーところだけ貴族付きの給仕っぽいぞ。
「あっ、ヤシロ! そろそろ始まりそうだよ」
エステラがトラックを見て俺を急かす。
手当てはもう終わっている。
本当は見学にしようかと思っていたのだが……まぁ、出てやるか。
「ボクたちも行こう」
「おう。たしか、ルール上飛び入りは有りになってたよな?」
「もちろんさ。この競技はみんなで盛り上がるのが目的だからね!」
俺より先に救護テントを飛び出したエステラを追って俺も待機列へと向かう。
さぁて、細かくポイントを稼がせてもらいましょうかね!
救護テントを出る前に、ちらりとテレサを見て……
ま、機会があれば、な。
「それでは、選手は位置についてください」
給仕の声にトラックを見ると、わらわらと、各チームの選手が大量に並んでいた。総動員と呼べる大集結だ。
これだけの大人数だが、参加は順繰りに。
これから始まる競技。
それは。
「『お客様の中にレース』、位置について、よーい――」
――ッカーン!
甲高い鐘の音が鳴り響き、各チームの第一走者が駆け出した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!