異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加34話 救護テントの下で -2-

公開日時: 2021年3月31日(水) 20:01
文字数:2,583

「おう、英雄! ……なんだ、怪我してんのか?」

「え、お前の脳内メモリーって2bitくらいしかないわけ?」

 

 家電量販店なんかで売っている一番容量の少ないSDカードでも8MBは容量があるってのに。

 たしか、『8|bit(ビット) = 1|B(バイト)』で、『1B』の1024倍が『1KB』で、その1024倍が『1MB』だから、まぁ、ほとんど記憶できないと思っていい。

 ……が、まぁ、バルバラの記憶メモリーなんか、その程度だろう、どーせ?

 

「英雄! 紹介する! かーちゃんだ!」

「知ってる! お前よりも長い付き合いだよ!」

 

 え、こいつマジで記憶力ないの?

『今を全力で生きてる』って? やかましいわ。

 

「それよりバルバラ。次の競技はどうする?」

「さっきの『約束』って、さっきの競技までか?」

 

 バラバラの言う『約束』というのは、「俺の言うことを聞く」というヤツだ。

 

「あぁ。もう好きにしていい」

「んじゃあ、ここでテレサとかーちゃんと見てる!」

 

 家族水入らずだ! ――みたいな顔してるけど、本当の家族のヤップロックやトット、シェリルは参加するんだが?

 好きにすればいいけどよ。

 

「トットとシェリルからウエラーを取るなよ?」

「当たり前だろう!? アーシは長女だぞ!」

 

 うーっわ、図々しい!

 こいつ、もうすっかり家族の一員で、しかも結構な地位に就いた気でいやがる!

 

「じゃあ、好きにしてろ」

「おう! サンキューな!」

 

 ……ほぅ。

 バルバラが素直に礼を口にするとは。

 他人の気遣いになんか無頓着で、気を遣われても「当たり前」と思っている節があったようなヤツなのに……

 かーちゃん効果は、結構絶大っぽいな。

 

「テレサも、一緒に応援しようなー!」

「ぅんっ。…………ぉうぇん、がんばゅ」

 

 天真爛漫な少女の、その一瞬の陰りを、微笑みの領主は見逃さなかった。

 ハッと息を飲み、そして――な~にが言いたいのかは知らんが――俺に視線を寄越してきやがった。

 視線がばっちり合っちまったのは、たまたま、ほんっとたまったま俺がそっちを向いたタイミングと合っちまっただけで、深い意味はない。

 

「ふふ。今、ボクと同じ事を考えたのかな?」

「さて、なんのことやら」

「……やっぱり、ヤシロだよね、君は」

 

 俺が他の誰に見えるというのか。

 訳の分からんことを呟いて、エステラが嬉しそうに頬を緩ませる。……えぇい気に食わん。俺にお兄ちゃん属性などない! だから「いいお兄ちゃんだねぇ」みたいな目で俺を見るな! 押しつけるな!

 

 選手の一団が入場門を出てトラックの中へと移動していく。

 さっさと手当てを済ませて、俺も参加しなければ。

 

 …………

 …………

 …………いや、この次の競技はレクリエーション的な意味合いが強いのだが、一応点数がもらえるのだ。

 いまだ最下位の白組は、こういう小さいところでも着実に点数を稼いでいかないといけないと、そういうわけなんだよ。俺の身の安全のために! 強制退場されていったメドラとかから身を守るために! 以上!

 

「ヤシぴっぴ……」

 

 レジーナに消毒液を付けてもらっていると、ふらふらとモコカがやって来た。足を引きずっている。

 

「おい。どうした、その足?」

「まさか、さっきのレースで?」

 

 モコカは触覚をピコッと動かして、憎々しげにおのれの足を睨みつける。

 

「さっき、大玉をターンさせる時に……」

「あぁ……あれはかなり荒っぽい技だったからね……そこで挫いたんだね?」

「いや、そうじゃねぇよです、微笑みの領主様。……あそこで、かる~く違和感があったんだが、まぁなんとかなんだろうって走ったら結構なんともなかったんだです」

「アドレナリンが分泌されているからな……あぁっと、つまり、テンションが上がってる時は痛みとか感じにくいってことだ」

 

 さすがの『強制翻訳魔法』も、アドレナリンは訳しようがなかったらしく、エステラが小首を傾げたので注釈を加えた。

 体内で起こる分泌なんか、偶然発見できるもんじゃないからな。

 

「で、ゴールする時も思いっきり踏ん張って……」

「それで、だめ押しをしてしまった……というわけだね?」

「そうじゃねぇつってんだろうがですよ」

「……ヤシロ。モコカがボクに冷たい……」

 

 しょんぼりするなよ、んなことで。

 こういうヤツだったろ、最初っから。

 

「で、『なんだ、全然平気じゃねぇかですね』って、思いっっっきりジャンプしてみたら……着地の時に『ぐきっ!』って…………しくしく」

「どうしよう……掛ける言葉が見つからないレベルの残念な娘だ……」

 

 なにを今さら。

 ……周りを見渡してみろよ、そんなヤツばっかだろうが。

 

「とにかく、理由はすごくアホだけど、捻挫は放置すると怖いから手当てをしてもらうといいよ」

「エステラ。一瞬本音が漏れ聞こえてたぞ」

 

 隠しきれなかったのか。そうかそうか。

 

「これじゃあ、次の競技には参加できねぇぜですね……」

「まぁ、次の競技は来賓や観客を巻き込んでのお遊びみたいなもんだ。気にするな」

「それでも点がもらえるだろうがですよ! ……大将が私に期待してるってのによぅ……です」

 

 確かに、マーゥルはモコカが大活躍をすれば喜ぶだろう。

 だが、それ以上に――

 

「お前が元気な方が喜ぶに決まってんだろうが。さっさと処置してもらって、具合がよくなったらまた参加すりゃいいんだよ」

 

 どうせ、お前ら獣人族は回復力も出鱈目なんだろ。

 俺はこいつらが、実はギャグ漫画の中の住人なんじゃないかと思い始めているのだ。

 試しに100メートルくらい上空からウーマロを落としてみたい。きっと、地面に面白い人型の穴をあけてくれることだろう。

 

「私が元気だと、大将が喜ぶのか……ですか?」

「あぁ、そうだ」

「微笑みの領主様もそう思うかですか?」

「そうだね。ヤシロが珍しくまともなことを言って驚いているところだけれど、言っていることは正しいと思うよ」

 

 だから、エステラ……言わんでもいい本音が漏れ聞こえてるっつうのに。

 

「なら、私は手当てを受けて、一秒でも早く完治させてやるぜです!」

「ほんなら、捻挫によぅ効いてほんのちょこっと卑猥な気持ちになる塗り薬を塗ったるわ」

「師匠、ありがてぇです!」

「おーい、誰か~。ベルティーナちょっと呼び戻してきて~」

「……自分が仕向けたことだろう。我慢しなよ」

 

 レジーナはホントどーしよーもねーヤツだな……ほんの数分我慢していた分をここぞとばかりに発散しやがって。

 ほら、ウエラー。テレサをどこか安全な場所に避難させてやれよ。

 

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