異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】オイラの向かう先

公開日時: 2020年11月23日(月) 20:01
文字数:4,107

 進む道はまだ暗くとも、オイラの未来は明るいッス!

 

「ほらほら、ヤンボルド。急ぐッスよ! 日の出前には新居に着いてないと、片付けが終わらないッスよ!」

「……オレ、まだ眠い。うっかり、荷物、崖の下……」

「なに怖いこと言ってるんッスか!? のぉぉおおわっと!? 目! 目をしっかり開けるッス!」

「大丈夫ですよ、棟梁。ヤンボルドさん、寂しくて拗ねてるだけですから」

 

 グーズーヤがけらけらと笑ってるッス。

 

 ヤンボルドに大荷物を積んだ荷車を曳かせ、オイラは今、四十二区を目指しているッス!

 まもなく四十二区の中央広場に出る頃合いッス。

 あぁ、この辺まで来るともう空気が美味しい気がするッス。

 もちろん、それはマグダたんがいる街だからッス!

 

「棟梁。いつか僕も四十二区の寮に入れてくださいよ。引っ越し手伝うんですから」

「何言ってんッスか、半人前のくせに。新築の寮に入ろうなんて十年早いッス。グーズーヤは本部に残って基礎を徹底的に学ぶッスよ」

 

 四十二区のニュータウンに完成したトルベック工務店の寮は、ヤシロさんのアイデアをふんだんに盛り込んだ最新鋭の住宅なんッス。

 ウチの連中であそこに入りたいってヤツがあまりにも多くて収拾がつかなかったから、「一人前と認められたものだけがニュータウンの寮に入れるッス!」と宣言してやったんッス。

 

 とはいえ、ベテランがごっそり四十区からいなくなると困るッスから、幹部連中とは話をしてあるッス。

 ……まぁ、オイラが四十二区に引っ越すために諸々押しつけたとも言えなくもないッスけども……

 

 けど、オイラが四十二区に住むのはトルベック工務店のためにもなるッスから、これは代表者として正しい選択に違いないッス!

 トルベックに変革をもたらすアイデアの宝庫、ヤシロさんのそばにオイラがいることで、トルベック工務店は一段と飛躍するッス!

 

「何より、マグダたんと同じ街の空気を吸い続けていれば、オイラきっと長生きして百歳になっても現役でいられそうッス! オイラの健康こそが、トルベックの未来を明るくするッス!」

「棟梁……次代に譲るつもりないんですね」

「棟梁、未婚。次代、いない……」

「それこそ、マグダちゃんと同じ街に住むなら必死に口説いて、後継ぎを――」

「な~んてハレンチなことを言うんッスか、お前はぁー!」

「ちょっ、えっ!? うゎぁああ!?」

 

 ちょっと強めに「ドンッ!」と押したら、グーズーヤが坂道を転げ落ちていったッス。

 …………あぁ、まぁ、もう中央広場ッスから、坂道といっても大したもんじゃないッス。うん、問題ないッス。

 

「腕挫いたらどうしてくれるんですか!?」

「マグダたんを穢そうとしたお前が悪いッス!」

「穢れないですって、こんな程度じゃ……」

 

 げんなりした顔でグーズーヤが言うッスけど、オイラはもっとマグダたんを大切に扱いたいッス。

 跡継ぎだなんて、そんな…………

 

 

 マグダたんとオイラの…………跡継ぎ…………

 

 

『……お仕事頑張ってね、ぱ~ぱ』

 

 

「妄想でも、マグダたんマジ天使ッスゥゥゥー!」

「急にどうしたんですか、棟梁!?」

「心配ない、ただの発作」

「いや、めっちゃ心配ですから、それ」

 

 オイラの脳内が幸せ色に染まって、後ろでごちゃごちゃ言ってる二人の声なんかすっかり聞こえなくなったッス。

 

 それから、荷車を曳いて、ニュータウンへ向かったッス。

 

「くふふ。オイラが四十二区に引っ越してきたって知ったら、みんなどんな顔するッスかね?」

 

 ヤシロさんなんかびっくりし過ぎて椅子から転げ落ちちゃうかもしれないッス。

 店長さんとロレッタさんは、きっと素直に喜んでくれるッス。これからご近所さんになるッスから、あいさつはちゃんとしたいッスね。……まぁ、顔は見られないッスけども。

 

 そして、マグダたんは…………

 

 

 

『……マグダが寂しい時は、すぐに飛んできて、ね?』

 

 

 

「いつだって、どこへだってッスよぉぉ~~~ぃよい!」

「棟梁、まだ明け方ですから、声量を……っ!」

「オレ、負けないぃぃぃいいいいいいいい!」

「うっさいですよ、ヤンボルドさん!?」

 

 ウチの連中が早朝にデカい声を出してるッス。……まったく。

 

「近所迷惑を考えるッス!」

「え、棟梁、無自覚ですか? ……いよいよヤバいですね」

 

 うわぁ~、みたいな顔のグーズーヤを無視して、オイラは新居へと足を速めたッス。

 

 

 

「改めて、立派な家を建てましたねぇ……」

「当然ッス。トルベック工務店の棟梁に相応しい『格』というものがあるんッスよ」

 

 トルベック工務店の棟梁が、ショボい家になんか住めないッス。

 何より――

 

「これだけ綺麗なら気に入ってくれるかもしれないッスし……」

「――マグダたんが」

「こんなに広いと、一人じゃ寂しくない? とか思ってくれるかもしれないッスし!」

「――マグダたんが」

「部屋数いっぱいあるからいつでも一緒に住めるッス!」

「――マグダたんと」

「ヤンボルドさん、その注釈いらないです。分かりきってることなんで」

 

 確かに広い家ッスけど、メインは工房ッス。

 ろ過装置みたいに、巨大な物を作れるように、自分の家も大きめにしたんッスよ。

 期待に応えてこそのトルベック工務店ッスからね!

「出来ない」なんて言葉、トルベック工務店の辞書には載っていないッス!

 

「はぁ……早くマグダたんをお招きしたいッス~♪」

「誘えもしないくせに」

「ヤンボルドさん。真実を突きつけるのは残酷ですよ」

 

 ふん!

 なんとでも言うがいいッス。

 なにせ、今日からオイラはマグダたんと同じ街に住むんッスから、チャンスはいくらでも巡ってくるッス。

 もしかしたら、奇跡なんてのも起こるかもしれないッスしね。

 

 ――と、そんなことを考えながら新居に近付くと、ガラス窓の向こうに、小さな人影が見えたッス。

 暗い室内の中、ひっそり佇む小柄な――トラ耳のシルエットが。

 

 まっ、まさか、オイラが引っ越してくることを知って、待っていてくれたッスか!?

 

「マグダたん!」

 

 喜び勇んで扉を開けると――

 

「呼ばれて飛び出た、お出迎えやー!」

 

 ――ハム摩呂がいたッス。

 

「なにやってんッスか、ハム摩呂!?」

「棟梁に呼ばれた~!」

「お手伝いしに来いって~!」

「お姉ちゃんには内緒って~!」

 

 工房に明かりを灯すと、物陰からわらわらとハムっ子たちが出てきたッス。

 ……そういえば、引っ越しの手伝いに何人か呼んだッスね。

 

「……で、ハム摩呂。お前の頭に刺さってるそれは、一体何なんッスか?」

「鮭の頭ー!」

「トラ耳のシルエットに見えて、非常にぬか喜びッスよ!?」

 

 なぜ頭に鮭の頭を突き刺してるッスか!?

 意味が分からないッスよ!

 しかも、そんなものをマグダたんの愛らしいトラ耳と見間違えた自分の愚かしさと言ったら……! 身長もマグダたんの方がもっとすらっと高いッス!

 浮かれ過ぎッスよ、自分!

 

「棟梁が変な反省モードに入ったから、みんなで荷物を運びこんじゃってくれ」

「「「は~い!」」」

 

 グーズーヤがハムっ子に指示を出し、荷物が次々運ばれてくるッス。

 一応、成長してるッスね、グーズーヤも。

 ちょっと前までは、どうしようもない半人前だったッスのに。

 

 こりゃあ、ニュータウン寮への入寮も、そう遠くないかもしれないッスね。

 

「……変わったッスね」

 

 グーズーヤは、ヤシロさんに出会ってはっきりと変わったッス。

 オイラたちがしつけ直したのも、もちろん大きいッスけど、あいつはアレ以降自分から技術を磨くようになったッス。

 どんな細かいことでもメモを取り、ちょっとした疑問をオイラやヤンボルドに聞きに来るようになったッス。

 

 グーズーヤだけじゃなく、ウチの大工たちはみんないい方向に変わっているッス。

 陽だまり亭が憩いの場になっているってこともあるッスけど、みんな仕事に向かう姿勢が前向きになったッス。

 ヤシロさんが、街を変えたから。

 そんなすごい人と、身近に接しているから。

 

 何より、ヤシロさんがどんどん新しい技術やアイデアを注ぎ込んでくるから、みんなの刺激になっているッス。

 一部の連中は、新しい技術を編み出してヤシロさんを唸らせたいって研究に熱を上げているッス。

 

「棟梁~」

「と~りょ~」

 

 部下の成長に頬を緩めていると、ハムっ子がオイラの周りにわらわら寄ってきたッス。

 

「なんッスか?」

「「「夜逃げ、お疲れ様ー!」」」

「夜逃げじゃないッス! 引っ越しッス!」

「「「尻尾を巻いて、お引っ越しー!」」」

「逃げてないッス!」

 

 仕事にあぶれたハムっ子たちが遊び始めたので、指揮漏れがないようオイラが的確に指示を出していくッス。

 やっぱり、グーズーヤはまだまだッスね。オイラを見習うといいッス。

 

 

 ……くふふ。

 なんだかんだ、オイラも変わったッスよね。

 

 以前は、少なからずスラムへの忌避感は持っていたッス。

 仕事に就かず、他人に迷惑ばかりかけるゴロツキどもを、オイラはどうにも好きになれないッス。

 スラムの住人なんて、みんなそうだと思い込んでいたッス。

 

 それが……

 

「「「新居でパーティーするー!」」」

「引っ越しが終わってからッスよ!?」

「「「わーい! 終わったらするー!」」」

「……ったく、もう」

 

 こんなバカ騒ぎして、それがちょっと楽しいなんて思ってるんッスからね。

 くふふ。

 なんなら、ハムっ子を育てるのが楽しみだ、なんて思ってるッス。

 

 

 最初こそ、「なんてヤツだ!?」と憤りもしたッスけど……

 

「ヤシロさん。あなたに出会った者がみんな、前向きに、そして幸せになっていってるッスよ。気付いてるんッスか?」

 

 まぁ、あの人なら、気付いていても素知らぬ振りをするんでしょうけどね。

 

 

 そういう人だから、どんどん人が集まってくるんっスよね、きっと。

 

 

「よし、今日はサプライズで、めっちゃびっくりさせてやるッス!」

 

 ヤシロさんの驚く顔を想像して、オイラは思わず笑ってしまったッス。

 そして、そんなヤシロさんの隣には――

 

 

 

『……お仕事終わったら、ご飯食べに来てね。……待ってるから』

 

 

 

「むはぁぁぁあああ! マグダたん、今すぐ会いに行くッスー!」

「引っ越し終わってからですよ、棟梁!?」

「今すぐ行くッスー!」

「ヤンボルドさん! 強制執行!」

「ゲ~ンコツ!」

「どぅっふ!?」

 

 ヤンボルド全力の拳骨を脳天にもらい、オイラは数十分気を失ったッス。

 新居で初めて見た夢は……とっても甘くて温かい、幸せな夢だったッス。

 

 

 

 

 

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